第3話 一時的な記憶喪失
事件を目撃した杭瀬は、次の日、刺された女性のお見舞いに行った。当日は手術後で、それどことではなかったが、命に別条がないこと、そして、手術もそんなに難しいものではないということ、そして、医者が刑事に対して、明日であれば、状況によっては、少しくらいの時間だったら、事情が聴けると思うというのを話していたこともあって、お見舞いに行こうと思ったのだ。
病院に行くと、昨日は夜だったことと、救急車の中で、外が見えなかったことから、結構遠いところにあるのかと思っていたが、実際に、事件現場から、そんなに遠いところではないということが分かった。
バスでいえば、3つくらいの停留所を通りすぎたくらいのところに、病院があった。ちょうど、いつも降りるバス停から、歩いて10分くらいの事故現場、そして、病院とを結ぶと、直角三角形になるような感じだった。昨日の救急車は、一直線に進んでいるようには見えなかったので、きっと、大通りを進んだのだろう。時間が掛かったように感じたのは、そのせいだったのかも知れない。
事件翌日は、ちょうど、昼から休みの半休状態にしておいたので、昼一番で病院にやってきた。刑事が詰めているかと思ったが、その場にはいなかったので、
「午前中で事情聴取は終わったのかな?」
と思ったが、とりあえず、ナースステーションに行ってみると、
「個室に移りました」
ということであった。
号数だけを教えてもらったのだが、さすがに看護婦は、不審な目で見ていたが、それでも、
「昨日の救急車で、一緒に乗ってきたものです」
というと、ナースステーションの奥にいる人が昨夜のことを覚えていて、
「ああ、昨夜の方ですね?」
ということで、やっと変な誤解が解けて、部屋に晴れて案内してもらえることになった。
ちょうど看護婦さんも、
「体温を測る時間なので、ちょっと確認に行く必要があるので、ご一緒しましょう」
と言ってくれたので、一人で行くよりも何ぼかか安心であった。
まさかとは思うが、自分が犯人で、隙をついて、殺そうなどという、まるで推理小説のようなことを考えているとは思えないが、昨日の事件の被害者に、いくら付き添いで来た人間だからと言って、二人にするわけにはいかないだろう。
それを思うと、ここの看護婦はちゃんとしていることがよく分かった。
部屋に行くまでに、
「あの方は、面会しても大丈夫なんですか?」
と、とりあえず聞いてみると、
「ええ、普通にされていますよ。まだ頭がボーっとしているようで、事件のことも、ほとんど覚えていないらしいんです。少なくとも、自分が刺されたという意識はないようで、傷口が痛いのはどうしてなのか? あるいは、どうして入院しているのかということを、ハッキリと分かっていないようです」
と看護婦は言った。
「記憶喪失なんですか?」
と杭瀬が聞くと、
「なんとも言えない感じですね。記憶を喪失はしているんでしょうが、それが一過性のものなのか、それとも、大切な記憶のほとんどが消えてしまっているのか、そこまでは、今のところ判断がつかないんです。思い出そうとする時に、頭痛がするという、記憶喪失の時の典型的な症状が出ているようではないようですからね」
と看護婦さんは言った。
「あなたは、まったく患者さんを知らないんでしょう?」
と聞かれた杭瀬は、
「ええ、昨日の倒れているところしか見たわけではないので、その様子からは、自分の知っている人に似ている感じはありませんでした。ただ気になるのは、あのあたりをあの時間に通っているんだから、今までに何とか顔を合わせていても不思議はないと思うんですよね。時間的には、帰宅時間だからですね。でも、初めて見るような気がしたので、そこがちょっと気になるところですかね?」
というのだった。
「分かりました。ご面会は、あまり長時間はできないことになっていますので、1時間をめどにお願いできますか?」
と言われ、
「分かりました。ありがとうございます」
と言っているうちに、彼女の病室の前にちょうど来ていたのだった。
「こんにちは」
と言って先に杭瀬が入り、彼女の様子を見た。
すると、彼女の反応はほとんどなく、その後ろから現れた看護婦さんを見て、やっと安心したような表情になった。
このことで分かるのは2つ、
「看護婦が、わざと後から顔を出したことで、最初から彼女の反応を見ようと狙っていた」
ということ、そしてもう一つは、
「看護婦の行動も踏まえたところで彼女の反応を鑑みれば、彼女の記憶が失われている」
ということが事実だということであろう。
別に言葉を疑ったわけではないが、その様子を見ていると、彼女は杭瀬のことを覚えているわけではないということであった。
そういう意味では、見舞いに来たことは、ほとんど意味のないことであった。だが、彼女が何かの事件に巻き込まれたのかも知れないと思うと、警察が動いている以上、彼女の状況を知っておいてもいいだろうし、見舞いに来たということを警察が認識していることも、悪いことではないだろう。
