最終章 人への旅立ち#15


麻の布製の肩掛け袋を背負ったミレとシルバは屋敷から少し離れた木々の中を歩いていた。もう辺りはすっかり暗く、森の木々の輝きは二人の全身を昼間よりも妖しげに彩っている。

「ウィリアン様は…どうしていなくなったのかな」

歩みが遅れていたミレがふと呟く。

「何が言いたいんだ。」

「ううん…何も。だけど、ウィリアン様って、どこまで関わってるというか、知ってるのかなー?とか考えてただけ!」

「それは…」

「…ミレ!シルバ!」「ん~…家に着いたの‥?」

二人が声のした方へ振り向くと、遠くの方からウィリアンが現われた。その肩には色味の違う金髪の頭ものぞいている。

「アイヴァンもいた!!」

「良かったな…」

ミレは遠くの二人へと走り寄って、ウィリアンと抱きしめ合った後、意識が朦朧としているアイヴァンの頬にキスをした。

「あなた達も怪我はない?…‥リルティーヌが、まさか、こんな…」

「ウィリアン様。」

ミレのすぐ後ろまで追いついていたシルバが、ウィリアンの目をしっかり見て名前を呼んだ。一瞬だけ、ウィリアンの目の奥に怯えの気配が覗く。

「ウィリアン様が知っている事を教えて下さい。僕達は…知らない事ばかりです。」

目の前の魔女が今にも泣き出しそうな表情をしたが、

「分かったわ…教えましょう。だけど、アイヴァンが衰弱してるから、まずは屋敷に戻って、それから。ね…。」

すぐに微笑んだので、誰も追及することは無く皆で黙って屋敷へと帰る。

屋敷へと帰った後も、簡単な状況の確認をし合い、素早く食事だけを取り、各自何か武器を持って部屋へ戻った。

ミレも果物ナイフを枕の下へ隠したまま眠りについた頃…

―コン、コン、コン…

「ミレ…起きてる?」

「ん~?起きた…その声わあ…」

ミレは左へ右へ頭を振りながら扉の前に立ち、そっと開ける。逆光で見えないながらも、特徴的な髪色と瞳がぼんやりと影の中で主張した。

「ウィリアン様!」

「静かに。今から私と一緒に来て欲しいの。」

「……どこへ?」

「外へ出てから話すわ。なるべく物音をたてずに、ついてきて。」

「ん~…」

ミレは従いそれでも大きい足音でウィリアンへ着いていき、正面玄関から外へ出た。そのまま目の前の森の中へ突き進んでいく。

「ウィリアン様~?どこへ行こうとしてるの?」

少し土を踏み締める速度を落として首を半分動かし右目だけでミレを見つめると、ウィリアンは口を開いた。

「あなたをもう元の村へ帰そうと思って。この森の霧の壁前まで送るわ。」

「えっ!?そんなあっ!!私、まだみんなにお別れも言ってないし、ルルカのお葬式もしてないし、もっと劇とかもしたいよ!!まだ帰るのは先でしょ?!」

「ねぇ、聞いて…」

興奮してやや怒りだすミレウィリアンは肩に両手を乗せ、同じ視線に合わす為しゃがんだ。

「あなたは…完全にはこの森の魔女じゃない。それに…リルティーヌはあなたを狙ってるから、はやくここからあなたを逃がしたいの。」

「狙ってるか~なんとなくーそんな気はしてたけど…どして?」

「それは、…この森の精霊達が、試練にあなたを必要としてるからよ。」

「試練!?試練ってどんな?!こわいよおおお!!私ぼろぼろになるまで倒されちゃうの!?」

「それに近いかもしれないわ。でも大丈夫、今から逃げれば…その服、素敵ね。実は私もあなたに何か贈り物をしたいと思って作ったの。付けてもいい?」

「えっ何何?付けるって…」

ウィリアンは今ミレが身に着けている赤の毛糸で出来た髪飾りをさっと取り外すと、自分のワンピースドレスのポケットからもっと深いあかの髪飾りを取り出しきれいに元の髪型に結い直した。

