02

『ひゃっほぅ!!』


 俺の言葉に続くように、ウィルが実に楽しそうに叫んだ。

 と、同時、後方から腹に深く響くような重低音とそれに伴う衝撃がその発生源から伝播し、一陣の風となって砂と岩の大地を駆け抜けていく。

 それに遅れまいと、黒の影が追いかけるように前方へと飛来。

 目標は言わずもがな、前方をひた走るハリネズミ。

 砲弾はそのハリネズミの更に前方に着弾、砂煙を巻き上げつつ、その場に一つの変化をもたらした。

 巻き上がる砂煙が瞬時にその場の視界を閉ざしていく。

 更に、打ち込んだ砲弾は発煙弾のようであり、ゆっくりと広がっていく深く濃い煙はその一体を白い闇へと変えていく。

 砂煙では直ぐに収まり、発煙弾だけでは発生が遅すぎる。

 お互いの欠点と利点を補った結果、そこに生まれたのは瞬時に現れた不可視の領域。

 岩肌が荒々しく露出しているこの地域では直線的に進める場所など殆ど無い。

 どこかしらに鋭くとがった岩が待ち構えており、高速のまま激突すれば船体に対して大きなダメージを追うだろう。

 結果、全速力で走行していたハリネズミが取った…否、取らざるを得なかった行動はその場で停止だった。

 望遠ウィンドウに表示される土煙を盛大に上げて走行していたハリネズミがゆっくりと速度を落としていく。

 そのハリネズミに向かい、俺の上空を滑るように飛行していく青の機装が一機。


『目標、捕捉』


 玲の駆る空戦機装【風牙】

 高出力の重力制御装置を一対の翼のように搭載した、空戦を主眼に置く軽量型機装だ。

 空戦能力を極限まで高めるためギリギリまで装甲を排除した機体は、一般的な軽量型機装よりもさらに細いシルエットを空に映し出す。

 その細い体と翼のような重力制御装置により、一見すれば天使の様に見えないこともない、が、青の体を浮遊させる機械の翼に生身の翼のような柔らかさはない。

 金属特有の光沢こそ、舞い上がる砂塵の所為でくすんでしまっているが、動きは実に機械的だ。

 【風牙】が鋼の翼を羽ばたかせ、体に似合わぬ巨大なライフルを構えハリネズミを射程内へと収めようとするとほぼ同時、ハリネズミの後方ハッチが展開し、数機の緑色の機装が熱波の注ぐ大地へと足を踏み出した。


