第11話 ころりと落ちた

 山の中のやわらかな土のうえで転がされたわたしは彼を見上げた。はぁーと深い息を吐く彼は頭を抱えている。

「どうしてここにいるんだ」

「……どうして」

 あれ。

 わたしはじっと彼を見つめた。

「その声」

「な、なんだ」

「あなたなの?」

 わたしはつい聞き返していた。

 二年前、わたしの前から唐突にいなくなった彼だ。

 彼が怯えたように後ろに下がるのに確信した。

 彼だ!

「あなたでしょ? わたしのこと覚えてるわよね? ボビッド族のユーリアンよ」

「……俺のこと覚えてたのか」

「覚えてるわよ! ギィー!」

 こりギィーっていうのはボビッド族の言葉でいうところの、すごーい悪口、ちなみに下品系の、かなり悪い言葉だから普通のときは口にしちゃだめ。

 なんだけど、今だけは無理。

「キィー、ギィー」

「おい、おちつけ」

 思いっきりぽかぽかと彼を殴りながらわたしは彼のことを罵った。

 ぼろぼろと涙が出てきたわ。

「悪いことしていたの、アンタ」

「……俺がなにしてるのかは」

「聞いたわよ。密入物してるんでしょ!」

 わたしは遮るように言い返した。

「とっても悪いことよ」

 どうして、わたしの夫も、ついでに初恋の人も、こんなことをするのよ! わたし、今更だけど男運ない? 男を見る目がないの? あー、もういや!

 わたしは彼のことを睨みつけたわ。

 彼がたじろいだ。

「アンタなんて、アンタなんて」

「待て待て、俺は……やばい、もうきたぞ」

 焦ったように両手をあげておろおろする彼にわたしはなにがきたのよっと声を荒らげよう、彼がわたしの口を手で覆った。

 うぐぅ。

 わたしは彼の腕のなかに隠されるようにしてぎゅうと抱きしめられる。うぐぐぅ~~。

「契約違反がいくつかあるぞ」

 わたしは彼の腕のなかで見た。

 あれって商人ギルドの長じゃない!


 ほのかな明かりを灯して提灯を抱え、二人の屈強な男を従えたギルド長は彼とわたしをまじまじとみる。こっちは明かりなんてもってないから彼がわたしのことを抱えていることはまったくわからない。

「契約違反? なんのことだ」

「二人も捕まったぞ! 市のときに女とへんな犬につかまって、突き出されたのを見てわしがどんな気持ちだったか」

 それって昼間のことじゃないの。

「そりゃ、やつらが間抜けだったんだろう。それに突き出されたんならアンタのところにちゃんと物は届いたただろう」

「大勢がみてるんだぞ! 国に報告する必要があるっ」

 地団駄をギルド長が踏む。

 夜でもはっきりとわかるくらい顔を真っ赤にして、鼻を膨らませているさまはなんだか小さな子供がかんしゃく起こしたみたい。

「二冊も本が手に入らない」

「二冊だろう」

 彼が平然と言い返す。

「それくらいなら俺が持ってきた品で」

「あるのか、そんなものが」

 鋭くギルド長が言い返す。

「今宵、ここに来る前にお前たちがいる宿が奇襲にあったそうだな」

 それ、わたしです。ルーフェンたちなんだけど。

「今、国の役人たちがきてお前の仲間を捕らえておるそうだぞ? 商品はあるのか」

「ある。まだ隠してるやつがな」

「それはどこだ」

 唾を飛ばして興奮しているギルド長に彼は冷静に言い返す。

「言うと思うか? 品を出したとたんに裏切られたら困る」

 ニヒルな言い方。やだもう悪党ってかんじ。

「強がりもそこまでだ」

 ギルド長が冷静に、けれどもったいぶった言い返しをして――片手をあげた。なにと思ったら、彼の手には魔法石! 

 あれって魔法が使えない人でも、魔法が使えるように、あらかじめ魔法の奇跡を閉じ込たものだ。

「火よ!」

 声とともに炎が飛び出してきた。

 あーれー!

 彼が慌てて横に飛んで逃げる。と、さらに二人の従者が弓を放つ。きゃーきゃー!

「暴れるな、ばかっ、ぅ」

 彼が声を荒らげたのに見ると、私にあたりそうな矢を、かばってくれたんだ。

 わたしは自分の無力さをこのときほど感じなかったことはない。

 ばか、ばかばかばか!

 わたしが彼の足を引っ張ってる! どうしたらいいの。どうすればいいの。わたしがいままで無事でなんとかうまくいっていたのはルーフェンやシリウスたちが助けてくれたからだ。

 わたしだけだったらなにもできない。

 ただ丈夫なだけのホビット族なんて!

