03

 相手の予想よりも早い到達だったのか、こちらの接近に慌てた様子で短いブレードを引き抜く【蛟】。

 ここで初めてのロックオン警告。

 マシンガンの銃口が、比較的装甲が薄く、更に視界を遮ってしまう為シールドでカバー出来ない頭部へと向けられた。

 本来マシンガンの様に精度の悪い速射武器を使用する場合、胴体を狙うのがセオリーと言われている。頭部や手足の先端にピンポイントで狙うのは反動の影響で難しい事と、体の中心を狙うことで速射武器特有の銃弾のばらつきが体を中心として広がる為、回避を困難にさせるからだ。

 しかしそれはどこに当たっても効果が見込める相手である場合に限る。

 今彼らが相手にしている【伏虎】は強度の高い装甲に覆われた重機装だ。

 先ほどの牽制射撃が全くダメージになっていない事をあちらも把握したのだろう、生半可な射撃では無意味だと判断した結果が、頭部の破壊。

 何故その様な設計にしたのか、今となっては誰にも問いただすことは出来ないが、各種センサー類が密集している頭部は生身の人間と同じく機装にとっての急所だ。特に、コックピット内部は簡単な密室となっているため外部カメラがぶっ飛ぶと外界の様子が一切見えなくなってしまう。

 このまま直線的な機動を取っていれば精度の低い射撃といえども当然、被弾は免れない。

 マシンガンの威力は決して高くない、がしかし頭部の防御力もまた高くない。

 一発の被弾が致命傷になりかねない。

 だが、茶色の機体は足を止めること無く、更にその体を深く沈みこませる。

 同時、【蛟】の構えるマシンガンが激しく上下に震動、内部に溜め込んだ破壊の火種を一気にばら撒いた!

 深く沈みこんだ茶色の挙動を一言で表現するなら、跳躍。

 ベクトルは上空ではなく、機装の左方向への瞬間的な横移動。

 ブレードローラー式の機装の方向転換はそれぞれ左右の脚部に取り付けられたローラーの回転速度を調節し回る方法が一般的だ。

 この場合、機体のX軸をずらす為には、正面から一度方向転換しその方向に僅かに移動、更にもう一度方向転換し正面に向き直るという多数のプロセスが必要になる。この手順の多さが、細かい機動という分野で重力制御方式に勝てない所以だ。

 しかし、重力制御やブレードローラーに頼った機動制御だけが全てではない。

 機装が人型である意味は三つ。


 一つ、生身の人間が扱う武器の延長で兵器開発が行える。

 二つ、手足を持つことで細かい作業を行う事が出来る。

 そして三つ、人と同じ扱いで機体を扱う事が出来る。


 人と同じ様に足が付いているならば、それを用いて跳躍することも不可能ではない。たとえそれが超重量の金属の塊であろうとも、その重量を上回るバネがあるならば。

 ただでさえ精度が悪く命中率の高くないマシンガンがその瞬間的な横移動を行った頭部を捉えることなど出来るはずもなく、僅かに射線からぶれた銃弾が茶色に装飾された機装の肩部に弾かれるのみで終わる。

 終わる…はずがない。

 マシンガンによる途切れぬ射撃は、見方を変えれば長い長い紐を振り回しているようなものだ。伸ばした紐が相手に届かないならば、追いかければいい。

 向かって左へと跳躍した【伏虎】を追いかけるように、マシンガンの銃口が向けられる。勿論、向けられるだけで終わるはずが無い。途切れること無く続く破壊の粒子は長く帯を引き、触れたものを易々と貫いていくはずだ。

 金属の塊である【伏虎】に高速機動を与えていたブレードローラーは跳躍から着地へと動作を推移させた今でもフルスロットルで稼働中だ。

 つまり、着地したその瞬間から、【伏虎】は前方へと向けて跳躍前と変わらぬ速度で疾走を始めるということだ。

 銃弾の帯が作り出す波の外側へと抜け出した機体は発生源へと向けて走り出す!

 【蛟】と肉薄するまでに掛かった時間は一瞬。

 長く伸びきったマシンガンが作り出す帯が【伏虎】へと迫る間のその一瞬のうち、土色を纏う狩人はその牙が届くまで僅か数歩のところまで距離をつめていた。

 至近距離となった場合、武器に必要な性能は取り回しのよさと、出の速さ。

 軽量型のマシンガンとはいえ、近接距離になった場合は有効に働かない事が多い。この距離で有効になるのは対機装用ブレード類に他ならない。

 相手の【蛟】はマシンガンによる銃弾の波生成を中断し、逆の手に引き抜いた小型ブレードを急速に接近した【伏虎】へと向け、まっすぐに突き出した!