「あれは…確か」

『【蛟】』

「おいウィル!話がちがうぞ!」


 望遠ディスプレイには緑色の機装、キサラギインダストリィ製陸戦機装【蛟】が映し出されていた。

 近年小型化に成功した重力制御システムに関する技術では、他の企業よりも頭一つ先に進んでいるのがキサラギインダストリィ。

 【蛟】はそのキサラギインダストリィが満を持してロールアウトした最新機だ。

 事前情報にあったはずの【金剛】など足元にも及ばない機動性を誇る。

 緑のカラーリングが施された軽量機らしい細見の体は従来の軽量型機装とあまり変わりはないが、腰の後ろから延びるトカゲのしっぽを思わせたテール型重力制御装置が特徴だ。

 そのしっぽを振りまわしながら、【蛟】が【風牙】へと向け高速機動を開始した。


『うっそん。あのやろ…』


 ボソリと聞こえて来るウィルの念の篭った恨み声。

 そうこうしている間に既に敵に捕捉されていた玲の機体に向け、三機の【蛟】のうち二機が攻撃態勢に入る。

 軽量タイプ故に彼らの所持する武器は携帯式のマシンガンと小型ブレードのみ。

 火力は薄い。

 とはいえ、相手をするのが同じ軽量タイプの【風牙】であれば効果は十分だろう。

 上空に待機する【風牙】に対する地上からの掃射。

 その動きを見れば直ぐに分かる、この二機、中々の手練だ。

 高速機動にて【風牙】の構える【水破】の的にならぬよう細かく移動しつつ、二人の掃射は決して片面からの掃射にならない。

 銃撃が重なるのは常に【風牙】の居るそのポイントであり、たった二機でありながら、見事な多面攻撃を繰り出していた。


『んっ…』


 【風牙】は背後に装備された重力制御装置をフル稼働させ、大きな旋回を繰り返す。

 マシンガンの銃撃は決して正確ではない。

 しかし、正確ではないからこその避け難さというものがある。

 単発の正確な狙撃であれば、着弾前に機装一機分をずらせばよいが、マシンガンの場合はそうは行かない。

 僅かな被弾も命取りになってしまう超軽量機は射線のぶれ範囲も考慮して回避する必要が出てきてしまうのだ。

 故に、玲の駆る【風牙】は大きく旋回しながらハリネズミへと攻撃の機会を伺う…が。


『マジぃな。あの二機、思ったよりもつえーぞ。玲が落とされるとは思わんけど、もう少ししたら煙幕も晴れちまう。それまで時間稼がれっと逃げられるぜ?』


 本当にまずいと思っているのかと疑問を持ってしまいそうなウィルの声がインカムから聞こえる。確かに…このままの状況はよろしくない。

 【風牙】は一向にハリネズミとの距離をつめられていないからだ。

 地上を滑るように機動する二機のコンビネーションは絶妙だ。

 一つの射線に対し回避行動を取れば、別のベクトルを持った射線が風牙の行く先を塞ぎそれをよければまた別の…という循環が延々と続いていく。

 また、射線は巧みに陸艇から離れるよう、前方へは厚く、後方へは薄く弾幕を形成していた。

 弾幕に押されれば残る逃げ道は背後にしかない。

 前に出る事は出来ていないものの、それでも後方へと後退しない玲の操縦技術はたいしたものだ。

 時折、銃撃の僅かな合間を見つけ陸艇へと向け銃口を構えるのだが、そうやすやすと狙撃はさせてくれないようで、未だ一発の銃弾も打ち込めていない。

 玲の持つ【水破】は対艇用という名が付く通り、分厚い装甲をも無視する高い貫通、破壊力と、長い射程のお陰で陸艇相手では高い性能を誇る。

 がしかし、こうして高速機動している機装相手になるとほぼ使い物にならない。

 巨大な銃身は機体の反転を阻害し、その重量は機体の加速をそぎ落とす。

 大きすぎる口径が狙撃の命中精度を下げ低い連射速度が命中率の悪さに拍車をかける。

 玲にとってはもっとも厄介な相手だ。

 もっとも…それは玲が一人であったときの話。


「分かってる。そういう時のための俺だ」


 パキリと指を一つ鳴らし、握り締めた操縦桿をゆっくりと起こしていく。

 それに呼応するように岩陰に隠れていた茶色に染まった機体がゆっくりと、姿を現した。

 ビゼン製陸戦機装【伏虎】、それが俺の愛機の正式名称。

 最新鋭…とは言い難いが、接近戦をメインとする俺の戦闘スタイルにはこいつが一番合っている。

 アーマーを纏った姿は虎というには少々肉付きが良いが、人型兵器だからこそできる接近戦に特化した性能は決して名前に劣らない。


「とりあえずは二機、食うか」


 準備は既に万端だ。

 今か今かと出番を待ちわびた機装は操縦桿を介してブオン、と喜びの意を伝えてくる。

