第5話 先輩の話

先輩の話を、紅茶を飲みながら聴く。

入島先輩はあまり紅茶に手を付けない。

もしかして、これも警戒してのことか…?

まあ正直、そこは別にどうでも良い。

先輩の話の内容を要約するとー……まず、俺の様に退学寸前、とまでは行かなくても少なからず、不良はどんな高校にもいるだろう。各地各校で傾向・性質は違えど、それは必然ともいえる。

もちろん、この緋葉ヶ枝高校にも。

そんな我が校の不良生徒達が、急に鳴りを潜めている、と言った様な内容だった。

その不自然さは理解しやすく、静かな程却って予兆感は強い。

やはり、まだ少しのたどたどしさは残っているものの、先輩の説明は要点がまとまっており、分かり易い説明だった……と思う。

「校内ー…不自然に不良生徒達のー……静かにー……」

しかし、訳あって俺は途中…かなり序盤から、話に集中できなかった。

「………」

なんとなく、抱いた疑問。

別に普段なら気にする様なこともないかと流す様な違和感がひっかかる。

少なからず、風紀委員と言う立場の先輩が俺のスタンスを明らかにしてくれた影響があるのかも知れない。

「ですのでー……風紀委員だけでなー………一般生徒の意見を聞きたいんです」

話の流れは切ら無いよう、先輩が紅茶を飲んだ瞬間、五月女にメモの切れ端を渡して見せる。

「…………?」

先輩には悪いが、会話の隙をみて片手をスッと軽く眼前に掲げる。

そして口元に人差し指を立て、静かに、と無言で意思表示する。

え?と言うふうに硬直した先輩。

五月女の方を伺うと、やや怪訝そうな表情をしていた。

だが、ジェスチャーで俺が扉の方を指し示すと、少し考えた様にした後、小さく首肯した。

音を立てない様に立ち上がり、ドアに近付く。

「………」

誰か、いるのか?

最初は、不意に「風が止んだみたいだな」とそう思っただけだった。

だが、よくよく考えて見れば風が止んだ訳でも無く、窓は同じ様に揺れているのに一切風が通っていない。

廊下側の窓が、閉められていた。

俺らが閉めたわけでは、無い。そんなタイミングは無かった。

もしや、窓を閉めながら先輩が入って来たのか?

いや……それなら流石に気付くだろ。

それに、相談事は総じてあまり聞かれたくないものではあるが、今回の件に関して言えば別段聞かれても問題ない様な内容…と言うか、同じ校舎で生活している以上、周知されているだろうことだったのだから、わざわざ閉める必要性は特に無いのだった。

……突風というわけでも無い、そよ風を気にして窓を閉めると言うのも、あまり現実的では無いしな。

「ああ、お気になさらず。カップケーキは先輩が召し上がってください」

「え?あ、ああとー…」

会話が急に途切れ、違和感が生まれない様に五月女が話を回した。

もし、外に誰かが居た時に、違和感を抱か無いようにだろう。

頭が回るな。

俺は、勢いをつけて窓を開けた。


「……な…!」


刹那、目の前を勢いよく通り過ぎる人影が二つ。

とっさに手を伸ばしたが、届かずに空を切る。

「あ、おい待て!」

廊下に出た時には既に、二人組は中央階段付近にまで差し掛かっていた。

「………っ…!」

追いかけて中央階段まで辿り着いた時にはもう誰の気配も感じられず、ただ下からうっすらとピアノの演奏が聞こえてくるばかりであった。

くそ……逃げ切られたかー……

いやだがしかしー……?