そう思うと、見舞いに来たことも意義があると感じ、彼女と普通に接すればいいのだと思うのだった。
「この方は、あなたのために、救急車を呼んでくださったのよ」
と言って、私を紹介してくれた。
それでやっと彼女の顔に笑みが零れたが、その時初めて彼女の笑みに、意識が籠っていないことに気が付いた。
「さっきの看護婦さんへの笑みも、心が籠っていなかったんだろうな。完全に形式的で、愛想笑いにしか見えないんだ」
と思ったのだった。
「じゃあ、お熱を測りましょうかね?」
と言って、腋に体温計を挟んだが、反対の腕に点滴が刺さっているようで、痛々しさが残っていた。
1分ほどで体温が図れ、
「それじゃあ、時間厳守でお願いします」
と言って、看護婦さんは出て行った。
さすがに、表には、警官が控えているというような仰々しさであるが、本人がどこまで自分に起こったことを認識できているのかが分からないので、どう切り出していいのか分からなかった。
もし、彼女に昨日のことを聞かれて、どこまでこたえていいのか分からなかったが、というほど状況を把握できているわけではない。実際に刺された現場を見たわけでもなければ、犯人を分かっているわけでもない。とにかく彼女が倒れていて、その横にナイフらしきものを持った男がたたずんでいて、こちらを見かけ、走り去ったというだけだ。
状況からすれば、
「彼女を刺して走り去った」
ということになるのだろうが、そのことはあくまでも客観的に見たことであり、事実ではない。
本当であれば、被害者の意識が戻れば、事件で何が起こったのかということは、被害者の口から語られるというのが普通なのだろうが、彼女には今そこまでの記憶がないという。
「ひょっとすると、今までの同一の事件でも、被害者がその時のショックから、一時的な記憶喪失になっているということだってあったかも知れない」
と思うと、
「その影響で、逮捕できたはずの犯人を取り逃がしたということだってあったのかも知れないな」
と、勝手に想像を巡らせていた。
それは、仕方のないことであり、強引に彼女の証言を得るために、無理な記憶の蘇生行為を行うわけにもいかない。本人の同意もなしにすれば、それこそ人権問題だからである。
だが、そこまでしなければ、凶悪犯は逮捕できないかも知れない。相手が通り魔であったり、何人も殺しているような殺人鬼であったりするならば、そんなことを言っている場合ではないからである。
そんなことを考えていると、
「仕方なく犯人を取り逃がすことも結構あったんだろうな?」
と考えたのだった。
杭瀬は、彼女の無表情な顔を見ても、
「やはり、見たことがない顔だな」
と感じたのだ。
昨日の苦痛に歪んだ顔を見比べても、
「これが昨日の彼女と同じ人の表情なのか?」
と思うほど、別人に思えた。
それだけ昨日の苦痛に歪んだ顔が異常だったのか、それとも、今の無表情に見える顔が不気味なのか分からなかったが、
「それだけ、両極端だったということではないか」
と感じたのだった。
彼女の顔を見ていると、こちらからの質問は、まったくの無駄であることが分かり、それだけに、何を話していいのか分からないと思うと、見舞いに来たことを後悔した。
「俺は何のためにここに来たのだろう?」
と、最初は何かのつもりだったと思ったことを、忘れてしまっていた。
確かに、警察の手前もあり、一度顔を見ておくのは心証がいいかも知れないという、よこしまな気持ちがあったことは意識していた。
ということは、それ以外に何か感じたことがあったということだが、そう簡単に思い出せないということは、それだけ、一瞬の意識だったということが言えるような気がするのだった。
彼女の顔を見て、今度は自分が苦笑いに近い愛想笑いをしているのだと気づいたが、同じ愛想笑いでも、彼女の場合とは違ったものだということは、分かっていた。
「昨日は助けていただいたとのことで、ありがとうございました」
と、彼女が頭を下げた。
「あ、いいえ、ご無事で何よりでした」
と、杭瀬が言ったが、彼女もそれ以上何を話していいのか分からないようで、戸惑っているのが分かった。
一応、杭瀬は自分の名前くらいは言ったが、敢えてそれ以上のことは口にしなかった。口にすることができなかったと言った方がいいだろう。
彼女の方とすれば記憶がないのだから、すべて人から聞かされた話、感情が籠っていない言葉など出てくるわけはないのかも知れない。
「先生の方から、けがは大したことはないと言われて、安心しているんですが、何やら刺されたということを警察の方に言われたんですが、記憶にないんですよね。今は自分があ誰なのかということも分からない状態なんですが、先生の話では、いずれ、日常生活の記憶は戻るだろうから、焦ることはありませんと言われたんですが、私もそのことに関しては安心しているところです」
