とあるホビットの報告書『わたしが夫の寝言で聞いたハンバーガーを作るまでの珍騒動』
北野かほり
第1話 はじまりは結婚
むかし、冒険者になることが夢だったの。
え、あんな汚くて、大変で、貧乏な仕事のどこがいいのかって? そりゃあ、お風呂はなかなか入れないし、食事や移動も大変、迷宮にはいってもお宝がないと大した稼ぎにならない。あるとしても魔物の討伐やらと危険なものが多い。
けどね、ロマンがあるじゃない?
なんてね、わたしは小さき隣人ホビットだもん。人より小さくて、頑丈で、陽気で、冒険大好き……そのせいで苦労することは知っている。
わたしの生き方は謙虚に、確実に、こつこつと!
だからわざわざ村の役場で受付のお仕事、退屈で地味で人気のない、けど、東の国<シャウワイ>の海に現れた災いの門からきた異人<アーシアン>が提案した制度でお給料はもらってる。
小さなわたしたちの邑は大きな国に守られないとあっという間に滅びちゃうんだし。
こんなわたしを心配したパパがお見合いをすすめるのはわかる。
いい縁談というのもわかる。
その人がわざわざわたしの仕事先の受付まできて――なんと、その人、大きすぎて身をかがめて建物のなかにはいってきて、わたしに赤い薔薇の花束を差し出したの。
「結婚してほしい」
なんて言っちゃうし、周りのみんなはよかったねぇと騒ぎだして、そのままホビットの血の赴くまま宴と結婚式をしちゃうなんて、誰が思ったかしら。
誠実に律儀に、そして地味に、謙虚につつましく、そんなわたし、ユーリアン・ホホルバの東の森のキィルの娘が、どうして人間も、あろうことか、わたしたちの領地を治めるおえらい貴族さまと結婚すると誰が思ったかしら! きっと双ノ月だって思わなかったでしょうよ!
一晩たって、わたしは全部夢だったというオチを期待したの。
けど、目覚めたとき、大きな天蓋つきのふわふわの雲みたいなベッド、横には昨日わたしの職場にきた人間がいるのよ!
そしてわたしと彼は丸裸だった。
昨日の記憶、十五杯目の蜂蜜酒から飛んでいる。ああ、わたしのばかばか、ばか!
お酒は弱いからほどほどにしようと思ったのにいろいろとわからなくてついうっかり飲みすぎちゃった!
太陽がさんさんときらめいて、とってもきれいでさわやかな朝。
けど、わたしはちっとも爽やかじゃない。じゃない。こんなの、こんなの……!
混乱しているわたしの耳に横にいる彼のごそごそと寝言が聞こえてきたの。え、それって
「おーい、サーシャ、今朝の会議って、あ」
「ひゃぇ」
また知らない人間が、ドアを開けてはいってきた。
「アンタは、サーシャの嫁さん?」
「あ、あ、あ」
男の人の後ろからわらわらと転がるように出てくる、出てくる人間の雄、雄、雄……!
「おお、これが」
「あのサーシャの」
「ちっちゃ」
「ボビットだからか」
「耳が長いな」
「毛むくじゃらってきいたけど、つるつるじゃないか」
「あー、お前ら、お前ら、落ち着け、お嬢さん」
ごほんと壁のようにして立つ雄、その後ろにはわらわらとした雄。
あ、あ
もう無理
「いゃあああああああああああああああああああああ」
人生はじめて、てくらい大声を出して泣いたわ。
これがわたしの結婚の思い出。
暗黒歴史。
最悪のはじまり。
ユーリアン・ホホルバの東の森のキィルの娘から、ユーリアン、ザ・フィル・キィル……なんちゃらなんちゃらになった日のことよ。
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