「大丈夫だ。俺がアンタを守るから」

 わたしの背中をとんとんとたたいて、彼が口にする。

 彼は自分の腰から何かを取り出して――銃だ。

 引き金をひくと、音もなく従者の一人が悲鳴をあげた倒れた。ギルド長が怯むのに彼はわたしを片腕に抱えて走り出した。

 木々のなかに飛び込んで、さらに駆けていく。

 驚くほどの速さと身軽さで彼はそうして逃げ切ったと思ったら、足を止めて、わたしを下ろすと地面に耳をあてた。

「追っ手はない。よし」

 彼がその場に腰かける。

「そのうち、来るだろうな。ありゃ、がめついぞ」

「……大丈夫? 怪我」

「かすり傷だ」

 あのときも、出会ったときも口にした。ひどいけがで、ぼろぼろで動けないくせに。

 ばか。

 わたしはこころのなかで言い返して、彼に近づくと、自分のスカートを破いて彼の傷ついた腕に巻き付けた。

 これで血を止めて、おけば大丈夫。

 毒とかはないわよね。たぶん。

「……俺とくるか」

「え」

「どうしてアンタがここにいるのか知らないが、不満や文句があるんだろう? もともと冒険者したいっていってたもんな」

「覚えてたの、わたしの夢」

 彼にだけ口にした。どこか遠くへと旅にいきたい、と。

「アンタと俺、二人でこの世界を巡るんだ。よくないか?」

 魅力的な言葉だ。

 けど、差し出された手に、わたしは立ち止まる。

 わたしには夫がいる、彼が目の前にいる。

 うん。そうよ。

「わたし、自分の無力さを知ったの。喧嘩とか戦いだと足をひっぱってばかりで、心配ばっかりかけているの」

「それは俺がまもれば」

「自分の身を守れないだったらあなたのことも守れない。誰かの足をひっぱる、けどね、わたしの小ささが役に立ったり、文字を知っていることを褒められたわ」

 わたしは彼のことをまっすぐに見て笑う。

「ちいさなことだけど、わたしは、わたしにできることをしていきたい。あなたが守ってくれるのはうれしいけど、それじゃあだめよ。わたしはわたしにできることをちゃんと見つけて、それを活かして冒険者をしたいの。それにね」

「わたし、夫がいるのよ」

「……好きなのか」

「わかんない。だって、結婚してからずっとほっとかれてるし」

「そんなやつのこと好きになれるのか」

「なるわ! たとえ犯罪者でも、なんでも、好きになりたいの!」

 これがわたしの本音だ。

 わたしは本当にだめなところが多くて、誰からも見つからない、何かしたいけどどうすればいいのかわからなくて心のなかでは暴れまわって、それでも平凡だと思って自分の気持ちを無視してきた。

 そうだ。

 夢みたいだった。

 大好きなラブロマンスの小説みたいに、わたしのことを迎えにきてくれた彼のこと。

 わたしは好きになりたい。

 ううん。好き。ほんのちょぴり。

 このままもっと好きになっていくの。

 冒険者になりたい、広い世界にいきたいのは、何かになれる、何かを成し遂げられる、そんな夢があったから。

 けど、現実は難しくて、そんなわたしのことをお話の主役にしてくれたのが彼なの、ちゃんとはじめるの。わたしと彼のお話を。逃亡者でも、悲劇の打ち首でもいい。わたしは彼とわたしのお話をはじめたいもの。

「……俺もアンタが好きだよ」

「へ」

 いきなりの告白にわたしは真っ赤になる。

「い、いまわたし、夫がいるって言ったばかりじゃ」

「やっぱりわからないもんだな。まぁ隠してた俺も悪いんだけど」

「え、え、え」

 わたしの前で彼がおもむろに脱いだ。

「えーーーーー!」

「いま隠れてるんだぜ、ユーリアン」

 これで叫ばずにいられますか!

 だってわたしの目の前にいるのはわたしの夫よ!


 口をぱくぱくさせるわたしに彼はへにゃりと、骨をもらった犬みたいに笑い、懐から何かを取り出して口にあてるとぴーーーと吹いた。

 なになになに?

「いたぞっ」

 ギルド長がきたわ!

 それもいくつものたいまつと一緒――援軍だわ。かなりの数の兵士と一緒にギルド長がわたしたちを見つけ出し、声を荒らげる。

「殺してしまえっ」

 ひぃ!

「殺されるかよっ、ばーか」

 彼が啖呵を切った。ちょっとぉ!