と言った。
「そうなんですね。じゃあ、お医者さんのいう通りに、気持ちを楽に持って、焦らないことが一番なんでしょうね。私もそう思いますよ」
と杭瀬がいうと、
「杭瀬さん? あなたは私のことを知らないんですか?」
と逆に質問され、
「ええ、私はあなたを知りません。見たという覚えもないんですよ」
と、なるべく彼女の心情を察するという意味で、彼女の前で、「記憶」という言葉を発しないようにいうと、
「そうですか。時間的に通勤時間だったということだったので、お互いにいつも同じ交通機関を使っているのであれば、私のことを知っているのではないかと思ってですね」
と彼女に言われた時、杭瀬は、
「待てよ?」
と思ったのだ。
確かに彼女は記憶を失っているとして、表にも病室の患者の名前を書いたプレートが表に貼ってあるわけでもなかった。
だが、この病院では彼女の身元が分からないのは仕方がないかも知れないが、警察が知らないというのもおかしな気がした。
なぜなら、彼女が全裸で放置されていたり、手荷物が何もないのであれば、それも仕方のないことであろうが、少なくとも、服を着ていて、彼女が倒れていたまわりに。彼女のものと思しきカバンも転がっているのを見た。
確かそれを救急隊員が患者と一緒に、救急車に入れるのを見た記憶もあった。
当然警察は中を改めているだろうし、彼女の衣類も確認しているはずだ。そこで、彼女の身分を証明するようなもの。例えば運転免許証、健康保険証などがカバンの中にあってしかるべきだ。
あるいは、バスで移動してきたと考えれば、定期券はあって当然で、なければ不自然である。
もし、定期券が見つからなければ、彼女はこの路線を定期的に使用していたわけではないということになる。
今日は偶然何かの用があって、このあたりに来たのだとすれば、彼女が襲われたのは、
「運が悪かった」
という可能性はぐんと高くなる。
つまりは、わざわざ犯人が彼女を襲うのに、ずっとつけてきて、ここで襲ったとして、そのメリットはどこにあるというのか。もし彼女を殺したとして、普段通らない場所で彼女が死んでいれば、通り魔の仕業に見せかけることもできるかも知れないが、あくまでも、通り魔がいてのことが前提となるはずだ。
今回偶然きたのであれば、そんな下情報を持っていたとして、ここにどれだけよく来るのか分かっていなければ、ずっとここに来るのを待っている必要がある。かといって頻繁に来るような場所では意味がないだろう。
そう思うと、この考えはリアルさがない考えだといえるだろう。
そう思うと犯人にメリットはあまり考えられない。
変質者がたまたまここにいて、たまたま彼女が狙われたと思う方がまだリアルな感じがするというほどではないだろうか。
そう思うと、彼女のことをどう考えればいいのだろう。
この事件の本当の被害者であり、そこに動機も何もないのだとすれば、本当に気の毒である。
それこそ、警察は必死になって犯人を捜すべきではないだろうか。
なぜなら、犯人は、彼女を傷つけることが目的ではなく、相手は誰でもいいのだと考えると、犯人がまた他の誰かを襲うということもあるわけで、そうなると、
「猟奇的犯罪」
という可能性が大きくなり、それこそ、警察にとっては、挑戦状をたたきつけられたものだといえるのではないだろうか。
それを考えると、警察は、彼女に対しての怨恨と、通り魔的な猟奇犯罪の両面から見ているのではないかと感じられた。
昨日のあの光景を思い出していると、
「彼女の叫び声が聞こえてきて、すぐに角を曲がったので、犯人が彼女のカバンや服を物色する暇などあるはずはなかった。そうなると、犯人が彼女から身元を隠すようなものを持ち去るということはありえない。これは、状況判断からもそうであるが、犯人の立場としては、別に被害者の身元を隠す必要もない。彼女が死んでいたとしても、損壊がないのであれば、身元は簡単にバレるはずだ。それを、危険を犯してまで、その場にとどまっておくことはできないだろう。犯人の心理としては、すぐにでも、犯行現場から逃走したくなるのは、当然のことである。その証拠に、やつは、俺に見られて逃げ出したではないか。明らかにあれは見られて逃げ去ったのだ」
と杭瀬は感じていた。
逃げた男は、どれだけ慌てていたのか分からないが、杭瀬に見られたことを意識はしているだろう。杭瀬は見えなかったが、相手が見られたと思ったとすると何を考えるか。
もし、被害者が死んでいたとすれば、杭瀬も見た以上、犯人に狙われないとも限らないが、結果命に別条がないということになれば、普通は傷害罪であり、悪質と判断されても、殺人未遂であろう。
それを、危険を犯してまで、杭瀬を襲うとして、殺してしまわなければ、襲う意味はない。だが、元々の犯罪の隠蔽に、さらに重い罪を犯すというのは、どう考えても本末転倒ではないだろうか。
それを思うと、杭瀬は、
「自分が狙われるということは、十中八九ないだろう」
