最終章 人への旅立ち#17
僕が目覚めた時、そこは自分のベッドだった。
サイドテーブルでレオが食事を摂っていて、目覚めた僕を見るなり飛び上がりそうな勢いで側に寄ってきた。
「シルバ…何が何だか、もう分からないんだ…。」
泣きながら喋るレオの言葉を心の中で繋げた。
僕はウィリアン様の亡骸に縋りつき眠っていた…。明け方、僕とミレがいない事に気付いて探しにきたレオとクロデアと、ウィリアン様を連れていく為の人手として呼んできたナナヤと、三人が館まで連れ帰ってくれた…
「僕らだけじゃウィリアン様を運べなかったから、あの変な小屋を訪ねて看病していたナナヤを起こして手伝ってもらった…でもナナヤもしばらく取り乱してたから時間がかかったよ…クロデアが冷静だったのが意外だった‥」
「ウィリアン様はどこ…」
「ウィリアン様の部屋に…ナナヤがあまりに泣いて離れようとしないよ…そろそろ、亡骸をどうするか決めないといけないのに…」
レオが食べかけていたパンを置いて、涙をぬぐいながら机に臥せた。
「ふん、ふん‥ふ~ん…♪」
「ウィリアン様、私のせいです…ローズさえ守れなくて…みんなの足をひっぱってる…」
ウィリアン様の部屋に入るなり声が聞こえてきた。
ほとんど入ったことのないウィリアン様の部屋の中央へ進む。
僕らと同じ家具や部屋の造りだった…ベッドにはウィリアン様がおだやかな顔で眠っていて…その傍らには動物の子みたいに丸くなって寄り添っているナナヤがいた。
その場所を僕に代わってほしいけど言えるはずもないから、反対側にまわって腰かけた。
「ウィリアン様…美しいな」
「……あたり前でしょう、ウィリアン様なんだから…」
ウィリアン様の髪に触れる。しっかりした釣り糸のような堅さと、すべての光を跳ね返す艶。もう一度口づけをした。
「どうしてこんなことになったの!?私のローズの腕はもう無いし!!今も目を覚まさない…精をつける必要があるから、誰かは分からないけど運んでくるどろどろのご飯をローズの棺に入れて様子を見てるの…その間に、訳のわからないことになるなんて!!何が悪かったの!それにミレもいないわ!ミレの居場所は!!?」
ウィリアン様の髪に顔を埋める。正直もうナナヤの狂気的な声も聞きたくない。
「…ミレは恐らくリルに連れていかれた。」
「連れていかれた!?どこへ!」
「リルはリージャをあんなにした奴らの味方だ。きっとそいつらに引き渡す為に…」
「リージャ?リージャに何かあったの?!」
「リージャは…‥」
「み、て!リージャ、描けたよ‥!枝の色、似、てるかな?」
わざと無視していたけど、ようやくクロデアに目を向けた。
クロデアはサイドテーブルに色えんぴつと紙を広げながら一心不乱に描いていたものを僕へ掲げる…
紫色のぐちゃぐちゃしたものの真ん中に、肌色と黄色の塊が描かれていて、その横に茶色で描かれたおさげの人間。周りを囲むように書いてある「怖い」「大きい」「くさい」「友達」の文字。
「クロデア‥それは何?あ、単語をこんなに書けるようになったのね!これ、ウィリアン様に見せましょう…ウィリアン様、見て下さい…この子がこんなに字や絵を描けるようになったんです…」
「……」
「ウィリアン、様…私ね、ウィリアン様を見送っ、たら‥これを、劇にするね…それで、闇市で、上演する、から…それまで待っててね…」
僕はこの人達に共感出来ない。外側からぼうっと見ていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
「…ねえ、この足音…」
ナナヤが顔を青くして僕を見た。言いたい事は解った…ウィリアン様の歩き方にそっくりだ。
その足音の主はこの部屋の前で留まって、やがて扉を開けた。
「誰だ…。」
こそこそするわけでもなく、堂々と自分の部屋へ入るように歩いてきたのは…特徴の無いそばかす顏のリルに似た金茶色のおさげで、色あせた茶色のワンピースを着た女の子だった。
「どちら様?ですか…ウィリアン様の知りあい…?」
