レンと

@kubiwaneko

第1話 レンと名もなき町

鞭の音が響く。人の肌を穿つ鞭の音だ。

止まれば叩かれ、休めば鞭で打たれ、倒れたものは即座に殺される。

倒れた人間は気力を振り絞って立ち上がっても、どうせ数時間後には倒れて死ぬから、大した働きもできないという理由らしい。


          1


ドサリとまた1人、人が倒れる。

名前も知らない人間だ。毎日のように人が死に、そしてどこから来ているのか毎日死んだ以上の人が追加される。

倒れた人間が少年に手を伸ばす。まだ生きたいと、まだみっともなく生にしがみつきたいと必死に目で訴えていた。

その目を見て、――しかし少年は手を振り払った。

そしてこの少年こそ、この物語の主人公である。

碌に食事すら与えられていないこの環境で、軽く筋肉をつけた体型を保つ、黒髪黒瞳の少年だ。

いつから奴隷なのかは覚えていない。

ただ、物心ついたときから自分たちに鞭を振るう相手がこちらを慮る気が毛ほどもないことは理解していた。

――少年は、この組織の1番上を殺す復讐心のみで付き動く。


          2


日が登り始める頃、労働が終わる。ここからの自由時間は1時間程度だ。

1時間後にはまた労働開始だ。


「……まず脱獄する」


ここは石炭の鉱山だ。周りを鉄製の柵で囲まれた鉱山。

寝床などなく、石炭を手押し車に溢れるほど乗せては炉に放り込む。その繰り返し。


熱耐性が少しだけある長ズボンと半袖の服がワンセットだけ提供され、生涯着れる服はそれのみだ。

――脱獄できるチャンスは、追加の人員がくる時。

そこしかないと、少年は確信していた。

鉄製の柵には1箇所だけ、人を中に入れるための戸が設置してある。


繰り返し繰り返し、炉に石炭を放り込む。


そろそろ昼だ。――追加がくる時である。


そこらへんに転がっている石炭は、少年の体をしっかりと隠してくれる。

監視が分厚い戸を開けたその刹那、少年は走り出していた。


「――っ!?」


監視が驚愕の声をあげる。だが、そんなことで止まるはずがない。


足を動かす。

逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて―――!


「俺は……!」


追ってくる監視は3、4人程度だ。

少年は憎悪に染まった声を、その監視にしかと聞こえるように張り上げる。


「俺は……! 必ずお前らに復讐するからな……!!」


炭で汚れた四肢を躍動させて、監視から逃げる。

今は敵わない。だが、必ずいつか復讐する。

走って、逃げて、その末に少年がついた場所は、鬱蒼と草が生い茂る、森林であった。

――追手の監視の足音はもう聞こえない。

少年は仰向けに倒れて、空を見上げる。

意識がなくなる寸前、焼き付いた景色はやけに光って見えた星空だった。


          3


「――ん?」


森林に誰かが入り込んだ。気配でそれを理解した。

使命を守るために、侵入する人間は全員始末すると決まっている。

そして見に行った先に倒れていた人間を、見つける。


この出会いが運命だったのだ。

この出会いこそが世界を変える分かれ道。


――ここから物語は始まるのである。

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