「良い判断だ」


 【蛟】の持つブレードは刃渡りの短い小型ブレード。当然重量は無く、したがって威力も低い。【伏虎】の持つ重厚な装甲を斬撃で切り裂くのは難しいといえる。

 ならばどうするか?

 銃弾が何故あの小さな体で装甲を突き破りダメージを与えるのか、それは貫通だからだ。

 斬撃は破壊力を線で与え切り裂くのに対し、銃撃はその破壊力を点に集中させる。だからこそ、小さな銃弾であろうとも装甲を貫くことが出来る。

 小型ブレードで重機装タイプにダメージを与えるのであれば、突きによる攻撃が最も有効なのだ。


「まるで教科書通りの良い判断だ」


 直線的な機動だった【伏虎】にここで一つの変化が起きる。

 ブレードローラーによる加速からバランスを取るために進行方向に対し平行だった両足、そのうち左足が一歩前に出る。更に、右足、対応するように後方へと半歩。

 【蛟】のブレードが【伏虎】の頭部へと吸い込まれる、瞬間、更に変化が続く。

 半歩後ろに下がった右足のブレードローラーが急停止、更に急激な逆回転を始める。

 右半身は後ろへ、左半身は前へと、左右が別々の方向へと進もうとする機体は、そのどちらでもない機動を取る。

 右回り、左足を支点とした高速の360度ターン。

 変則的なスウェイバックとなった【伏虎】だが、直線的な横移動とは違い、大きく弧を描く頭部の機動はこのままでは頭部が完全に回避域に入るのに僅かな時間が足りない。

 だが、ブレードを前にした機装の動きは回転だけでは終わらなかった。

 回転進捗、90度。

 その段階でシールドを装着した左腕が動く。

 回転する機体の流れに沿うように、左手がブレードを握る【蛟】の腕へと触れ、外側へと軽く押し出した。

 物事のベクトルというものは総じてちょっとした衝撃で容易に変化してしまうもの。

 殴りつけるような強い衝撃があったわけでない、機体が回転していく力に任せ軽く触れ、押した程度の力で、全力を持って刃を突き出した【蛟】の腕は右側へと逸れていく。

 依然として勢いは残したままの刃が、僅かに触れた頭部の装甲表面を軽く削り、だがしかしその程度の結果しか残せずに通り過ぎていく。

 回転進捗270度。

 短い刃渡りの刃を己の背後に感じながら、機体は回り続ける。

 フルスロットルで前進していた速度を殺すことなく、その大半を回転の力へと変化させて、茶の機体が土煙を上げながら回る、回る。右手に構えた大型ブレードを残して。

 回転進捗360度。

 360度という回転は遠心力という力をさまざまな場所に与える。

 勿論例外なく、その大振りのブレードにも、だ。

 機体の前面にまきつくようにクロスさせた右腕が、遅れてきた刃に己の力と例外なく与えられた遠心力を携え、大振りのブレードを横一線、振りぬく!

 振りぬかれた刃はあっさりと【蛟】を視覚の無くなった人形へと代えた。

 高々と跳ね上げられた頭部が地に落ちるのとほぼ同時、平衡感覚を失った【蛟】が情けなく地に崩れ落ちた。

 ダメージ箇所は頭部のみのため、他の場所はまだ生きている。

 何とか立ち上がろうと手足を動かすのだが、外部からの情報をシャットアウトされ、更に重力制御の中枢コアも切り離された状態では、生まれたての子馬の方がよほど上手に立てるというものだ。


「まずは一機」


 残りは二機。もう一機落とせばほぼ俺達の勝ちが決まる。

 どのような場でも言える事だが、2に対して1ではほぼ負ける。良くて引き分け、勝てるという事は殆ど無いといっていい。

 余程実力に差があるのであれば可能性としてはありえるかもしれないが、人間そこまで差が出るようには作られていない。どこぞの物語の主人公の様に一騎当千の働きが出来るモノなど居ないということだ。

 【蛟】の頭部を切り落としたブレードを再び構えなおし、玲の【風牙】へと射撃を行っているはずの敵機へと向け、加速を開始…しようとした瞬間の出来事。

 ガウゥゥン!!

 一発の重い銃声が響き、ディスプレイに映し出されていたのは、右下半身を吹っ飛ばされた【蛟】の姿だった。

 ガッション、というボルトアクションの重々しい装填音が響き、銃声、二回目。

 重力制御にてギリギリ姿勢を保っていた【蛟】の頭部が跡形も無く吹き飛び、弾かれる様に機体ごと後方へと吹き飛んでいった。

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