第10話 猿芝居

「…………」

ザワザワとした教室の喧騒に包まれながら、昼下がりの時間が流れてく。

昼飯を食い終えた後の時間は暇なもので、我ながらなぜこんな事を?と思いながら、ボールペンを弄んでいた。

「…………」

しかし…しかしだ。

生産性のない事をやると言う事は、意味が無いばかりではないと思うのだ。

その行為そのものに意味は無くとも、人生に余裕ができる。

唐突に聞こえるかも知れないが、人間と言う終わっている生物である以上、未来永劫失敗しないなどと言う事は無いはずであり、完璧であり続ける事などできないはずなのだ。

それは至極当然、自然極まりない事と言えよう。寧ろ失敗無しの方が不気味で近寄り難い。

その上で、これまで張り詰めて張り詰めて、一度の失敗も許したことが無かった様な人生では、一度の失敗に耐えきれなくなってしまうのでは無いかと思うのだ。

子育ての際には、子どもの失敗を許容して然るべきという風潮もある。

それが無いと、失敗を経験しない内に、いつしか失敗を恐怖する様になる。

成功のみの人間にとって失敗は、いつ来るかも分からない耐えがたい屈辱となってしまうのだ。

そう考えると、失敗した時の保険として、ワンクッションとして「あの無駄な時間さえ過ごしていないければ」と、考えることができる様になるのは割と良い処世術なのでは無いか。

自分ではどうあがいても無理だったと、全力を尽くして来たのに無理だったと絶望せずに済むのでは無いか。

まあこんなのは「本気出してれば勝ててたし」と言う、小学生のそれも低学年の物言いに類似した詭弁だ。

要は何が重要かと言うと…。

「…………」

暇、と言うことだった。

体感時間は酷くスロー。

どちらかと言えば嫌な感触のスローさである。


…………。


遠巻きに視線を感じる。

まあ……入学してそのまま停学2ヶ月ってのは、噂されて仕方のない事だとは思うがよ…。

もう流石にデジャヴ感じるぜ…?

謹慎開けて登校し始めてから、もう二週間が過ぎた。

俺のことで二週間近くもザワザワできるとか…さては、俺をコミュニティ作りのための話題にでもしたのか?

……色々言ってお茶を濁してはいるものの、有り体に言うならば孤立してしまっていると言うだけのことなのだが。

話し相手がいないのは暇この上ない事だが………まあしゃあなし。

自分のした事を今更後悔したって遅いし、そもそも後悔なんてしていない。

……ただぼうっと昼休みを過ごすのにも飽きて来た。

図書室にでも行くか…?

そうだな…五月女みたく、常に本を持ち歩いているとか言うわけじゃ無いが、別に小説が嫌いと言うわけでは無い。

寧ろ文章は好きな方だ。何か借りて、それで時間を潰すことにしよう。

俺がそう思って席を立ったー……その瞬間のことだった。


ガッタンッ!


後ろから、席が勢いよく倒れる様な音がした。

「…っ……?」

なんだと思って振り返ってみると、わなわなと拳を震わせながら茶髪の女子が立ち上がっていた。その周りには女子一人と男子二人。

二つ後ろの席で繰り広げられているその状況は、ぱっと見揉め事に見える。

よく見るとクラス全員が揉め事に注目している様だった。

「…だからー…!ーンタが……から!」

「落ち着……って!」

今も何か言い争っている。

…………ふむ…。

「…………」

……いや、なんたる自意識過剰。

こちらの方向へ向けた視線だったせいか、俺が見られていたのかと、勘違いしてしまっていたぜ…恥ずかしい。

それより……。いや、なぜ俺に出る幕があるみたいな言い方をする。

これ以上進んで面倒ごとに関わっていく必要もあるまい…いやまあ、茶談部のあれが揉め事であるかどうかは置いておくとしてな…?

これ以上、いわれのない噂が広まるのは避けたい。

皆の視線から逃れる様に、騒動とは反対方向へ抜けて教室の外へ一気に出てしまう。

よし、それでいこう。

しかしー……席から歩いて離れようとした瞬間。

「……しつこいんだよっ…!」

逆上していた(席を倒しながら立ったヤツ。名前は知らん)女子が、机の横でなだめていたポニテの男子を突き飛ばしたのだった。

あろうことか、俺の方に。

とは言え、結果的に席一つ分の距離はあったし、そのまま俺と倒れ込むなんて事にはならなかったのだが…。

俺は何故か突き飛ばされた男子を受け止めていた。

一二歩分の距離を詰め、後ろ向きに転倒しそうになっていた男子を、両手で受け止めていた。

「…………」

…………何やってんだか…。

ほっときゃ良いものを…。

そう頭では分かっていても、反射的にやってしまっていたのだった。

「え……?あ…?」

ポニテの男子が恐る恐ると言った様子で目を開ける。自分が何故転倒していないのか、混乱している様だった。

……っと。

正気に戻られる前に、と思って手を離す。

「…………」

逆上していた女子を見やる。

突如として部外者の俺が登場した事で、困惑と同時に冷静になった様だった。

さて……もう抜けてもいいよな……?

「………俺が言う様なことでも無いが…余所でやったらどうだ?」

……たく、本音でもねえ事を言うのは億劫だぜ…。

「聴きたくも無え喧嘩急に聞かされてる側の身にも成れ」

俺はそう嫌味ったらしく捨て台詞(弁解のために言っておくが、演技だ)を吐き、教室から出た。

………本音を言うなら、マジで興味無かったんだがね……。

気付いてなかったくらいだし。

俺は、別に捨て台詞まではしなくても良かったよな…なんであんな事をしたんだ……と一抹の後悔を抱きつつ、図書室へと向かった。

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