第27話 リスク


――そして再び静寂が訪れる。えまちゃん以外の我々三人が事態をのみこめず、固まりつづけていた。その様子をみてえまちゃんが携帯を操作し始める。


「えっとねえっとね、んーと......これっ!」


こちらへと向けたそれは薄氷シロネのYooTubeページ。


「この子やってるんだ!わたしっ!」


美心はこくこく、と頷く。


「し、知ってます......けど、まさかこんな形でお会いするだなんて思って無くて」


「ねっ!!わたしもびっくりだよーっ!!」


あ然とする美心に対し、にこにこと笑顔全開のえまちゃん。


「ていうか、イラスト的にアリスのママが倫ちゃんなのは知ってたけど、こんなに仲良しだったんだねえっ」


「......え、まあね。つーか、なんで美心がアリスだってわかったの?やっぱり声?」


私がそう聞くと、彼女は「チッチッチ」と言いつつ人差し指を振る。


「確信したのは声を聞いてからだけど、その前から美心ちゃんがアリスちゃんだってわかってたよっ」


「マジでか。ちなみにどうしてわかったんだ?」


「オーラかなっ」


いや、どこの念能力者だよ。


「ふっふっふ、わたしには分かるのだよっ。ちなみに、これ特技ねっ」


ぶいっ!とピースするえまちゃん。てか、この子そうとう美心の事を気に入ってるんだな。ずっと美心の事見てる。


「ねねねっ、美心さんっ」


「は、はい」


美心が緊張してる!いや、まあ......そりゃそうか。なんせ相手は大手VTuber事務所の人気タレント。彼女が先程こちらに薄氷シロネのページを見せてきた時にちらりと見えたが、チャンネル登録者は100万人を余裕で越える160万人。


そんな大物が急に目の前に現れたらそりゃそうなるか。


(まあ、いずれ美心......アリスならそこまで行くだろうけど)


「美心さんなんでコラボとかしないのっ?雑談とかトークスキル高いのに勿体ないよっ!」


「あ、それは......タイミングがあまり上手く合わないと言うか、それに受けてくれる人もなかなか見つからなくって」


そう、中々難しいところなのだ。ちなみに忌魅子の仔さんも美心はコラボしたいと言ってくれて、彼女に話しをしてみたが、それは事務所次第だという。


「私はやりたいんですけど、すみません......数ヶ月先くらいまでは予定も入っていて、返事には少しかかると。マネージャーには伝えておきます」と、忌魅子の仔さんから申し訳無さそうに返事が着ていた。


(まあ、人気YooTuberだし当然っちゃ当然か......)


――その時


「ならわたしとコラボするっ!?」


えまちゃんが自分を指差しニコッと笑った。


「......は?」


私は聞く。


「いま、なんて?」


「いやいや、聞こえてるでしょ、やだなあ倫ちゃん耳遠くなったっ?」


「いや聞こえてるよ。私が聞いたのはえまちゃんの提案の意図だ。ウチとコラボしてもメリットないだろ」


「え?あるでしょー、3つくらいあるよっ!1つはわたしがアリスちゃんのファンだからでしょー、2つめは......倫ちゃんわかるかなあっ?」


......からかってる、のか?


「んーん、からかってないよっ?」


「おい心読むな」


「あはははっ!倫ちゃん顔に出やすいよねーっ」


え、マジで?顔出てた?


「でもさあ、さっきも言ったでしょっ?わたしはオーラが見えるって」


「変化系っぽいよね」


「誰が気まぐれで嘘つきかっ!」


オイ、とツッコミを入れるえまちゃん。


「オーラがみえるから、なんなんですか?」


美心が先を促した。するとえまちゃんは美心をジッと見据え、こう言った。


「......アリスちゃんはね、これからすっごく伸びるVTuber。まだ未熟だけど、力強く美しい......他の子には無い色のオーラを持っている」


これは人気VTuberの目線からの評価なんだろう。未熟なのは仕方ないけれど、その素質を高くみられている。


「だから、今のうちからコラボとかしといて仲良くしたいなあーってねっ?簡単にいえば恩を売っとく的なっ?」


「ぶっちゃけたな」


「いやいや、そこらへん誤魔化さないでいったほうが信用してもらえるでしょっ」


「まあ、確かに」


しかしこれはかなりのチャンスだ。登録者10万人のVTuberが登録者160万人のVTuberとのコラボだなんて、願ってもそう叶うもんじゃない。


彼女のライブ配信にくる人たちにアリスを知ってもらい、さらに上手く興味を持ってもらえる事ができれば......今まで以上に爆発的に登録者が伸びる。


(そうなれば収益化もかなり早まる......)


収益化条件である登録者数は500人以上。そこはクリアできてる......問題は総再生時間の3000時間もしくはshortの視聴回数300万回のどちらか。


もし今回の件が叶うのであれば、念願の収益化に一気にたどり着けるかもしれない。


(......だが、リスクもある)


蓮華さんが「あの」と口を開く。


「......でも怖くないですか?こう言ってはなんですけど、シロネさんの力の方が大きいですよね......観に来る視聴者さんもシロネさんのファンの方が多い。いわばお姉ちゃんのアウェー......もしそんなところで失敗すれば、致命傷になるのでは」


その通り。しかもそんな大舞台で緊張しないわけがないので、何かしらの失敗をすることは想像に固くない。


それをわかっているからなのか、美心の表情が強張っていた。


「だねえっ、でもそういうものだよっ。ノーリスで得られるリターンなんて無いからねっ。さてさて、どーしよっか、アリスちゃんっ?」


美心は私をみた。不安そうなその表情。けれど、これはアリスである美心が決めなければならない話だ。私は美心に言う。


「美心が決めな。......決められないなら、私が決めてあげるけど」


すると彼女は頷いた。


「わかりました。......では、よろしくお願いします。えまさん」


「おお、即決だねっ」


「お姉ちゃん、大丈夫なの?」


華蓮さんが心配そうに美心へと問いかける。


「うん、頑張る。逃げる選択肢はないよ......だって、あたしが好きな事で生きるって決めたから。だから、このチャンスはモノにする」


そう。こういうチャンスをしっかり掴んでいく。そしてこれが失敗したとしても、それは成長へと繋がるし、多くの人に認知され少なからず登録者も増える......リターンのほうが遥かに大きい。


この誘いを受けない理由は無い。でもそれはアリスが考え、理解した上で引き受ける決断をしなければならない。


美心がアリスとして生きていくと決めたのだから。


「はなし、きまったね?それじゃあマネージャーに話しして調整してもらうから、わたし部屋に戻るねっ」


「よろしくお願いします!」


美心が頭を下げる。


「はーいっ!こちらこそ唐突な話ごめんね、ありがとうっ」


部屋をあとにしようとドアノブを握るえまちゃん。私はその背に声をかける。


「えまちゃん、ありがとう。......でも、コラボの理由、あと1つは?」


彼女は振り向かずに言う。



「昔、わたしも倫ちゃんに助けられたからね。命。だからその恩返し......的なっ?」



ちらりと私を一瞥し微笑むえまちゃん。



「じゃ、またねっ」



バタン、と部屋の扉がしめられた。





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