第三章 愛の足音#3
~物干し竿で作られた引幕が黒い服を着た子ども二人によって左右に開かれる~
『とある森の奥に、大きなお城に住む王子様がおりました。』
「…ああ、退屈だ。たいくつだ。この森は何て平和なんだ。何か面白いことはないものか。」
「こんにちは!ロー王子!退屈なら、この大きな力が宿った剣を差し上げますから、ドラゴン退治に行きませんか!」
「お前は誰だ!?」「私は良き魔法使い、レイミー!」
~ロー王子【レオルド】は自由室に簡易的に作られた城の書き割りの背景の前で身振り手振りで演じつつ声を張る。~
~その隣でいつもとは反対の白いローブをかぶった魔法使いレイミー【ミレ】も負けじと声を張り上げる。~
「おお、魔法使いとは何と頼もしい!私と共にその剣でドラゴンを倒しにいこうぞ!」
~王子は魔法使いから剣を取り上げると、てくてく歩いて書き割りの後ろへ消えた。魔法使いも続く~
『こうして王子と魔法使いは、ドラゴンの棲む魔の谷へと出掛けていきました。』
~黒い服の語り手【クロデア】が急いで幕を引くと、裏でどたばたと物を動かす音が響く。~
~五分は経った後、また語り手と黒い服を着たもう一人が幕を開けた~
「がーううう!!!」
「ドラゴンよ!民を脅かすのはもうやめろ!やめないなら…やめないならー…『この剣で引き裂いてやろうぞ!』この剣で引き裂いてやろうぞ!」「王子に力を与えましょう~」
~魔法使いが白樺の杖を振り回すと、括りつけられた鈴がしゃらしゃらしゃらと魔法らしい音を鳴らす~
~王子が鈴の音に合わせて紙で出来た剣をドラゴン【ロズンド】に振り下ろした。~
「ぎゃおおお~…」
緑のだぼついた布の翼をじたばたさせドラゴンは、ドスン、とそれなりに大きな音をたてて床へ転がった。
「やった!やったぞ~」『違う‥そこは、我ドラゴンを倒したり!‥だよ』
「…我ドラゴンを倒したり!」
「おめでとーございます!王子!んん?このドラゴンの角にかかったネックレスは何でしょう?」
「見せてみろ…赤い宝石が美しい…これは!隣国である輝夜王国の紋章が彫られている!!」
~王子が掲げた手の中で、粗悪な台座に赤く塗ったただの石が蝋でくっつけられたネックレスが気怠げに部屋の電灯を跳ね返している。~
『このネックレスを隣国に返すために、王子と魔法使いは旅に出ました。途中現れる魔物を、二人は協力して倒していきます。』
「ガウガウガルルー!」
「私の魔法を受けよ!‥~っ可愛い!こんなの倒せないよー!!」
~魔法使いは目の前でぴょんぴょん飛び跳ねる灰色の耳付き毛皮をかぶった魔物【ルルカ】をぎゅっと抱き締めた。~
『ミレ!台本に無い、ことしないで‥!可愛い‥けど、倒して!』
「ちぇ~。魔物よ!消えなさい!」
~ミレがでこぴんすると、魔物は「ぎゃおおお~~!!」と言いながら元気よく舞台裏へと消えていった。~
~続いて青く染めたなめし皮で作られた蝙蝠のような翼と、鹿の角付きカチューシャが似合っている悪魔【リージャ】が交代で出て「…ぼっぼくはあくまだ!魂を、よこせ!」
「やるもの「かわいいい!!!あげるっ!いくらでも♡!」
『ミレ‥お願、い‥いうこと、きいて…』
「あーダメダメ!魂はあげられないわ、ひとつたりとも!悪魔よ、去れ!」
~またミレが白樺の杖を振り鈴の音が響くと、「わーやられたああー…」と言いながら、顔を真っ赤にして舞台裏へと消えていった。~
「なっ、んと困難な道のりであろう!しかし輝夜王国はすぐそこである!心して進もう!」
~王子と魔法使いがトントン足音をその場でたてていると、後ろの書き割りがよいしょ、よいしょと音をたてながら、自由室の部屋半分を覆う、上から吊られた黒い布の向こうへ移動していく。~
~すぐ入れ替わりに城とキラキラ輝く町が描かれた書き割りが、ぜえ、ぜえと音をたてながら設置された。~
『王子と魔法使いは、この世のものとは思えない美しい町に辿り着きました。』
「ようこそー。」「ようこそ~♪」
