サイボーグ・ファン

ボウガ

第1話

 ある女性バーチャルタレントがファンとメタバース世界で会話をしている。ファンサービスの1対1イベントである。各々に好きなアバターをきたファンが、次々現れ白い個室でおしゃべりをするだけ……大手事務所のイベント、会はうまく進行され、礼儀のいいファンが続くばかり。それもそのはず、態度の悪いファンや問題のあるファンは、すぐさまタレントが近くのブザーを触り、退場させる事ができるのだ。


 メタバースの発達により、ネットストーカーも問題となっている時代のこと、匂いや軽い刺激ならば、ある程度のハッキングで強制的に感じさせることはできる。ただのいやがらせにしかならないが。そのせいで彼女は嫌な目にあったこともあった。あるネットストーカーに、執拗にこうしたイベントでねらわれ、くさいにおいや、痛みなどを与えられたことがあった。それがトラウマとなったが彼が捕まったので、彼女はこうしたイベントへの参加を再開したのだ。


 ファンとの交流がほとんどおわり、終盤にさしかかったときに、特徴のあるファンが現れた。

「俺は脳の一部をサイボーグ化しているんですが、それによって重要でない記憶を保存、忘却することができるんです」

 それもそうだろうと思った。SNSアイコンで見たことがあったが彼はモノアイのマスクをつけており、頭の上半分が機械化されている。

「それはすごいね」

 少し間があいたので、タレントが自分から声をかける。

「いつも斬新な気持ちでファンをやれるし、アーカイブもみなおせるってことだね」

「ええ、そうですね、それもありますが別の事情もあります」

「というと?」

「忘れる……という事はお互いのためにいいこともあります、つまり、飽きるという事や、興味が薄れるという事はあるじゃないですか、あなた方は“タレント”いわば"ロールプレイ"をしているともいえる、"タレント"としての自分を演じているのでしょう、それに、これはオフレコでお願いしたいのですが、あなた本当は最近、"タレント"としての人格にやる気がないでしょう?」

 ギクリとした。思わずブザーを鳴らしてしまった。その後も何事もなく会は進んだが、少し悪い事をしたかもしれないと思った。イベントの終わりにマネージャーに相談すると

「それは少しまずいファンだから、君の判断は正解だった」

 といってくれたが、彼女が驚いたのは彼の言葉だった。

 

 実はこの女性バーチャルタレント、現実では心身共に男性であり、大の男性嫌いなのであった。しかし、男性人気がすさまじく、引退も視野に入れているのだったが、そのやる気のなさをどこかで考えながらも続けていた。件のストーカーじみたファンに指摘された

「"最近タレントとしてのやる気がない"」

 という事は事実だったのだ。それでも彼の、彼女の”女性性”にすがるものがいるという事なのだろう。やる気がなかろうがあろうが、彼のロールプレイはうまくいっていた。ファンの彼がそれを見破るまでは。


 彼は続けてマネージャーに語る。

「僕は何の才能も能力もなかったのに、あなたが発掘してくれた、バーチャルタレントの才能だけはあったんだ、けれど、僕は声をかえロールプレイをし、嘘をついているし、皆は嘘にすがっている、この空虚さに耐えきれない、そんなにまで、逃げたい何かが人にあるのに、自分にはそれを広げる才能しかなかったのだ、こんな僕をストーカーするなんて、かわいそうだ」

 結局そのファンは、記憶を定期的に忘れるせいか気味の悪いことをその後一切言わなくなったし、記憶を忘れてまで彼―彼女にすがり、そしてタレントの彼もまた、嘘を続けるのだった。やがて空虚が別の何かで満たされるまで。

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サイボーグ・ファン ボウガ @yumieimaru

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