第48話 君との約束を、また。



「?、ママ?顔色悪くないですか?」


「あ......いや、大丈夫」


にこっと微笑む美心。


「それにあれですよね。前にスレ民にお話きいたらわかったんですけど......ママが呼びかけてくれてたんですね」


「?、なんの話だ......?」


「ほら、あたしのライブ配信がチャンネル登録の数の割に同時視聴者数がめちゃくちゃ多いの......あれ、みんなにいろんなところで宣伝してもらってたんですよね?」


「!、......気がついてたのか」


「観に来ている人のほとんどがチャンネル登録してくれてる人じゃない......でしょ」


「まあ、おそらくは」


「けど、あの大きい数字はライバーのモチベーションに大きく影響を与える......それに呼ばれて来た人もチャンネル登録してくれる可能性がある。そして分母がでかければでかいほどその可能性も高くなる......でしょ?」


「そうだね。スレ民には興味のあるなしに関わらず多くの人を呼んでもらってる......まあ、あそこまで沢山の人が来てくれるとは思わなかったけど。スレ民のおかげの一言に尽きるな」


「うんうん」


「?」


満足気に頷く美心。かわえー。


「ほらね?あたしは......アリスは皆で作ってきたんだよ」


「......!」


「あたしはね、この場所が良いの。この場所が、皆が大好き。だから、ママ......これからも一緒に歩いてほしいな。あたしの隣で、ずっと。いつまでも」


――かつて、俺が望んだ未来。


それが形と姿を変え、叶おうとしている今。


(......いや、でも)


カップの中にある珈琲。黒く黒く、深く広がる闇に、これまでの記憶が蘇る。


死にものぐるいで歩んできた前世、そして今の自分。どちらもいくつもの分岐点があって、その僅かな差で結果が変わった。


勿論、この道が間違えだとは思わないし、それはたどり着いた先でしかわからない。


もしかすると、これは......美心の人生が、遙華の二度目の物語が潰える選択になるかもしれない。


(美心が大切なら、取る選択は......嫌われても良いから、クロノーツライブへ)


......彼女は強い。きっとクロノーツライブへいってもやれるさ。ここで燻っている場合じゃない。


「......美心、あの」


覚悟を決め、顔を上げる。そしてみた美心の表情は――


(......俺は......)


逃げないで、と美心の言葉が蘇る。


......いや、違う。


逃げないで、と言ったのは......


――最後に見た、遙華と同じだった。


......遙華だ。


「なに、ママ」


本心を曝け出すことが、怖い。


それって、あれだよな。


それによって美心がどうなるかわからないから......クロノーツライブなら成功する可能性が高いから。


でも、それって......おかしくないか。


――美心に言われた言葉が過る。


この物語を始めた時、私はなんて言った?


どこを目指して、誰と、その一歩を踏み出した?


「......私は、美心のこと好きだよ」


「!、はい!あたしもママが大好きです!」


「でも......だからだよ」


「え?」


「美心が私といて、この先......もしVTuberで成功とよべるところに達せなかったら、私は私を許せない」


「......うん」


「私はね、自分が嫌いなんだ。大切な約束だって簡単に反故にするし、自分のためなら色んなものを捨ててきた......もしかしたら、それで人生が狂ってしまった人がいるかもしれない......」


ゲドウツクル......遙華は、俺の描く未来を待っていたんだと思う。


蓮華さんが読んだ日記に書かれた想い。どれほどその未来を望んでくれていたのかが、今の俺にはわかる。


目の前に、いる彼女がそれを強く望み辿り着いた......この現実がそれを証明している。


だが、今の俺は俺じゃない。


叶えられなかった想いは、もう叶わない。


だから、こんどこそ間違えられないんだ。


彼女が遙華であれば尚更、もう......幸せになってほしい。


「大丈夫」


「え?」


「ママはね、大丈夫だよ。だってあたしがいるもん」


「......どういうこと」


「これまでの事は知らないしわからないよ。ママがいう人生を狂わせたって人が誰かも知らないし......でも大丈夫」


――知らないしわからない、と言ったところで美心が微かに口元を触った気がした。


「......なにが大丈夫なんだよ」


「あたしが側にいる限り、もう約束は破らせない。あたしは捨てられそうになったら、ママにしがみついてそんな事させないし......もしあたしの人生狂わせちゃったのなら、責任とればいいよ」


「簡単にいってくれるな......」


「簡単だよ。ママは難しく考えすぎ。あと捻くれすぎ......ふふっ。まあ、そこがママらしいけど」


「......」


「あたしはママの事が好きだよ」


「......」


「ママが自分を嫌ってても、あたしはママが好き。誰が嫌いになっても、ママが好き」


「なんで......」


「たとえVTuberが成功しなくても、今のあたしはママとずっと一緒にいたいと思ってるのですよ」


「どこが良いんだよ、こんなのの」


「......眠そうな目」


目?