「初めまして、かな。そう、私はウィリアン様の友達。さっそくだけど、ウィリアン様の亡骸を引き取りに来たの」
「どういうこと!?どうして!っていうか貴女の名前は?!なぜ貴女がウィリアン様を引き取るとか、そういう話に…!!」
「僕から君と話をしたい。」
どこかうすら笑いを浮かべていた奴が俺を真っすぐ見た。
「こういう時は二人だけで、が鉄則よね。別の部屋で話をしない?」
「じゃあ、応接間で。一応お客だから」
ナナヤが色々言って僕の服の袖を引っ張ってきたけど、無視して二人で部屋を出た。
まるで自分の屋敷かのように迷う様子もなく前に立ち応接間に向かうこいつが気持ち悪い。
僕の気持ちを察したのか、一度だけ奴は振り返ると薄ら笑いを浮かべてまた前を向く。
一応応接間に続けて入る。まるで自分が主かのように、「どうぞ。」と言ってソファーを勧めてきた。
「どうして、そんなに
「どうしてか解かるから私と話をしたいんでしょ?」
どこかリルに似た奴は、また同じ脚の組み方で僕を笑いながら見つめ返してくる。
なぜこいつが本能的にこんなにも嫌なのか…何もかもリルにそっくりだから。
分かった途端憎しみに近い感情が湧いてくる。
「ウィリアン様は私達の代わりにこの森を守護してくれた主でした。そして、もっとも親しい友人…しかし新たな主として名乗りを上げたリルティーヌと争い、負けてしまいました。なのでこの森の次の主はリルティーヌ様、です。ウィリアンは次の伝統への礎とする為に、亡骸を引き取りに来ました。」
「そうはさせない…。」
「というのは…?」
「ウィリアン様の跡は僕が継ぐ。ウィリアン様もお前達には渡さないし、リルは僕がけりを着けにいく。」
「あなたにはそれが出来るのかしら?」
「出来なければどうなる?」
「リルティーヌ様が決めるわ。ミレや屋敷の子供達の扱いについても同じく…」
「僕が次の主になれば…すべて決められるのか」
奴は普通の女の子がする様な笑顔を浮かべると、身を乗り出して手紙を差し出した。宛名は僕だった。
「あのね、初めて手紙を書いてみたの…読んでくれる?」
気持ちが悪くて吐きそうだったけど、震える手で封を切った。
『親愛なる魔女の森に済む子供達
春の気候も麗らかなこの頃いかがお過ごしでしょうか。
私達は森の子供達を見守り愛してきましたが、この度管理人をウィリアンからリルティーヌへと交代するさせることをこの文を通じてお伝えさせて頂きたく思います。
もしご異論がお在りになる場合、ここに記します場所にて直接話し合いをお願いします。
またあなた様が勝った場合、ゆっくりとお話しましょうね。
通りすがった異国の者より 哀を込めて』
もう一枚の便箋には手紙と同じ震える筆致で地図が描かれていた。
「ねぇ、読めた?私達の愛が伝わる?」
手紙に唾を吐きかけたくなる衝動を抑えながら手紙越しに目の前の生き物を見る。
「この場所に今から案内してほしい。」
「次の管理人を目指すなら一からあなたが成し遂げて。私達はただ応援しているだけ。じゃあね、また会う事もあると信じてる。」
奴はソファーから立ち上がって扉を開けると、ナナヤが立ち塞がっていた。
「あなた!ロズンドは…どうなるの?治るわよね?でも全然目を覚ます気配がなくて…私は、どうしたらいいの?」
「ナナヤ、こんにちは。ローズの再生はあと数日はかかるけど、必ず元気になるわ。心配しないで」
奴はナナヤの頬にキスしやがった。ナナヤは驚いた顔をしたけど、すぐ奴の手を取って両手で握った。
「ありがとうっ…!ねえ、あなたは、ウィリアン様の古くからの友人なのよね?私とも友達になってくれる?」
「もちろん。もうこれでお友達ね…また会いに来るから、その時はお茶会を開いてくれる?」
「もちろん!ローズやみんなと一緒に待ってるわ!」
奴は僕の顔をじっと見つめた後、正面扉から森へ帰っていった…僕はぼろぼろ涙を流すルルカの横を通り過ぎて自分の部屋へ戻った。
大きく息を吸ってはいてから、もう一度手紙をひろげ地図を眺める。
道…何かの動物…花がたくさん…魚?ぐちゃぐちゃしたもの…僕らの屋敷?…‥