「わー!一瞬しか見れなかったけど、可愛い髪飾りですね!大切にする!」

ウィリアンは目線を伏せた後、微笑んで

「あなたのツインテール本当に可愛いわね。ちょっと歪んでるから、結い直させてもらうわ…」

そう言ってミレの髪を弄りながら、体を寄せてその耳元に口を近付けた。


ミレは目を見開いて、無言のままウィリアンと目を合わせる。ウィリアンはミレの髪から手を離した。

「よし、これで完璧ね。私達のこと、忘れないでね…」

「うん……この気配は!」

何かを引き摺る音と、子供の抑え切れていない笑い声と、嗅ぎ慣れたくはない匂いとが、明らかにこちらへ向かってくる。身構える二人の前に、すぐそれらは現れた。

「おはよう。‥今日朝の10時に会うんじゃなかったの?」

「私がそれを守ると思ってないから、そうやって剣を持って来たんでしょう?」

ウィリアンはワンピースドレスをまくり、脚に取り付けられていた短剣を取り出していた。

「何と言ってくれたっていい…ここへ来る時点であなたは私を裏切ったから。」

「もう前置きはいいわよね。ミレを渡してくれる?」

「ミレを、何に使う気?」

「色々あるけど…私が一通り痛ぶったあと、私の先生達に引き渡すつもりよ。」

「許さない…絶対にっ!!」

ウィリアンが走り出しリルティーヌに向かって切りかかろうとする。

「リージャ、その剣を振り回す野蛮な女から私を守って!」

リルの横で静かに控えていたリージャが背中を丸め触手を拡げていく。

「えい!あれ?どうしてここにいるの?」

リージャが振り回した触手をウィリアンが地面に伏せつつ避ける。

「リージャ!お願いよ、自分のことを思い出して!リルや、妖精達の言うことを聞くのはだめ!!」

「ねえ、ウィリアンさまは…ルルカがどこにいったかしらない?」

「…!」

時が止まったように静まりかえって、わずかに聞こえるのはリージャの背中にあるもう一つの口の呼吸音だけだった。

「リージャ!あなたが持ってるのがルルカだよ…ちゃんと、本当の事を見て。」

「ぼくがもってる…?」

ミレの言葉に応じて、リージャがずっと抱えている腕の中のものを見た。

「ちがうよ。ルルカじゃない‥」

「じゃあそれは何だと思ってる?」

「……ちがう。ぼくじゃないよ…だって、ルルカがつまんないからって、へやをでようっていったから…ぼくのへやにいって、あそぼうとしたら…リルがきて…?おなかがすいたから…」

触手の動きが不安定なものになり、その隙にリルティーヌはリージャの触手が届かない範囲の後ろへ留まる。

「ごめんなさい…あなたを救えなくて。でもこれから、きっと何か出来ることがあるわ。だから、リルティーヌから離れて、私のところへ戻ってきて。」

ウィリアンは剣を持つ手を後ろに回しつつ、もう片方の手を差し伸べながら、近づいていく。

「ぼくウィリアンがいってるの、よくわからない。ずっと、おなかがすいてるんだ…ぼくのおかあさん…リルいがいは、ウィリアンさまもまずそうだけど…ほかのみんなは、おいしそうにみえる…だから…たべたい、そこにある、たべもの!」

触手が今までにないほど遠く伸びてミレの上半身を捕らえ引き寄せようとする。ウィリアンは阻止しようと飛びつきミレと共にリージャの側まで引き摺られた。剣を地面に突き刺しこれ以上は進まない様抵抗する。

「うわっ痛いよ!リージャ、やめて!私達死んじゃう!」

「面倒だからそのまま二人共殺しても良いわよ?」

「どうしてなのっ!!!ぼくは、こんなにおなかがすくの…たすけてっ…ルルカっ!!!どうして!そばにいないの…!!?」

リージャは鳴き続け、その間もミレとウィリアンは負けまいと踏んばるが、掴む触手を少しづつ引き寄せる。

「リージャ…お願い…最後の頼みなの…‥ミレを離して!!!」

「やだよ…みんな、ぼくのなかへはいれば、おなかもいっぱいになるし…しあわせになれるんだ。ねえ、ルルカ?」

リージャはそっと涙を流して、触手を使ってルルカの頭を背中の口へ入れた。

触手はますます強く、ミレに絡みついてリージャの元へ手繰り寄せようとしている。

ウィリアンは項垂れてひと際強くミレを捕らえる触手を握り締めたまま目を閉じ黙った後、剣をミレに握らせ、立ち上がり真っすぐ歩み出す。

 リージャの前に佇んで、リージャの涙を拭いルルカの頭が噛み砕かれる音を聴きながら抱きしめた。

「そのまま…こいつも噛み砕いてあなたのものにするべきよ。お母さんの言うことがきけないの?」

いつの間にか触手に登っていたリルティーヌが、リージャの耳に口づけしそうな勢いで囁く。

そんなリルティーヌはみえないようにウィリアンがリージャの目を見つめる。

リージャからはウィリアンと同じ熱量の視線が返ることはなかった。

「リージャ…ほんとに、ごめんなさい、最初から気づいてあげられなくて…私が責任をとるから、ね…。」

ウィリアンの背後に触手のひとつが迫る。彼女は振り向いてそれを左手で掴み、右手を少年の指に絡ませる姿になった。

生命そのものが輝くような色の無い光の線が周りに放射し、誰も声を出す間も無くリルティーヌとミレは遠くに吹き飛んだ。

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