 ほぼ同時に彼が走り出して、一人に飛び蹴りを食らわせて倒す。あれは痛い!

 けど数だと圧倒的にわたしたち不利なのよって思ったときだ。

「がるぅ」

「シャロンっ!」

 わたしが声をあげた。

 暗闇のなかから出てきたシャロンが彼を襲おうとした兵を倒し、さらに隠れていただろう兵士を投げ捨ててルーフェンが出てきてくれた。

「お嬢ちゃん、無事か」

「シリウス!」

「生きてるか? 怪我は?」

「生きてる! 怪我はないわよ!」

 わたしのことを抱っこして頭からつま先までしげしげとみてくるシリウスにわたしは笑顔を作る。

「アンタがさらわれたから、酒場のやつらは自警団に任せてな。シャロンが匂いを辿って追いかけたんだ。そしたらいきなり走り出したんだが、おー、おっかねー」

 シリウスの視線に気が付いて振り返った。

 ルーフェンとシャロンのつよいこと、つよいこと。殴ってちぎって、蹴って投げての大盤振る舞い。

 けど、それ以上にすごいのはわたしの旦那様。

 投げて、投げて、倒して、倒して、ものすごーく強い!

 うそでしょう?

「ありゃ、異世界の訓練された兵士だな」

「そうなの?」

「戦争で見たがあいつらはべらぼうに強かったが、こうしてみるとバケモンだな」

 シリウスがしみじみと口にする。

 そ、そうなんだ。

 あんなにもいた敵は倒され、ギルド長だけが立っている。

 四方を囲まれてギルド長が焦りの顔をして、懐から何かを取り出した。

「お前ら、全員殺してやる、これでなっ」


 ばーん

 その音がしてわたしたちは動きを止めた。

 ギルド長の手から放たれた何か――見えなかった。

 手元のものはわかる。

 黒い、銃だ。


「銃を持ってるのか。そいつは禁忌だと言われてるもんだぞ」

 彼が呆れた口調で言い返す。

「エロ本だったらまだかわいいもんだと思ったのに。俺以外との取引してたな?」

「これは異世界の文明でも最も強いといわれる武器なんだろう。生き物であればたやすく殺せる。恐ろしければ今すぐに膝をついて私に祈れ」

 わたしははらはらと見つめた。

 ルーフェンも、シャロンも、それが危険だとわかってじりじりと後ろに下がりながらも、いつでも戦える姿勢。

 シリウスはわたしのことを抱えてくれている。

 彼だけが怯まない。

 見えない攻撃なのよ、なにしてるのよ。ばか!

「銃は訓練してないと扱いが難しいもんだ。アンタにそれが使いこなせるとは思わない。投降しろ、悪いようにしない」

「うるさいっ」

 あーあと彼は頭をかきながらふらふらとギルド長に歩いていく。わーん、ばか!

 わたしはシリウスの腕から駆け出した。

「おい、お嬢ちゃん」

 ごめんね、シリウス。

 けど、わたし、彼のこと守りたい。たとえなにもできなくても。


「あんたが引き金を引いた次には俺がアンタを倒す」

「しねぇ」

 追い詰めらたらねずみだって猫に噛みつくのよ!

 わたしはギルド長が引き金をひくのとほぼ同時に、ルーフェンとシャロンが叫ぶ声を無視して彼の前に飛び出した。

「ユーリアン!」

 彼の声がして、ずどんと音にわたしの気合をいれる。ほぼ同時におなかに衝撃が走った。

 転がるわたしを彼が腕のなかにかかえ、わたしの懐から零れ落ちた銃を手にとった。ものすごく素早い動きで彼はそれを構えてギルド長を撃った。

 ギルド長が悲鳴をあげて倒れる。

「ルーフェン、シャロン、そいつを縛り上げろっ」

 湿った地面に転がったわたしはぼんやりとルーフェンとシャロンがギルド長を捕まえるのを見つめた。

「ユーリアン!」

 彼の必死の顔。

「馬鹿野郎、俺をかばわなくていいんだ」

「馬鹿はどっちよ! あなたはわたしのの夫なのよ。あいたたたぁ」

「馬鹿、撃たれたんだぞ。叫んだら死ぬぞ。おい、こら」

「うーんうーん」

「見せろ! 多少なら治癒の心得が」

 シリウスが駆け寄ってくれたのに、彼がわたしを横にしてたとき、ころんと音がした。

 ああ、なんかわたしのおなかから落ちたわ。

 これ、わたしの体のどこの部分だろう? 

 

 そこでわたしは意識を失った。

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