彼らの日常

01

 こうして朝という時間が来るたびに、新たな朝を迎えることができたことに感謝、などという聖職者の有難い言葉を思い出し、更にそれを否定してやる。

 朝など来なければいい。

 どこぞの聖典に出てきた最初の人類は、たかがリンゴの誘惑に勝てずそれを食したことで永遠の楽園を追放されたのだという。

 リンゴ如きの誘惑にすら勝てぬ者が祖先なのだから、布団の誘惑に勝てる人類がこの世に居るはずがない。

 朝っぱらから隣でメタル…デスメタルか、どっちでもいいが、それを大音量で響かせているバカは既に人類ですらないのだろう。

 しかし、寝ていたい寝ていたいと考えていながらも、一方で永遠の眠りという言葉には魅力を感じはしない。人は基本的に、やってはいけない事をやりたがるのだ。ずっと寝てて良いと言われれば、逆に起き出す人が多くなるのではないだろうか?

 まぁ、俺の場合は寝るが。


「へぇーいクロイツ!起きろよべいべ~!いい天気だぜ?」

「帰れ人外」

「うっは!イキナリ人間の枠組みから俺をはずしやがりますか?今日も機嫌の悪い朝のご様子ですなファッキン!」


 バーンとドアを盛大に蹴り飛ばして室内に侵入してきたのはアフロヘアーの色黒男。

 デスメタルをこよなく愛するわれ等が情報担当、ウィルが無駄に高いテンションで俺の安眠を妨害してくださったようだ。

 ちなみに色黒は天然だが、アフロは完全な跡付けだ。パーマを戻すと綺麗なストレートの髪なのだが、本人は「ソウルフルじゃねぇ」との理由で嫌っている。

 今となってはアフロでない彼と町ですれ違ったとしても恐らく分からないだろうが。


「この間の収入はぐ~~~っどな収入だったわけだし、どっか遊び行こうぜ!」


 まぁ、アフロだろうがストレートだろうが、こうして話しかけられれば一瞬で判別が付くのは恐らく俺だけではないだろう。

 寝ていたいという誘惑は非常に強力な誘惑なのだが、それ以上にこの人外の叫び声の方が強烈なようだ。先ほどまで脳内を燻っていた睡魔達は一時休憩に入った。


「情報、役に立たなかった」


 ウィルが喧しく騒ぎ立てる部屋に凛として響くハスキーボイス。

 騒ぎを聞きつけたのか、それともそもそも用事があったのかは定かではないが、いつの間にかウィルが蹴りあけたドアに寄りかかり、Tシャツにジーンズ姿の玲が相変わらずの氷点下な三白眼をウィルへと向けていた。

 スッと伸びたスレンダーな長身に腰まで届く長い黒髪は毛並みの良い黒猫を思わせる。

 普段から切れ長の瞳を更に細め、あからさまな不機嫌さを隠そうとせずにぶっきらぼうに言い放つ玲。

 もっとも、それは事実なのであえて俺は何も言わない事にしよう。


「いいじゃねぇか、結果オーライだよ!世の中結果なんだよ結果!過程を考慮しろなんてのは所詮何もできねぇ奴の言い逃れでしかねぇんだよ!」

「じゃ、機装撃破した俺と玲の手柄だな。煙幕焚いただけのお前の取り分は無しだ」


 どうにも反省する気がないらしいアフロには皮肉だけではダメなようだ。

 物理的に日干しにしてくれよう。


「ちょ、待てって、俺ほら、色々がんばったよ?情報集めたり、情報集めたり、さ?」

「その情報が役に立たなかった、って結果を考慮したんだが…異論はあるか?」

「は、は、はは!そうだよな、結果だけが全てじゃねぇよ!その過程が大事なんだよな!だからすみません謝ります小遣いください」


 大げさな身振りで地べたに頭をつけるウィル。つけたままならいいものを、上げたり下げたりするもんだからなんだか信仰の対象になっているような気分だ。

 これが色黒でバカなアフロじゃなく、酒場でウェイトレスしてる腰つきのいい、あの雌猫ちゃんだったなら文句はないのだが。


「…カズマ、何考えてる?」


 ジト目で見つめるのは何もウィルだけが対象と言うわけではない。玲本人の表情は殆ど変化がないくせに、玲は妙なところで鋭い。

 人の思考をのぞき見ているのかと思うほどに、だ。


「あぁ…バカアフロが金髪美人にかわりゃ良かったなと、な」


 別段隠す必要も無いことだし、恐らくは本人もなんとなく予想が付いているだろう。

 正直に話したところで問題は無い、というか、話さなかったときの視線が痛いので素直に質問に応じる。


「…変態」

「それはここで這い蹲ってるアフロに言ってやれ」

「アフロ死ね」

「即答!一切の躊躇い無しですか!?しかも変態からランクアップしてるし!」

「うるさい死ね」

「だぁ!死ね死ね喧しいわ!てめぇは死ね死ね団か!団員らしくイィ!とか言って見やがれ!いや、そうか分かったぞ、お前は怪人貧にゅ」


 ゴッ  (玲の膝がウィルの鼻っ柱にめり込んだ音

 ドッガッ(吹っ飛んだウィルが床に落下し、更に後頭部を直撃させた音

 ペッ  (玲が唾を吐き捨てた音


 いい加減そのNGワードには触れてはならないという事を学習して欲しいと常々思っているのだが…あえて触れるようにしているとしか思えない。

 マゾか?

 否定はできんな。

 綺麗なフォームの膝蹴り体勢からゆっくりと息を吐きながら玲が体を戻す。

 本人はこうして運動神経もよく、格闘技術にもそれなりに精通しているというのに、機装操縦に関しては射撃戦を得意としているのだから中々面白いものだ。


「カズマ、今日はどうする?」

「目ぼしい予定はないが…ユンファのとこでメンテでも受けてくるか?」

「…ん」


 口調も全く変わらず、表情も大きな変化は無いが、先ほどまで糸の如く細められていた瞳が多少弧を描くようになったのを確認する。

 豹を思わせるような空気をまとう玲だが、女の子らしい部分が全く無いわけではないのだろう。案外とウィンドウショッピングなどを楽しむ習慣も…あるか微妙なところだが、ともかく【桜花】内でグダグダと一日を過ごすよりはいいのだろう。

 多少なりとも丸みを帯びた瞳でそれを確信する。

 くあ…と大きく口を開け、朝特有の澄んだ空気を思いっきり吸い込む。

 パン、と軽く頬を叩き、寝起きはあれだけ騒がしかったと言うのにウィルのお陰で一時休止状態になった睡魔を改めてたたき出す。


「とりあえず、飯だ」

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