最終章 人への旅立ち#2



洗濯物干し場、月の光も風のそよぎも見つけられない闇の静けさの中で、ロズンドは独り、『妖精の羽』の輝きを受けて淡く浮かぶような存在感を示すシーツに向かって弓を引き矢を放った。

途端風が生まれシーツは空へ向かって踊ったがなんとか矢が当たり、破く事無く矢は滑る様に地面へ落ちていった。

深く息を吐いたロズンドの背中に何かが寄りかかった。

「わっ!!」

「こんな時間に何してるの?」

「ナナヤ……」

振り返った彼の目に映るのは、妖精の羽の光を髪ではね返す愛しい彼女の姿だった。

「…戦いの練習だよ。ウィリアン様は一人でなんとかするとは言っていたけど、僕らだって何かあった時のために射的を習ってるんだ…僕は男だ。もっと力になれるようにならないと…」

ナナヤはロズンドの心音を聴くように胸に頭を預けた。

「なんて格好いいのかしら。大好きよ。」

「…ねえ…ナナヤ…」

「なーに?」

「僕、君と距離を置きたい」

「え?何かプレゼントしてくれるの?目を瞑るわ」

「そんな意味じゃない。君とキスしたり…抱き合ったりするのをやめたいんだ。」

「…どうして?」

「どうしてか僕にも分からないんだ。どうしてだと思う…ナナヤ。」

「そんなこと…」

「知らないんだよね。その気持ちはなんとなく分かるんだよ。でも…」

「でも…?何なの!?」

ふいに大きな風が吹いて、二人の間の空気を切り分けるようにシーツがはためきどこかへ飛び去っていった。

「僕の愛と君の愛は、違うってことは、はっきり分かったんだ」

「愛…愛…愛…?愛は、愛でしょ?何が…」

何かが決まるやりとりが始まろうとした瞬間、大きな、生臭い風が吹いた。

異常な空気を感じて洗濯物干し場の奥から続く森の闇を見つめた二人が長い長い紐状の影に覆われた。

「ああああ゛あ゛っ゛!!!!」「ローズッ!!!」

血飛沫と骨が砕ける音を浴びた触手は驚いた様に動きを乱すと森の闇へ引き返して行った。

ロズンドの右腕は肩から千切れて無くなり、溢れ出た血は左腕に抱えたナナヤに容赦なくかかり続けている。

「ロズンド!!!ローズッ!!!助けてっ!!!!ローズが死んじゃう!!!!」

触手の持ち主が遠ざかっていく気配と比例して屋敷の中の明かりがいくつか灯り、玄関から子供達が数人出てきた。

子供達は大騒ぎしながら二人を取り囲んだり、ウィリアンを呼びに部屋へ駆けていくが、鍵の掛かった部屋の向こうからウィリアンの応えは無い。

しばらく呼び掛けてやっと出てきたウィリアンによってロズンドとナナヤは離れの小屋へと運ばれた。

白過ぎる室内だったが、ウィリアンの指示でゆっくりと照明が落とされ、響いてくる声の主の指示のまま硝子張りの棺に入れられる。

棺の中から不思議な音と光が瞬き、それは棺に縋りつくナナヤの顏の上にも反射し散っていった。

魔女ウィリアン子どもナナヤの傍に寄り添い肩を抱く。

「ナナヤ…ナナヤの身体に悪いことが起きるかもしれないから離れて…」

「ローズは死んでないわ‥棺になんて入れないで…」

「これは棺に見えるけど違うの。入れば傷が治る魔法の道具よ‥貴女も怪我をしてない?身体をみせて。」

「嫌です!!離れたくないの…う…ああ…」

「………」

ウィリアンは自分が羽織っている上着をそっと彼女に掛けた後、定期的に食事は届ける、と告げると小屋を出て行った。



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