と思い、少し安堵であった。
それくらいのことは警察も分かっているだろうから、もし、犯人を見た証人ともなる人間を、殺人犯でもない人間が襲われることはないと思ったのだろう。そうじゃなければ、犯人を見たかも知れないと思われる人物を、そのまま監視もつけずにいるわけもない。
「いや、自分が気づかないだけで、警察に尾行されているのかな?」
と思ったが、それは自分を守ろうとしているだけのことで気にすることはない。
だが、もし、警察が尾行しているとすれば、もう一つの可能性を否定できない。
それは、
「杭瀬を犯人として、警察が見ている」
という意味での尾行ではないかということだ。
今の杭瀬にはそこまでは思えなかった。ただ、そのうちに警察が自分に接触してくるだろうことは分かったのだった。
記憶喪失になっている彼女に対して、どのように接していいのか、看護婦は別に何も言わなかった。
ということは、普通に会話をするだけでいいということであろうが、実際に二人が知り合いだという認識であるわけはないのだから、何を話していいのか分からないだろう。
逆に、患者を刺激するわけではないのでいいと思ったのか。もし、彼が事件のことについて話し始めたら、どうしようと思っていたのだろう。
もし、ここに医者がいて、何かあった時にすぐ対応できるという条件の元、一種のショック療法のようなやり方で治療の一環とするということであれば分からなくもないが、医者もいない。看護婦も遠慮して席を外している。しかも、話の内容を事前にチェックもしていないのだから、ショック療法というよりも、まるで自殺行為ではないかと思うのだった。
そんな状況を分かっているつもりなので、迂闊なことは話せない。まるで何かに試されているかのようだ。
だが、ここまで自由にさせているというのは、まさかとは思うが医者も刑事も彼女を記憶喪失のような症状であるが、実際には、偽装ではないか? と思っているとするならば、自由にさせるということもありえることだが、そんなトラップを医者という立場でやっていいものなのかどうか、疑問でもあったのだ。
杭瀬は、とりあえずありきたりなことしか話せないと思った。少なくとも、記憶についてのこと、昨日の事件の話。それにかかわるような話はできないだろう。
しかも、まったく知らない相手、きっかけもなければ、内容を考える頭もない。どうすればいいのか。この時初めて深い後悔をしたのであった。
「一体、何を話せばいいのか、実際に困っちゃいますよね?」
と、杭瀬が口を開くと、彼女の方は、
「私、記憶が曖昧な感じで、自分が誰だかということも、今の段階では思い出せないんです。先生は、自分のこととかは、すぐに思い出すだろうと言ってくれたので、本当は私のことを知っている人が来てくれるのが一番ありがたかったんですが、どうやら、杭瀬さんは、私のことをご存じないようですね?」
というのだった。
杭瀬の方もまさか、彼女が混乱しているはずの頭で、
「よくここまでの思考を巡らせることができるものか?」
と感じたが、確かに頭の中がどうなっているのか分からないが、空白の状態であれば、思考を巡らせるだけの余地は十分にあると言っても過言ではないだろう。
そんな状態で、ここまで冷静になれるということは、普段から冷静に考える力のある人だろう。天真爛漫というよりも、知性的なタイプの女性なのかも知れない。
なるほどそう思ってみると、彼女は知性的なタイプにどんどん見えてくるから不思議であり、
「ひょっとすると、この場のマウントは、彼女に握られてしまうかも知れない」
と感じた。
いつもの杭瀬であれば、知らない人同士であれば、自分がマウントを取りたいと思うのだが、今回だけは、
「相手に取らせてもいい」
と感じたのは、相手が記憶を失っているという、特殊な状態にあるからなのかも知れない。
杭瀬は彼女の質問に対して、
「ええ、私はあなたのことを知りません。だから、お見舞いに来ても、記憶を失っていると伺ったので、何をどう話していいのか分からないんですよ。あなたが自分のことを知りたいから、自分を知っている人がいいと思うのは分かりますが、私はあなたのことを知らない。申し訳ないとしか言いようがないですね」
というと、
「そうですか。それは残念ですね」
というではないか。
正直、少し杭瀬はムッときていた。
「自分は、あなたを助けてあげただけなのに、それなのに、昨日は警察への話などで時間を取らされて、今日は今日で、気に合ったからと、見舞いにも着てやっているのに、何、自分のことばかり言ってやがるんだ」
と、心の中で叫んだ。
「なるほど、このような自己中心的な考え方しか持っていないような女は、人に狙われるのも分かる気がする」
と言いたいくらいだった。
それとも記憶喪失の女は、自分が分からないというような、暗黒の世界にいるかのようで、自己中になったとしても、それは無理もないことなのだろうか?