「…何だったんだ……?」

逃げられたので取り敢えず追いかけはしたものの、彼らが何の目的を持ってドアの前に潜んでいたのか、そもそも明確な目的があったのか、可能性の一つとして…悪意あってのことったのか。

そう言った事は何もかもが不明瞭なままだった。

窓まで閉めて(おそらく)あそこに潜んでいたからには何か目的あってのことだろうとか、逃げたからには後ろめたいことがあったのだろうとか、色々それらしい事を予想はできるが…あくまで予想の範疇を出ない。

「…………」

歩いて部室にまで戻りながら、ぼんやりと思慮に耽る。

部室へ入ると、五月女が無表情のまま、首を傾げる。

「誰だった?」

「……さあな?ま、大方、報道部の連中とかだろうぜ。多分、深追いする必要は無いぜ」

「そ」

五月女も若干気になってはいる様だったが、俺と同じでに気にしても仕方ないと割り切った風だった。

「いやあ…悪かったっすね、入島先輩。話切っちまって…」

「…え、え?あ、ああいや、うん。べ、別に大丈夫…ですよ!」

ぐぬ、一度熱が入ったら普通に話してくれる人だったから、冷めちまったのが惜しまれるぜ…。

「えーと…不良達が、いやに静まり返っている…んでしたっけ?」

「そ、そう…でして、えーと、その……っ…」

「あー…すんません。よかったら、紅茶どぞっす…」

俺が淹れた訳じゃ無いが、一度落ち着いてもらうために紅茶を注ぐ。

「………っ…!」

目が合って、高速で逸らされる。

どうすりゃ良いんだ…と言う視線を五月女に送るが、スルーされる。

ぐぬ…特に何もしていないのに、罪悪感だけが募るぜ…。

「ー……?」

………つうか、こんな感じだったか?

なんか…流石に動揺しすぎでは…?

…いや、逆に盗み聞きされててあんま気にしてない俺らの方が異質か。

「…んん。あーと、入島先輩」

話を急かすのは嫌いだし、逆に何もしないで構えている時間は、相手が考えて発言してる事が分かるしむしろ好きだが、いたたまれない気持ちになるのは結構苦手だ。

なので、少し無理矢理になりそうだが、話を進めようとしてみる。

「そもそも…何で俺らんとこにやって来たんですか?」

「え、えっと…そ、れは……」

ぐ、どうしてだか責めている様な雰囲気になってしまった。そんなつもりはなかったのだが…。

「あ…いや、責めてるとかじゃなくて単純に気になっただけなんすけど……俺らは、茶談部っす。学園内の問題を聞く事はできても、この話に関しちゃそんなに効力無いと思うんすよ」

これは、話を進めるのと共に自分が気になった事を聞いてもいる。

茶談部の活動内容について、俺は正確に把握していないし、五月女に聞いてもさあと首を傾げるのみだった。

それだけのために校長の元に行くのは気が乗らないし、そもそも入部する際に同じ様な事を聞いたが、明確な答えが得られなかったので無駄だろう。

そうだ。

茶談部は、校長が作った謎の活動報告書類の内容以外、何も定義されていないのである。

その内容と言うのも、また胡散臭いものでー…。

…まあ、今はそこはいい。

気になっているのは、そんな不明瞭すぎる活動に何故風紀委員がやって来て、校内の問題を話しているのか、と言う事だ。

正直言って、現状は意味不明過ぎる。

「そ、それは……校長先生が、“困ったら茶談部へ行ってみろ”って、仰られていたので……」

「「…………」」

黙りこくる、俺と五月女。

……ああ、そうか。

あのおn……校長が原因か。

妙に合点が行った。行ってしまった。

この時点で俺は、この茶談部と言う部活動がどんな風に活動していくのかを直感した気がした。

これから何かしらの度にこの部活動に舞い込む“相談事の様なもの”は、何処かで校長が絡んでいると思った方が良さそうだ…。

「あー…なるほどっすね……分かりました。じゃあそれでー…」

ひとまず本題を進めようと、会話に戻ったその時。

「…そ、それでー…」

必死に言葉を繋ぐ様にして、入島先輩が声を張った。

口を噤む俺と、元より黙って聞いていた五月女。

「……すみません。…本題の……私の弟の話…どうか聞いて、もらえませんか…?」

明らかに空気が変わったと、そう感じた。

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