第九一八話 ボコって100!

 闘技場で見つけた地図を頼りに、やって来たのはとある深い洞窟。

 探索を行った結果、その最奥にて私たちは、格闘技に用いられるような四角いリングを発見したのだった。


 十中八九、何かあるのだろう。具体的には、リングに上って戦えとか、そういう感じのイベントである。

 警戒も顕に近づいてみたなら、ふと目の前に出現するメッセージウィンドウ。

 どうやらこのリングに関する説明をしてくれるらしい。私たちは軽く顔を見合わせると、ウィンドウに記された文字を視線で追いかけ始めた。


──────

【ボコって100!】


ようこそ技の試練、第一の課題【ボコって100!】へ。

ここではどなたかお一人に、当課題へと挑戦していただきます。PTの中から一名選出し、リングへ上がって下さい。

見事課題を達成した暁には、報酬が授与されます。

課題の内容につきましては、下記のとおりです。


・挑戦者がリングに上がり、スタンバイが完了しますと、同リング上に対戦相手となるモンスターが出現します。

・挑戦者はこのモンスターに対し、“有効打”を一〇〇発叩き込むことで、当課題はクリアとなります。

・挑戦に際しまして、挑戦者には強制的に、特大の攻撃力バフが掛かります。

・対戦相手となるモンスターは防御力、HP共に低く設定されています。

・『防御の上から攻撃を加えても、対戦相手のHPを削ることは出来ない』という特殊ルールが適用されるため、ガードされた攻撃は有効打とは見なされません。

・対戦相手は防御や回避も行えば、反撃も繰り出してきます。


当課題には、上手く相手をいなし、加減した攻撃を繰り出して、相手の隙にねじ込む技量が求められます。

それを踏まえた上で、適した挑戦者を選択して下さい。

また、もしも挑戦に失敗してしまった場合ですが。再挑戦は可能です。

しかしその際には、ペナルティが発生するためご注意下さい。

ペナルティの内容につきましては、失敗する度に待機しているPTメンバーのもとにモンスターがポップする、強制エンカウントとなります。


近接戦闘技術に長けた方の挑戦を推奨致します。

また、一度課題に挑戦した方は、以降の課題への参加資格を失いますので、その点もご注意下さい。

挑戦するメンバーがお決まりになりましたら、リングの上へどうぞ。ゴングの音が挑戦開始の合図となります。

──────


「課題……! なるほど、普通にお宝が置いてあるわけじゃなくて、課題をクリアしなくちゃ手に入らないってシステムか」

「報酬って、やっぱりお札でしょうか~? 強力な装備とか用意してくれても良さそうなものですけどね~」

「これの他にも課題はありそうですね。それに内容的にも、ここは私の出番って気がします!」


 言いつつ、熱い視線を送ってくるのはアグネムちゃん。ふむと、私は思案した。

 先ず、文面にあったのは『第一の課題』や『以降の課題』という文言。これはつまり、第二以降の課題が存在することを示しているわけで。

 ガチャを回すのに三枚のお札が必要であることから、少なくとも三つは課題が用意されている、と考えるのが順当だろう。

 と同時、ここで『第一の』としているってことは、この課題をクリアした際に次の課題への道標が現れる可能性が高いのではないだろうか。

 そうでなくちゃ、ヒントが途絶えることになるわけだし。第二第三っていうルートを仄めかしているようにも思える。

 って考えると、この課題を無視して、他の課題を探すっていう線は愚策だろうか。


 そうすると今回の課題に、誰が挑むべきなのかというのが迷いどころなのだけど。

 聞いたところによると、ミコバトでの修行明け、威圧感を抑える特訓のメニューには確か、手加減を磨くためのカリキュラムも組み込まれていたとか。

 それを経たのがアグネムちゃんとスイレンさんだ。私は別件で動いていたからね、経験値で二人に劣っているはず。

 であればここは、アグネムちゃんかスイレンさんのどちらかに委ねるべきなのだろう。

 んで、問題の課題内容について。どうやらリング上で近接戦闘を強要されるっぽい。

 ってなると、当人が述べた通りこの課題に相応しいのは、殴り合いの出来るアグネムちゃんってことになる。


「一応、私が出るっていう選択肢もあるけど……」

「とんでもないです! この先もっと難しい課題が出てくるかも知れませんし、ミコト様のお力はその時まで温存しておくべきです!」

「これって演奏でのデバフは有効なんですかね~? 可能なようであれば、私は敵への妨害に努めますよ~」


 そんなこんなで、課題へと挑むメンバーの選定は済み。そうしたなら次は、作戦会議である。

 今回の課題、ネックとなるのは恐らく“武器”の存在だろう。細かなルールまではまだ分からないまでも、武器で攻撃すればその分補正が乗って威力が増すのだから、シンプルに考えるのなら武器に頼ることなく、素手で攻撃を叩き込むのが手堅いはず。

