【短編】the RAGNAROK Story
椰子カナタ
the RAGNAROK Story
Chapter1 [GUNGNIR]
Chapter 1-1
世界の終焉は目の前にあった。
ラファ・アンドレルは雪に包まれた街を見て、それを痛感した。
いや、もうここは街とは呼べないだろう。雪に覆われているのは家やビルの残骸ばかりでまともな建物は既に存在しない。道路はひび割れ陥没し、車道としての機能は果たしていない。
つまりは廃墟であった。
ラファはその場にしゃがみ込み、片手で雪を掬った。雪はラファの体温に触れても溶けることなく白い結晶の姿を保っている。
これは雪などではない、灰だ。命を吸い取って作られた灰が墓標となり、世界にその死を保存する。
ラファは灰を捨て、立ち上がると周囲を見回した。
彼が立っているのは、都市の中心街として栄えていたであろう場所だ。背後にはターミナル駅らしき残骸があり、その周囲に崩れ落ちているビル群も規模の大きいものが多い。
駅にはかろうじて原形を留めている、円形の建物が隣接していた。外観から恐らくはショッピングモールだろう。利便性において高い効果を望めるため、駅と直通で繋がっているのだと推測できる。
白く輝く姿は、営業していてもなんら不思議ではないほどだった。
生き残りがいるならあのような場所だろうか。ラファは一縷の望みを掛けてショッピングモール跡へと足を運んだ。
内部は奇跡的に無事に近かった。所々に破損個所は見られるものの、ガラスにひびが入っていたりと外と比べれば些細なものだ。
ラファは人の気配を探して足を進めた。ドーム状の内部は二階建てで、吹き抜けになっている。店舗は壁伝いに円形に設置され、ドームの中心は噴水と銀時計を配した憩いの場として設計されていた。見上げればガラス張りになった天井に灰が積もっていくのが分かる。
この街が死に包まれるのも時間の問題か。ラファは気を引き締めなおして生存者の発見を急いだ。
やがて、僅かながらすすり泣くような声が聞こえてラファはそちらに振り返った。そこは生活用品店で、もはやここでは意味をなさない雑貨が陳列された店だった。電気の通っていない自動ドアをこじ開け、中へと足を踏み入れる。
ドアの開いた音に反応してか、息をしゃくりあげる音がした。やはりここにいるようだ。
「誰かいるのですか、いるなら返事をしてください!」
ラファが声を張り上げると、奥の方からか細い声が帰ってくる。
「こ、こっち……、だよ……」
声のする方へ向かうと、棚の間に蹲るように身を隠している少年がいた。ラファは少年の元に屈みこみ、彼の肩に優しく手を置いた。少年は僅かに身を震わせて、おそるおそる顔を上げてラファを見る。泣き腫らした眼は真っ赤に充血していた。歳の頃は12、3くらいか。あどけない顔立ちが幼さを強調しているため実際にはもっと上かも知れない。
「私はラファ。君は?」
まだ身を強張らせてラファを見ている少年に笑い掛けると、彼は警戒心を緩めてくれたのかゆっくりと呟く。
「……シオン」
「シオン、ここは危険です。私とともに行きましょう」
「で、でも、母さんが、母さんが……っ!」
シオンは戸惑いを見せた。ラファには彼が何が言いたいのかよく分からなかったが、すぐ合点がいった。シオンは明らかに彼のものではなさそうな女物のバッグを抱えている。彼はここで、目の前で母親を失ったのだ。
「母親が、灰になったのですね。ラグナロクによって」
ラファは沈痛な面持ちでシオンに訊いた。シオンは歯を噛みしめながら頷く。彼はここで、突然消えた母親の帰りを待とうとしているのか。しかしそれは叶わぬ願いだ。ラファは真実を告げねばならない事実に項垂れそうになった。シオンが、まだ年端も行かぬ少年が生き残ったことは希望も何もない、残酷な現実に過ぎないかもしれない。
だが、ラファは頭を振ってシオンを見据えた。生き残った者にできるのは、何もせずにその生涯に幕を降ろすか死んでいった者たちの命を背負ってその責務を全うするかのどちらかしかないのだから。