「その奥にある情熱。スレで冷めた人みたいに思ってたけど、あの日ママにあってそれが間違いだと気が付きました......真っ直ぐに未来をみつめるその目が好きです」


――彼女は、星の光だ。


「......」


「料理している時の優しいお顔も好きです。多分、食べる人のことを考えてるんですよね......その優しい微笑みも好きです。料理の間も、あたしが暇にならないようにちょいちょいお話を振って構ってくれるところも好きです」


――遠くにあるのに確かな、強烈な光を発する。


「......そんなの」


「外を歩いてる時も、あたしより背丈は小さいのに守るように車道側を選んだり荷物を持ってくれたり。あ、あとは好きなお菓子を覚えててくれたり......どんどん増えていくPC周りの機材も、やりやすいようにって配慮してくれた色んなモノにママの愛情を感じます。そういうところ、好きです」


――自分は、ここにいるんだよと私に教えるように。


「......そんなこと言ったって私は私が嫌いである事にかわりない」


「だからですよ!あたしを側においてください!あたしはママが大好きなんです。ずっとずっと支えますよ」


「それはだめだろ。美心には美心の人生がある」


「あたしが好きな人と一緒にいたいと思うことがダメなんですか?」


――私の心を力強く惹く。


「いやそれは......ダメじゃないけど」


「でしょー?......だから、ね」


――美心の顔が赤い。


「あたしと、ずっと......一生、一緒にいてください。あたしはママのこと......岡部倫が好きなんです。側にいて」


――いつの間にか、カップを握る手はほどけ、美心の手と繋がっていた。

絡みつく指。空色が薄く色づく美心のネイル。


「ママはあたしの事、好き......?」


「そりゃあ......まあ、好き」


「なら問題なし。ママが怖いと思っている事はこれで解消されましたね」


「え、解消されたの?」


「たとえVTuberが失敗しても責任とれるじゃないですか」


「......?」


「あたしを貰ってください」


もじもじと目をそらす美心。可愛い。


......あれ、そんな話なんこれ?


美心と私が一緒に?


いや、彼女を養えるくらいは余裕であるけど......美心はそれで良いのか?


って、良いからそんな提案してきてるんだよな。


口をぽかーんと開きどこか遠くを見ている美心。湯気があがりそうな赤い顔にその心情が伺える。


(......愛おしい)


俺はもう佐藤太郎ではなくコショウサトウでもない。前世の約束は守れなかった......だったら、そうだ。


今は眼の前の、彼女と......今度こそは。


「わかった」


「......!」


――思えば、怖いからって、逃げてばかりだった......覚悟を決めろ。


私の大切な人が、私を求めてくれる。


だから――


「私は私が嫌いだ。......けど、私を好きでいてくれる美心がいるなら、私は頑張れそうだ」


「はい!」


「でもまあ、VTuberは必ず成功させるけどね」


「!、ふふーん!言われなくても、勿論そのつもりです!言っときますけど、ぐちぐちネガってたのママだけですからね!」



「ぐぬぬぬ」


「ほら」



――ガタッと身を乗り出した美心。



「?」




――ふっ、と彼女の顔が眼の前に迫る。




「え......」



瞬間、柔らかい感触が私のおでこに触れた。


時が止まったかのような静寂。体の力が抜けてしまいそうなふわふわとした感覚。


刹那のようで永遠にも感じた数秒。


ゆっくりと離れた美心の顔はさっきとは比にならない程赤かった。



「......」



そして、ぼーっとしている私に彼女は目を合わせずこう言った。



「......誓いのキス、です。あとマーキング、的な......?」



「あ、ああ......なるほど」



......なるほど?













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