~あざやかな色の服を着た町の人その一【リージャ】とその二【ルルカ】が躍り出て、しばらく二人の周りを舞った後、また去って行った。~
『町の皆に心よく出迎えられた二人は、女王の城目指して進みました。』
~王子と魔法使いがまたその場で歩く真似をしている後ろで古い様式の軍服を着た御付きの者【ロズンド】が色々と花やら草やらが飾りつけられた華やかな椅子を運んできた。
『城に辿り着いた二人は、女王の間に通され、謁見を待ちます。』
「女王はとても高貴なお方だ、くれぐれも粗相のないように!」
「へーさっきのドラゴンと全然違うね~かっこイイよ!いたい~レオひねらないでよ~」
「私達はいつまでもお待ちします!!」
~少し時間が経ち、美しい銀の刺繡が散りばめられた青いドレスを身にまとった女王【ナナヤ】が現れた。~
「女王っ!!きれいです!!」
「ミレ、そういうのも違うからな」
「ありがとう。ではなく…ようこそ王子と魔法使いよ。遠路はるばるご苦労様です。今日は何用にて参られたのでしょうか?」
~王子は首に下げたネックレスを外すと、女王に見えるように高く掲げた。~
「それはっ…!遥か昔、ドラゴンに奪われた我が国の宝!奪い返してくれたのですね…!深くお礼を申し上げます!」
「いえ、私もこんなにも美しい貴女に逢うことが出来て、とても喜ばしいことです!」
『女王はお礼にとても綺麗な歌を唄いながら、王子と共におどりました。』
~語り手が言うなり、舞台袖より町の人一、二や舞台の裏方である衣裳係【ヘンリー】や黒い服その二兼作業係【シルバ】も魔法使いによって引っ張りだされて、皆でぎこちない踊りをそれぞれ踊る。~
「こうして両想いになった二人は、新たな王国を築き、いつまでも楽しく、平和に暮らしました…」
~語り手の声は最後の方になると震えていた。それをかき消すようにミレの、ありがとうございましたー!と声が響き、舞台上の皆も続いて挨拶をする。~
観客のウィリアンが精一杯の拍手を送ると、結局その場の全員が互いに拍手を送り合った。
「クロデア、もちろんみんなも…おつかれ様!ここまでの劇にするのは大変だったでしょう?とても、良かった
わ。」
「ウィリ、アン、様…」
舞台前の一つしかない
クロデアの目に次から次へと涙が浮かんで、流れた分は台本に落ち、中に書かれた文章は染みへと変わっていく。
「ウィリアン、様。私…次は、闇市で、演じたいの…時々、他の劇団も演じたりしてるって、…私も、こうやって、表、現したい。自分は、ここで生きてるんだって!」
「……分かったわ。」
ウィリアンは何度か強めにクロデアの頭を撫でると、頬と台本に口付けた。
「ねーねーいつにするの?!はやく決めちゃおー?私が家に帰る前にしないとだしさ~」
ウィリアンが口元のみで笑いクロデアの頭から手を離して、自分達に抱きつくミレの頭に置いた。
「今日まで皆頑張って疲れたでしょう?もうゆっくり休んで、明日はお茶会をしましょう。そこで闇市での予定も決めて‥それでいいかしら?」
「オッケーです!みんなおつかれさまー!片付けてから解散しよー!」
ウィリアンを除くその場の全員で部屋の片付けにかかり、済ませると自由室にはクロデアとウィリアンがだけが残った。
下を向くクロデアが、ウィリアンからの視線を感じ取って、頭を上げた。
「ウ、ィリアン様…私っ、もっと朗読、ちゃんと出来るように練習します…あと台本も、もっと‥もっと良い話になるように、考えます…応、援してくれ、ますか?」
クロデアはウィリアンの視線を逸らさずしばらく見つめ返した後、深々と頭を下げた。
「頭を上げて。…クロデア、大きくなったわね。私はもう成長する事は出来ないけど…私は、いつでも貴女の成長を喜んでるし、願ってるわ。」
クロデアは、誰にも見せたことがないような、とても嬉しそうな表情で笑う。
部屋を出たクロデアは、ウィリアンの後についていくのはやめて、横に並んで歩き始めた。
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