逃げ水
かげゆ
夏の偶然 〜夏休み〜
爽やかで、高身長で、可愛く笑う。
初めて会った彼は、まるでアニメから出てきたような男の子だった。
私が通っている海南高校は私立であるため、途中から入ってくる人はほとんどいない。転入する場合は難しいテストを受けなければいけないらしい。
そのためか、クラス中が彼に興味津々だった。
「初めまして。
口の端を持ち上げて話す様子が可愛かったのか、大きな拍手が湧き起こった。
そして彼は私の隣の席に座った。
目が合って、お互いに軽く会釈をする。
間も無く先生の授業が始まった。
七瀬が家に帰ると、玄関に甘いクッキーの匂いが漂っていた。
きっと母が作っているのだろう。おやつだ、と直感的に思って、即座にキッチンへ向かった。
「おかえりー」
「ただいまー」
いつものやりとりをして、完成したばかりのクッキーを手に取って口に入れる。
大好きな抹茶の味が口の中に広がる。やはり母の作る出来立てのクッキーは世界一だ。
すると母が口を開いた。
「今年の夏休みの初めに1週間家で改装工事があるんだけど、なっちゃん、一人でおばあちゃんち行く?」
「この家にいちゃダメなの?」
「別にいいんだけど、多分ずっとうるさいわよ。なっちゃんも勉強したいでしょ。そしたら、ここよりも涼しくて静かなところの方がいいかなって」
「確かに」
私のおばあちゃんは、ここから新幹線で2時間ほど行った田舎に住んでいる。
海も近く、夏にはお祭りもある。勉強はさておき、たくさん遊べるだろう。
「じゃあおばあちゃんち行くね。ところでいつから?」
「終業式の次の日よ。よろしくね」
そして、終業式の日。
長い長い校長の話が終わり、いよいよ夏休みが始まった。
「七瀬は夏休みどっか行くのー?」
学校でも極めて少ない七瀬の友達、春子が話しかけてきた。
「行くよ、おばあちゃんち」
「いーなー、私なんて塾の夏期講習で夏休み終わるよ。どこにもいけなさそう」
「うわぁ、、、大変、、、」
春子には兄と姉がいて、どちらもすごく頭のいい国立大学に進学している。春子の親も気合が入っているのだろう。
春子を少し気の毒に思いながら家に帰り、荷物の準備を始める。
必要なものは洋服と美容品と勉強道具くらいなので、そこまで荷造りは大変ではなかった。
母と生き方や新幹線のチケットを確認した後、明日のためにいつもよりも早く布団に入った。
朝日が昇るとともに起きて身支度をする。軽めの朝ごはんをとり、見送ってくれる母を背にして駅へ向かう。
新幹線の中で爆睡していたため、おばあちゃんの家まではすぐだった。
「おばあちゃん久しぶり!元気だった?」
「なっちゃんが来てくれたから元気になったよ。なっちゃん、大きくなったねー」
我が家も好きだが、おばあちゃんの家も好きだ。おばあちゃんの家は墨の匂いがする。これはおばあちゃんが趣味で書を書いているからである。
私自身も習い事で書道をやっているため墨の香りがとても好きで、落ち着きたい時はいつも墨の匂いを嗅いでいる。だから筆箱にはいつも墨汁の匂いの消しゴムが入っている。
空いている部屋に荷物を置いた後、一人でおじいちゃんの墓参りに行った。
おじいちゃんは私が小学校に入る前に亡くなってしまった。
当時の記憶がほとんどない上に、数えられるほどしか会っていなかったおじいちゃんを懐かしむことはできない。それでもこの家に来た時には必ずお墓参りをしている。家族曰くおじいちゃんはとても優しい人だったらしい。
そんなこんなで物思いに耽りながら歩いていると、目の前から人が歩いてきた。
最初はそれほど気にしていなかったが、ここら辺では珍しい高校生くらいの若い男の子だった。どんどん近づくにつれて顔がよう見えるようになるが、なんとなくこの前転入してきた子に似ている。
まさかとは思ったが本人だった。目が合って、会釈をする。
目を逸らし、そのまま通り過ぎようと思った瞬間、あちら側から話しかけてきた。
「もしかして宮本さん?」
「うん。水瀬くんだよね?水瀬くんもここにきてたんだね」
「俺は親戚の家に遊びにきたんだけど、宮本は?」
「私はおばあちゃんちに来たの」
「すごい偶然だね」
「うん」
「じゃあまたね」
そう言って彼はすっと手をあげて遠ざかって行った。
墓参りをして家に帰ると、おばあちゃんが薬味がたくさんのった素麺を作って待ってくれていた。
たんとお食べ、と言うおばあちゃんに感謝を伝えてから食べ始める。
「美味しい」
素直な感想が口から出ると、おばあちゃんはにっこりと微笑んだ。
少し間があり、
「実はなっちゃんが帰る前日の夜にね、この近くでお祭りがあって私も少し手伝う事になってるんだけど、なっちゃんも一緒にやらないかい?」
「やりたい!」
「花火もあるんだって」
夏祭りにはおばあちゃんちに来た時しか行ったことがない。そのためインドア派の私にとっては、夏祭りは4年ぶりくらいだ。花火を見るのも久しぶりだ。
久々の祭りに胸がワクワクし始めた。
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