 動作は初動からフルスロットル。

 人で言えば踵からアキレス腱にかけて搭載されているブレードローラーが高速回転を始め、後方への急激な加重が背後の硬いシートへと体を強引に押し付ける。

 現在、機装の推進力として多く利用され始めたのは重力制御による加速装置。

 機体の前方へ重力場を発生させ、前に落ちていく事で加速する。

 玲の操る【風牙】は地上の重力と逆方向に重力場を発生させることで均衡を持ち、飛行を可能にしている。

 が、しかし当然欠点も存在する。

 現在の技術では軽量機しか飛行させる事が出来ない。

 その程度の出力しか出せていないということだ。

 勿論それは機動制御に用いる場合も同じ事。

 細かい機動制御は従来のブレードローラーと四肢を用いた機体制御に比べ格段に向上しているが、速度に関しては従来の方式に及ばない。

 逆に言えば、大きな制御しか出来なく更に動きが速い為にかえって制御しづらかった従来の機動方式に比べ、圧倒的に機装操縦が簡易になったともいえる。

 もっとも、重力場の発生を細かく制御する必要があるため、重力制御の殆どはオートマチックで行われているからではあるが。

 重力場の制御を自力で行おうとした場合、それこそ腕が何本あっても足りないことになりあそうだ。

 茶色の装甲に身を包む【伏虎】は従来のブレードローラーによる機動制御を行う。

 重力制御方式を大きく突き放すその瞬発力を全開に、俺は一気に戦場へと飛び出した!

 普段は扱いに困るブレードローラーが作り出す派手な土煙も今回ばかりは都合が良い。

 敵機装を撃破することは重要な事だが、現段階ではそれは目的ではなく手段でしかない。

 現在最も優先すべき事は、煙幕が晴れてしまう前にハリネズミの両足を砕いてしまうこと。つまり、玲に射撃の隙を与えることなのだから。

 もうもうと立ち上る土煙にいち早く気づいた一機が早くも牽制を兼ねた射撃のお出迎え。

 マシンガンの射程としては遠い位置に居るこちらに、ばらつきの激しい銃弾が届く事は無いが、射撃の意味はそこではない。

 来るなら敵とみなし、敵でなければ離れろ、という宣戦布告と退避勧告を兼ねた律儀な挨拶。

 もはや誰の目にも明らかな襲撃だというのに、相手はあくまでもその全てが襲撃者であるとは考えていないようだ。

 調子の上がってきたローラーの回転数を更に上げ、【伏虎】は最高速へと突入した。

 膝の間接を曲げ、両足を肩幅に開く。右手は後腰部に取り付けられたアタッチメントから大振りのブレードをはずし、左腕部に取り付けた小型のシールドを前面に展開する。

 一連の動作はスムーズに流れてゆき、宛ら太古の昔活躍したといわれる騎士達が得意としたランスチャージのような構え。

 馬を脚部のブレードローラーに代え、構える武器はランスから大振りのブレードへ。そして身にまとう重厚な甲冑は機装という機械工学の結晶に。

 射撃に対し、変わらず攻撃の意思を崩さないこちらを完全に敵と認識したか、一機の【蛟】 が玲の【風牙】への射撃を行いつつこちらに向けての牽制射撃も行ってきた。


「舐めてくれるな」


 彼のディスプレイにはロックオンを警告するメッセージはあがってこない。

 つまり、相手はあの二機の【蛟】はこちらをターゲットとして認識していないという事だ。

 そう呟く視線の先には玲と交戦する【蛟】、そしてハリネズミに張り付いたまま移動しようとしない残り一機の【蛟】が映し出されている。

 彼らにとって一番まずい状況は旗艦となる陸艇が航行不能なダメージを負う事だ。

 例え機装が一機撃墜されたとしても、残りの二機と陸艇があればこの場から撤退することは可能だ。

 しかし陸艇が航行不能状態に陥ってしまった場合、この場から逃げる事は出来なくなる。

 選択肢が「戦い、そして撃退すること」だけに絞られてしまう。

 玲の操縦技術であれば、一機のみが作り出す弾幕ではどうしても発生してしまう弾幕の一瞬の切れ目に陸艇への狙撃を強行することも可能だろう。

 彼女の持つ【水破】は単発ですら陸艇に大きなダメージを残すことが可能なのだから、二機の判断は正しかったといえる。

 とはいえ、こちらからしてみれば相手にする価値も無いといわれているようで、分かっていても気分は悪い。

 牽制の域を脱しないまばらに飛んでくる銃弾を、前面に構えたシールドと【伏虎】の持ち前でもある厚い装甲で弾きながら、【伏虎】はブレードローラーによる加速度を頼りに、二機との距離を一気に詰めた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る