Chapter3 [VALKYRJA]

Chapter 3-1

 声が聞こえる。終焉を憂う声、終焉を嘆く声、終焉を喜ぶ声、終焉を拒む声、終焉に立ち向かう声。命の脈動が彼女には声として聞こえる。どんな声であろうとそれは命の煌めきに他ならない。生きている命の、生きたいと願う強い意志だ。彼女の胸にはそれが響く。


 この想いが、この力があれば負けない。既に滅び去った数々の世界のために負けるわけにはいかない。私は終焉などに決して屈しはしない!


 イリス・ウィザーズは顔を上げた。彼女の傍らに立つのは四人の英雄。彼らこそがイリスの選び抜いた、今日までを彼女と共に闘い抜いた精鋭たちである。イリスは彼らに目を合わせながら順番に名を呼ぶ。


「サツキ、シオン、辰真、ラファ。……行くわよ」


 今日までの日々を胸に思い返すために。彼らと共に未来へ向かうために。


「これが、最後の戦いよ」


 彼らの返す視線に迷いはない。静かに燃える闘志は今にも溢れ返らんばかりだ。頷き返す彼らの前に敵う敵などあるだろうか。イリスは振り返った。この迫りくる何千何万、何億にも上る元魔の軍勢如きが我らにとって敵と呼べるほどの存在ですらあるものか。


 かくして、開戦の火蓋は切って落とされた。舞台はまるで宇宙のように漆黒の闇に閉ざされた空間である。だが無数に瞬く星星がこの空間を照らしている。光差す道を彼女らは駆ける。彼女らの姿は元魔の軍勢に呑まれてあっという間に消失した。五対億の戦いは一瞬にして終結へと導かれた。――イリスたちの勝利へと。


「こんなもので私たちを止められると思わないで。こんなもので私たちの希望を、命の鼓動を断てるわけがない。私を、私たちを誰だと思っている!!」


 風船が破裂するかのように元魔の軍勢が中央から消滅していく。この爆裂から逃れる術は奴らになどない。一体残らず元魔の消え去った後に再び姿を現したイリスら五人は全くの無傷だった。しかもこの偉業を成し遂げたのは他ならぬイリス一人の力である。凝縮させた自身の魔力の結晶を前もって用意しておき、それを炸裂させたのだ。大魔法使いツインエッジの異名を持つ彼女の魔力は莫大であり、魔力結晶の威力は計り知れない。


「おっと、どうやらまだ懲りないらしいぞ」


 サツキの指す先、遥か彼方には再びイリスたちに襲い来る元魔の軍勢があった。規模は先ほどのものと同程度かそれ以上である。先は最早見ることは叶わず、元魔の軍勢はさながら空に蓋をした天井といったところか。イリスの用意していた魔力結晶は今のが最後だ。後は彼ら自身の力で道を切り開かねばならない。


「行くぜ、こんな所で立ち止まってる暇はねぇだろ」


 刀を構えて一歩前に出たのは辰真だ。イリスたちには世界の終焉を止めるという使命がある。それを達するまで、立ち止まることなど許されてはいない。どれだけの脅威が目の前にあろうとも進むしか道はないのだ。


「さあ、あの天井に風穴ブチ開けっぞ!!」


 辰真の怒号と共に元魔の元へ駆ける。辰真を先頭に突き進む彼らの策は中央突破に他ならない。拡散して迫り来る軍勢の、ただ一点のみを強引にこじ開けて進むのだ。


「あなたたちは私と辰真の後ろに! 行きますよ!」


 ラファも槍を突き出して辰真に並ぶ。横薙ぎに元魔を斬り伏せながら進む辰真と、さながら突撃槍のように槍を操り薙ぎ払っていくラファが築き上げるのはまさしく道に他ならなかった。先頭の二人に残りの三人が追随する形で、五人は包囲網を潜り抜ける。


「やった! 抜けましたよ!」


 シオンが歓喜の声を上げた。その先に敵の姿はない。無限の闇と、その中で輝く星々があるだけだ。だが喜びも束の間、イリスたちの身体を激しい衝撃が襲った。目の前が歪んでいく。抗おうともがいても、重くのしかかるような感覚に次第に力が抜けてしまう。


 奪われていく意識の中、イリスはこの辺り一帯の空間が平衡器官を狂わせる作用を発生させている地帯であることに気づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る