「シオン、あなたの母親がここに帰ってくることはありません。あなたが母親のことを想うのなら、生きなさい。彼女の分まで生きるのです、シオン。それがあなたにできる唯一の弔いです」
シオンはラファの言葉に顔を歪めた。声を上げて泣きじゃくる少年を、ラファは静かに、優しく抱き締めた。
どくん、どくんと鼓動する胸の奥から、暖かい声が聞こえてくるのを感じた。まるで母親のように錯覚するほど暖かみのある優しい声色で語りかけてくる。それは内側から溢れて外側へと広がって行き、やがて慈しみに満ちた生命が身体を包み込んで、その想いを託していった。
泣きながら心の整理を付けていたのだろう。シオンは泣きやむと、涙に濡れた顔を拭くのも早々に立ち上がった。
「行こうよ、ラファさん。……実は僕、エインフェリアって憧れてたんだ」
「実際になってみて、どうです?」
「怖いよ、すっごく。でも、生きなきゃいけないって思えば、なんとか歩けるみたい。こんなところで、死にたくないし」
彼の笑みはまだ弱々しく頼りない。だがそれでも、生きるという決意は胸に秘めているようだ。
ラファはシオンとともに店を出た。生存者は彼一人とも限らない。それに急がなければ生き残りを救出するどころか自分たちも灰に埋もれてしまう。
だが彼の想いをあざ笑うかのようにとてつもなく大きな音がショッピングモール内に響いた。音はその衝撃で地響きを起こし、既にひび割れていた店舗のウインドウが次々に割れていく。そして天井のガラスが一際大きな破壊音と共に割れて降り注いできた。咄嗟に身を伏せた二人の前に、巨大な図体をした牛のような化け物が天井に開いた穴から降りて来る。牛の化け物は噴水の上に着地し、それを木っ端微塵に破壊した。壊された噴水から溢れだす水の奔流が建物内を水浸しにしていく。化け物は二本足で立ち上がり、虚空に向かって猛々しい咆哮を上げた。
「な、何なのあいつは!?」
「元魔です。ラグナロクによって生まれた忌まわしき生物ですよ」
いや、あれを生物と呼称することは語弊があるかもしれない。死に絶えた命が変貌し、姿を得たのがこの元魔だ。既に死んでいるものが生物で在ってたまるものか。
「あれが、元魔……」
「呆けている暇はありませんよ! 隠れなさい、早く!」
シオンはラファの一喝に身を震わせたが動こうとはしなかった。ラファは今、逃げろではなく隠れろと言った。まさか戦うつもりなのか。
「ラファさん、無茶だよ! 逃げようよ!」
「私なら大丈夫です。ほら、隠れていなさい」
優しい声色だが、有無を言わせぬ強さがあった。シオンは腑に落ちない表情のまま手近な店舗の中に逃げ込む。
ラファは一人で元魔と相対する。勝ち目などあるものか。相手は彼よりも何倍も巨大な体躯を持つ化け物なのだから。だがラファには余裕があるようにも見える。気付けば彼の手には一本の槍があった。黄金に煌めくこれこそ、死の灰の中で生き残ったラファが得た異能の力の具現である。
「必ず守りますよ、シオン」
ラファは槍を構える。元魔も唸り声を上げて彼に襲いかかるタイミングを見極めているようだ。
水飛沫に溢れる世界の中、やがて痺れを切らした元魔がラファに向かってその頭の角を突き出した姿勢で突進を始めた。ラファはより深く腰を落として身構える。
「誓ったのです。残された命を必ず救うと。それが生き残った私の使命だ。人の死を弄んで生まれた存在が、邪魔をするな!」
ラファは槍を深く元魔の胸元に突き刺した。元魔は弾け、灰となって消えた。
「すごい……」
シオンは思わず感嘆の声を漏らしていた。敵わないと思っていた相手を、一撃で。彼の中の不安や怖れは全て振り払われていた。隠れていた店から飛び出してラファの元へ向かう。まるで飛び立つ鳥の群れのように灰は空へと昇って逝く。シオンはいつの間にかその優美とも言える光景に目を奪われていた。
――生きてね、シオン。
「母……さん?」
散り行く灰の中に確かに母の微笑みを見た気がして、シオンは空へ舞い上がる灰を目で追いかけて行く。やがて天井に開いた穴から死の灰が降り注いできて、それはもう見えなくなってしまった。
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