この中のどの場所に、ミレとリルはいる? 地図らしいけど目的の場所の目印と道すじが描かれていない…
ふと地図の下の方へ目をすべらせると、こう書かれていた。
「愛する者を見つけるには、涙や汗を流して探すべきで、それが人の道だ。」
……得体の知れない旅人とやらが人の道を語るなんて…さっきから何か声がするなと思っていたら、すぐ側までレオが寄って話し掛けていた。
「どんな話をしたんだよ!?見たことない女の子と応接間に行っただろ…ウィリアン様の知りあいか?ミレとリルがどこにいるのか知ってるのか?!」
「この地図のどこかにいる二人を探しださないといけない。」
レオは僕から手紙をひったくって凝視している。
「なんだこれ…何とか読めなくはないけど‥本当に小さい子が書いたみたいだ‥。
お前の前を歩いてたあの子、同い年ぐらいだろ…今までこの国の字なんて書いたことないみたいだ…」
レオが一生懸命手紙と地図を見比べて、意味を理解しようとしている。
僕を始終せせら笑っていた奴の姿が心に浮かぶ。あいつはきっと今までも、友人だと言いながらウィリアン様のことを馬鹿にしていたんだ。
ウィリアン様のことを愛してなんかいなかったくせに、愛する者が何だって…
「だめだ…見当がつかないから、これを見ながら歩いて一つ一つ確かめるか?これは魚だろ?だから池で…」
地図に唾を吐きかけた。汗も涙もこいつらにくれてやるつもりは無かった。
「おいっつばっ!!地図がにじむ!!…あれ…?」
僕のつばがかかった部分が森の光と同じ輝き方をしてる…
「道すじみたいに線が出てる!もっと全体的に舐めたりすれば分かるんじゃないか!?」
こんな汚いもの舐めるもんか。驚いた顔のまま見つめてくるレオを横目に僕はつばをふきかけ続ける。
やがて僕らの屋敷から続いて行く変な木の端に花の目印が描かれたものが浮かんで一つの道すじが現われた。
「すごい…汚いけど、これでなんとか辿りつけるかも‥行こうシルバ!」
「僕はウィリアン様の跡を継ぐ為に一人で決着をつけるってあいつらと約束をした。だからごめん…あとはまかせて欲しい。」
レオはじっと僕の目を見つめ続けて、何度か口をぱくぱくさせた後
「お前…ウィリアン様のこと…想ってたのか?」
「今さらそれを答えるのに意味があると思う?」
「なんでそんな言い方…」
もっと言い返そうとしたみたいだったけど、レオは涙を少し浮かべて下を向いた後、出掛ける為の用意を始めた僕の肩を引っ張った。
「お前はリルの事嫌いだっただろ?でも、僕や、ナナヤや、ロズンド、リージャやウィリアン様だって…リルの事は大事な仲間だと思ってるはずなんだ。だから!生きて、二人共連れて帰ってほしい。」
レオが握手を求めてきた…一瞬だけ迷った‥だけど握り返す以外の道は無い。
レオは微笑っていた。僕もわらい返していたと思う。
魔女である僕らが暮らしてきた森‥貴重な魚を釣る為に通ったいくつもの池…みんなでピクニックを楽しんだ花畑…誰も入っていない檻…エドモンドとルーシーとサリー達がくつろぐ小屋…そしてウィリアン様が舞っている秘密の花園…それらを巡りながら最後かもしれないこの森の何もかもに想いを馳せつつ進んだ。
僕は…ウィリアン様を…本当に…
この気持ちはこの森が魔女の森である事を確かめるたび、増えていく。
僕は絶対ウィリアン様の跡を継ぐ。
地図のあいまいな線を読み解きながら進んで、最後に〇されていた場所に着く。
絵には木みたいなのが描かれ、僕の目の前にあるのは、他の木より若干白さが目立つ木…そしてその根元にはこの森では見たことが無いどこか毒々しい花がいくつか咲いていた。
触れてみると、少しざらっとした毛が指に刺さる。
その途端、地面が揺れてすぐ側で、大きな穴が開いた。
その中には白い石の階段が地下へ向かって続いている…
ウィリアン様に似た気配を感じる。祈りに似た動作に罪悪感を覚えながら、僕は暴れる胸を抑えて、自分から穴へ吸い込まれていった。
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