大きなため息と、小さな約束

胡桃ゆず

第1話 英子さんと私

 私は、スマートフォンでメッセージを打ち込んだ。


 御馳走してください。よって、招集。


 少しふざけているのかとも思える文面に、失敗したかと少し思ったが、でも、それが私達らしいし、きっと真意は伝わる。


 私たちの縁は、奇妙なもので、いつからこうなったのだろう。最初は、なんかあったらいつでも吐き出してよ、って、向こうが言っていたのに。相手の愚痴を聞く方が、おそらく回数は多い。それでも、私の方が何かを吐き出すよりも、相手が鬱憤を晴らしているのを聞いている方が、私の愚痴は少なくなる。たとえば、自分の中にある怒りが、誰かが怒っているのを見ると、すっと冷めていくのと同じことかもしれない。そういう方が、私には効果的なのだ。人の愚痴など聞きたくないという人が大半だろうが、誰かが愚痴を言っているのを見るのが、自分の中での不満が沈静化する一番の方法なのだと知った。

 そこをわかっていて、この人は、こうやって私を呼び出すのかもしれない、なんて、時々思わなくもない。


 どっちがどっちだって、本当はいいのだ。お互いに、利があることならば。


 そういうわけで、約束の日、私は、隣町のコンビニの前まで向かった。私たちが会うのは、そこと決まっている。


 メッセージを送った相手は、英子さんといって、どこぞに住んでいる主婦。どこに住んでいるのかはよく知らない。でも、私達が待ち合わせるコンビニからは、そう遠くはないところであると思う。感情の表現が、喜怒哀楽なんでもオーバーで、常に大きな波が押し寄せているようだ。そういうと、情緒が不安定なようにも感じられるかもしれないけれど、そうではなくて、豊か、という方がしっくりくる。本人は、そうは思っていないようだけれど。私は勝手にそう受け取っている。


 だからこそ、私は、英子さんの愚痴を聞くことで、自分の中で淀んでいたものが吸い取られていくような気がするのだ。ほんとうに、おかしい。人が吐き出した淀んだものが、自分の淀んだものを攫って行くなんて。


 英子さんの子供は、この前三歳になった。名前は律ちゃん。呼び出される時は、大概律ちゃんも一緒だ。旦那さんについては、変な癖の話をいろいろ聞かされるばかりで、どんな人なのか、あまり想像がつかない。


 英子さんの何を知っているかというと、数えられるくらいしかなくて、コンビニの前で、栄養ドリンク飲みながら(本当はお酒がいいらしいけど、律ちゃんの面倒を見なきゃいけないから、飲まないのだそう)、愚痴を吐き出すところしか知らない。

 あとそれから……。

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