第63話 呼ばれた名前。
空高くに月の泳ぐ夜。わいわいと賑わ街と、人の群れ。
公園通りには様々な出店や屋台が置かれ、浴衣を纏う男女が行き交う。
その様子を私はマンションから見下ろしていた。
「これから私達もあそこに......震えてくるぜ」
美心と交わした花火を観るという約束。その日が来た。
毎年ここから一歩も外へ出ずに花火を眺め仕事をしていた。
比較的近くて打ち上げられる花火は音よりも衝撃がすごくて私は毎回少しだけ怖い思いをしていた。
そんなわけで雷が苦手だったりする。前世ではなんとも無かったのに。不思議だ。
「ママ!」
隣の部屋からとととっと小走りで現れる美心。揺れる袖、結った髪。淡い空色の浴衣。
「おお、可愛いじゃん。モデルさんみたい」
「えへへ、でしょでしょ......って、ママ着替えてないじゃん!!」
「え、だって私浴衣持ってないし」
「なあーっ!!なんで今頃言うのっ!?無かったら買いに行ったのにー!!」
「ま、まあまあ、落ち着け。どうどう」
「せっかく浴衣で写真とろーと思ってたのにぃ!あーあ、やっちまったよ.....あーあっ」
肩を落とししょぼんとする美心。その暗くなった表情に私の中でやらかした感と後悔がじわりじわりと増していく。
だって私の浴衣なんて誰も見たくないだろーよ。
私がそれを着るって発想自体無かったわ。
「......それじゃ、来年」
「え?」
ジロっと恨めしそうにこちらをみる美心。
「来年は二人で浴衣きるの。わかった?」
「は、はい。わかりましたっ」
「よろしい......うん」
ふぅ、と怒りを抜くように息を吐く。そしていつものように笑顔を取り戻した彼女は、私にいつものように微笑む。
「じゃ、いこ」
「......うん」
一階へと下るエレベーター。二人きりの密室で、繋がれた手。ガラスに映る私達は姉妹に見える。背が小さい分、私のが妹っぽく見えるが。
受付のコンシェルジュさんが私と美心に気がつくとにこりと微笑んだ。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ぺこりと頭をさげ、私が出ていこうとすると美心がコンシェルジュさんに話しかける。
「お土産、何がいいですかねぇ?」
「!」
いや仕事中の人に何言って......迷惑になるでしょうが!と注意しようとすると。
「えーと、ではリンゴ飴で」
「わかりました!」
いや答えるんかーい!リンゴ飴好きなんだな。手を触り合う美心とコンシェルジュさん。
自動ドアが開き私と美心は外へと出た。
「もしかして美心、あのコンシェルジュさんと仲良いの?」
「うん。割りとお話するよ。差し入れもするし」
「......マジか」
「え、ママはお話しないの?」
「お疲れ様ですとかは言うけど、話はしたことないな」
「そーなんだ。楽しい人だよ美希さん」
「もう下の名前で呼ぶ仲なんだ......」
「うん!」
コミュ力やべーな。
「あれ、もしかしてママ......ヤキモチ?」
「なんでや!」
「だいじょーぶだよ〜!美心はずっとママのものだし〜」
「うわあ、言い方うぜー」
「あははは」
カランコロンと下駄が弾む。音に気を引かれみれば彼女の爪には青のペディキュアが。
「可愛いね。ペディキュア」
「!」
にへらぁっと頬を緩ませ、ぎゅっと腕に抱きつく。やめろや、鼻血出るだろ。心臓破裂すんだろーがよ。くそ、幸せ過ぎて怖え......。
「もうここからでも食べ物の匂いがしますね」
「......ホントだ」
「「たこ焼き食べたい」」
シンクロする二人。顔を見合わせクスクスと笑う。
「......たこ焼き、大好きだもんね」
どこか大人びた顔と雰囲気。
懐かしい感じがする。前世でも二人で......一度だけ祭りに出掛けたことあったっけ。楽しかったな。
でも、その分、帰りは寂しい気持ちで胸がいっぱいになった。遠距離で気軽に会えない私たちはいつも時間と仕事に縛られていて、けれどそれは仕方のないことだと自分に言い聞かせ別れた。
(......しかし、再び......こうして彼女の手を握りしめる事ができた。それだけでもう十分に幸せだ......)
......だから、今度こそ。
(そうだ、今日こそ......佐藤太郎としての自分は捨てよう。美心が見ているのは今の私で......岡部倫なんだから)
――不思議な気分だ。前世を捨てようと覚悟を決めようとする度に......佐藤太郎の最後が脳裏に浮かぶ。
あの雨降りの夕方に、アスファルトに転がって見た景色に。
渇ききった心に。
淀んだ瞳がうつしだした世界は――
でも、あの日の俺は確かに......まだ生きたがっていた。
それまでを悔やみ、やりたいことをしたいと思っていたのは確かにあの日の俺で......だからこそ、岡部倫へと繋がったのだ。
けれど、今日それを終わらせてしまおう。
ああ、俺も生まれ変わらなければならない時が来たんだ。
(......俺が見ているのは、美心であり遙華だ......けど、彼女が見ているのは佐藤太郎ではなく、岡部倫)
夢は間接的にだが叶った。だから、もうそれで十分だ.......佐藤太郎。今までありがとう。
あの世で、ゆっくり休んでくれ。
「――......!」
ふと隣から鼻歌が聴こえた。
美心が歌っている。私とは正反対。上機嫌でにこにこと笑っている。
彼女が幸せなら、もうそれで良い。今更、佐藤太郎の入る場所なんて無いんだ。
じゃあな、佐藤太郎。......今まで、ありがとう。
俺は心のなかでそう言い、瞼を閉じた。
――♫
鼻歌......この曲、なんて言ったっけ。あ
「花人局、か」
「うん、太郎くんの好きな曲だったよね?」
――ドーンと大きな音と共に、青い花が空に咲いた。
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