杭瀬はいろいろ考えてみたが、分からなかった。
それこそ、先生に聞いてみたいと思うほどで、先生というのは、どれほど、記憶喪失の人のことが分かるのか、それも疑問であった。
そもそも、記憶喪失状態というのは、どういう感じなのだろうか?
記憶を失ってしまったとしても、自分が分からないということや、その派生によって不安に感じてしまうのは、無理もないことだろうが、思考能力に関してはどうなのだろう? 衰えてしまうのか、それとも、自覚という意識がないことで、思考能力の羽ばたく余地が大きいというものなのか、実に疑問である。
記憶が薄れるということは、
「自分が誰だか分からない」
という一つの大きな問題が、寂しさを呼ぶことで、果てしない恐怖が巻き起こってくるのではないだろうか?
それを考えると、
「自分のことが分からない」
というだけで、どれだけの大きな穴が開いてしまうのか、想像がつかないからだ。
「ひょっとすると、我々が考えている大きさの頭の範囲よりもさらに大きな穴が開いているのかも知れない」
と思う。
それは頭という空間と、思考する空間では、思考する空間がまるで仮想世界、つまりバーチャルのようなものであり、孤独や恐怖などという感情の空間とでは、まったく違う場所なのかも知れない。
というよりも、自分たちが頭と単純に呼んでいる空間は、本当に存在しているのだろうか?
それを考えると、
「考えたり感じたりという空間が別々に存在していても、しかも、仮想空間であっても、ありではないか?」
という発想が生まれるのも無理のないことである。
そう考えると、
彼女の中の記憶喪失というのは、どの部分が欠落しているのかが難しいところである。
考えるということや、感じるということは、脳波というものの振動が関係があるのだとすれば、五感だって、振動に関係することもあるだろう。
例えば音だって、音波と呼ばれるものの振動によって感じることができるのであるし、見るものだって、光の波形によって、色が分かったり形が分かったりするものではないだろうか?
感じることが波動によるものであるとすると、考えるということも、波動ではないか、それを脳波だということであれば、今度は、感じるための波動と、脳波とは、同じ種類のものなのか? ということも問題になってくるのではないだろうか。
電波、音波、脳波、波にもいろいろある。今のところ、そのどれもが人間に影響を及ぼすものであるのは間違いない。電磁波などというものは、脳波に影響を与え、
「あまり、電磁波を感じないように生活しないといけない」
などということが言われていたのも懐かしいことである。
ブラウン管だった時代のモニターだったり、パソコンの近くなどには電磁波がたくさんあるから、仕事をする時も休憩を入れないといけなかったりしたものだ。
今はあまり言わなくなったが、以前、携帯電話が普及し始めた頃、
「病院内では、携帯電話の電源は切っておかなければならない」
と言われていたものだ。
それは別に通話だけに限ったことではない。
「携帯電話の電磁波が、医療機器に誤作動を及ぼし、人工呼吸器であったり、生命維持装置などの誤作動があってしまうと、人の死に関わる重大なことになってしまう」
と言われたものだった。
記憶というのも、脳波の中で、永遠に連結するものとして、継続する形で受け継がれているものだ。
決して消えることはなく、意識の中で、四次元としての時間軸が存在することで、領域が無限ではないといけない、仮想空間が存在していないといけないということなのかも知れない。
今の時代では、
「クラウド」
などと言って、仮想の領域に存在する無限の空間を、記憶は人間一人一人に与えているものなのだろう。
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