 ただ、この課題を用意した、迷宮主とでも呼ぶべき存在は、きっとそんな小細工が見たいわけではないだろう。

 わざわざ『技の試練中は、装備の変更が出来ない』ってルールも設けられているわけだしね。

 それも踏まえて考えると、素手での攻撃は有効打とは見なされない、なんてルールがこっそり設けられていても不思議ではない。

 尤もその場合、元々素手で戦う人だとか、私みたいな存在の場合はどう扱われるのか、些か疑問ではあるのだけど。


 何れにせよ、武器を用いての戦闘が求められる可能性は、なかなか高いように思える。

 って考えると、アグネムちゃんのように拳で戦うっていうのは、下手に刃物を使うよりも加減がしやすいんじゃないだろうか。


 あと、スイレンさんの演奏によるサポート。もしも有効であれば、用いるべきは当然バフよりもデバフだろう。

 演奏スキル【微睡みの調べ】は、対象の反応速度や思考力を低下させる他、聞かせ続けることで対象の意識を刈り取る効果すら有する強力なデバフスキルだ。

 対戦相手がガードや回避、反撃までしてくるっていうのなら、攻撃をヒットさせやすいようサポートできるこのスキルは正に効果抜群。

 ただ、アグネムちゃんと対戦相手のタイマンで、外部からの干渉は一切受け付けない、なんて仕様だった場合は、私たちには見守ることしか出来ないわけだけれど。

 結局のところ、情報もてんで不足していることから、これといった作戦らしい作戦を立てることは出来なかった。

 三人での話し合いを終え、体力やスタミナ、MPも十分に回復したなら、いよいよリングへと上がっていくアグネムちゃん。

 こうなったら出たとこ勝負である。


「ペナルティのことは気にしなくていいから、目の前の敵に集中してね!」

「アグネムちゃんなら余裕ですよ~! 一発クリア期待してます~」

「こら、余計なプレッシャーかけないの!」

 なんて私たちの声に、苦笑を返しながらも落ち着きを見せ。リングを囲うロープの狭間に身を滑り込ませる直前、あたかもスイッチが切り替わったかのように引き締まった表情をみせる彼女。

「一発クリアを狙います。ですがミコト様、もし私が失敗したらその時は、スイレンさんのことお願いします!」

 言って、リングへと上がるアグネムちゃん。すると、その直後だ。


 突如としてリングをぐるりと覆うように展開された、不可視の壁。魔力の気配からそれを察知した私とスイレンさんは、たっとリングへ駆け寄っては手を伸ばしてみた。

 しかし、リングに触れんとした手は案の定見えざる壁に遮られ、物理障壁にでも当たったかのように、指先がカツンと何かにぶつかったのである。

 アグネムちゃんも気付いたのか、こちらに向けて口を開く……けれど、どうやら音すら遮られているようで、彼女の声は一向に私たちへ届かなかった。

「これはー……良くない方の予想が当たっちゃいましたかね~。これでは演奏デバフが届かないかも知れません~」

 無念がるスイレンさん。私だってそうだ。こうなっては蚊帳の外、ペナルティを請け負うことくらいしか私たちには出来ないのだから。


「確か、ゴングが鳴ったら試合開始だったよね。それってこっちにも聞こえるのかな?」

「どうですかねー。少し様子を見る他ないんじゃないでしょうか~」


 言いつつ、成り行きを眺める私とスイレンさん。説明によればゴング以前に先ず、対戦相手が現れるはずだ。

 一体どんなモンスターが出現するのだろう? HPと防御力は低いらしいから、いざとなれば加減を度外視して攻撃し、身を守るって選択肢も取れるはず。

 だからアグネムちゃんには、危険だと思ったならペナルティのことは気にせず、仕切り直すよう伝えてあるけど。

 出来ればあまり強そうなやつには出て来てほしくないものである。かと言って、あまり弱くてもそれはそれで加減が一層難しくなるって問題も……。


 などと、不安を抱えながらリング上を眺めていると、いよいよ始まったのはポップ現象だった。

 アグネムちゃんの待機しているのとは反対側のロープ際。そこにふわりと集うは、お馴染みの黒い塵。

 それは勿体ぶるでもなく、あっという間に人の形を形成していった。背丈は私よりも一回り大きいくらいか。アグネムちゃんからすると、見上げるような長身だろう。

 体格で言うと厳ついわけではなく、むしろスレンダー。って言うか多分女性のシルエットだ。

 なんて観察している間に、あれよあれよとポップは終わり。既にそこには、一体のモンスターが顕現していたのである。


「! あれは……ゴブリンの一種、ですかねー? しかも女性型ですよー。手足もスラっと長いですしー、あまり見ないタイプです~」

「手にはボクシンググローブ。髪型は丸坊主。なんか、女性プロボクサーって感じだね。これは強敵かも知れないな……」


 緑色の肌に、強烈な顔面……って、いかんいかん。モンスターとは言えども、顔のことでどうこういう資格は私には無いもの。

 それより注目するべきは、引き締まったその肉体だ。無駄な肉の一切無い、芸術的なまでの身体。

 軽くステップを踏み、シャドウを披露してみせる彼女は、動きもキレッキレ。

 これ、加減どころか攻撃を入れること自体難しいんじゃないだろうか……?

 アグネムちゃんの顔も、心做しか強張ってるもの。若干気圧されているようだ。


 しかし、流石はチームミコバトの一員。直ぐに自分の状態に気づき、だらりと脱力。頭につけた仮面をずらして、顔を覆った。

 かと思えば、目の前のボクサーゴブリンにだって負けない迫力を漲らせ、仮面越しに対戦相手を睨みつけたのである。

 これなら問題なく戦えそうだ。けど、焦点となるのは勝負に勝てるのかではなく、課題をクリア出来るのかってこと。


 果たして、アグネムちゃんはこの難題を無事に乗り切れるのか……ゴングの時は、もう間もなく。

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