第五九五話 経験者と事後処理

「ありがとラナク! 助かったよ!」


 なんてモチャコがお礼を告げれば、現れた時と同様に彼女のマジックバッグへとゆっくり沈んでいく巨大な水晶玉。

 その際水晶の中に揺蕩っていた光はスッと消え、同時に巨大な気配も嘘のように消え去ったのが分かった。

 絡繰霊起が解除されたのだろう。


 また、そんな様をポカンと眺めていたイクシスさんの目には、巨大水晶が消え行く様が、さながら虚空に呑まれているように見えるらしく。

 モチャコのマジックバッグはどうやら、イクシスさんには見えていないらしい。

 バカみたいに口が広がるマジックバッグの異様さは、それだけでもなかなかに見ものだっていうのに。惜しいことである。


 他方でゼノワはと言えば、光の精霊であるラナク・ラティエを見てからというもの、何だかずっと放心状態で。

 さながら一生忘れられないようなイベントを体験した直後みたいな、余韻に浸っている状態に見えた。

 暫くはそっとしておいたほうが良さそうだ。私は余韻を大事に出来る、風情の分かる女児だからね。


 そんなこんなでカオスラット戦は一応の決着を見、早速とばかりに鼻息荒く質問をあれこれビシバシと投げつけてくるイクシスさんのナゼナニへ返答し、三〇分ほど掛けてようやっと彼女を落ち着かせたわけである。

 何ならカオスラットとの戦闘時間よりも掛かったんじゃないだろうか。

 イクシスさんへはベイダを訪れた経緯や、カオスラットの特徴、戦闘の経緯などを事細かに説明した。

 妖精や精霊についても知っている彼女なので、今更隠し立てするような話もない。

 質問にも素直に答えたし、何ならモチャコとの間でやり取りをするために、通訳を買って出たくらいだ。


 そうこうして、判明した事実がある。


「へ、イクシスさんカオスラットのこと知ってたの?!」

「特徴を聞いた限り、間違いないだろうな。我々は『マダラネズミ』と呼んでいたが……以前我々の手で倒した、ユニークモンスターだ」


 これには、モチャコもゼノワも、勿論私も大層驚いた。

 先代と言うべきか、或いは復活前のそれと言うべきか。

 以前出現したカオスラットは、何と勇者PTの手で討ち取られたのだと言う。

 聞けば当時は、今回よりも余程酷い惨状を生み出したそうで、語るイクシスさんの表情はとても苦々しいものだった。

 すると不意に。


「そう言えばミコトちゃん、奴に噛まれたり引っ掻かれたりはしてないか?! マダラネズミ……いや、カオスラットはその分体も含めて、強い毒を持っている。掠り傷一つが命取りになりかねないのだが……!」

 なんて、とんでもない情報を寄越してくるイクシスさん。

 幸い今回私は遠距離戦ばかりやっていたし、モチャコも魔法を駆使して戦っていた。

 ゼノワはそもそも触れられることがないため、懸念されたような傷は誰も受けていない。


 そのように伝えると、ホッと大袈裟なほど胸を撫で下ろしてみせるイクシスさん。

 それというのも、

「毒を受けると、全身麻痺に始まり呼吸困難、意識の喪失に、患部から身体が腐りはじめ、最終的には疫病を招く事態にまで陥ることもあるんだ……」

 とのこと。

 だとすると子ラットたちの脅威度っていうのは、私の想像を軽く凌駕する程に、恐るべきものだったってことになる。

 もしもカオスラットに近接戦を仕掛けていたらと思うと、正直無事で済んだかどうか……。


 などと私が仮面の下で顔面を青くしていると、一方でモチャコは別のことが気になったようで。

「だ、だったらベイダの町は大丈夫なの?! もしかして疫病が発生してるんじゃない?!」

「!」

 モチャコに指摘され、忽ち焦燥感が湧いてくる。

 カオスラットが出現して、何日経過したかは分からない。

 けれど、毒を受けて倒れた人というのはきっと少なくないだろう。

 であれば、既に疫病の発生を疑うべき段階にあるのではないか。


 すると、そこへイクシスさんから追加の情報が齎された。

「尤も、毒を受けて倒れた者は、忽ちカオスラットやその分体に喰らい尽くされてしまうからな。疫病が発生する可能性というのは、意外なほどに低い」

 その言葉に、そう言えばと思い出す。


 ベイダの町に点在した、夥しい血の跡。

 さりとてそれに反し、遺体というのは不思議と何処にも見当たらなかった。

 が、その理由も今なら分かる。

 全て喰われたのだ。

 魔法どころか岩まで喰ってみせたカオスラット。

 それを思えば、人の亡骸など骨すら残さず平らげることも容易いだろう。人への敵意があればなおさらだ。


 そういうことなら、確かに疫病の心配こそ不要か。しかしながらその反面、正直気分はズンと沈んでしまう。

 イクシスさんが退治した時と比べたなら、ずっと小さな被害で抑えられたことは間違いないだろう。

 けれど、それでもである。

 既にベイダの惨状を目にした私たちには、疫病の心配は殆どない、なんて情報もさしたる朗報には思えなかったのだ。



「ガウ!」

 と、しんみりした空気を打ち破ったのは、ゼノワだった。

 ベシっと頭を叩かれ、本来の用事を思い出せと諭される。


 すると、私より先に反応したのはモチャコで。

「そうだった! アタシたち、ヨシダちゃんの安否を確かめにベイダの町に行ったんじゃん!」

「あ、そう言えばそうだ。ヨシダちゃんがどうなったかまでは、まだ確かめてないしね。急いで町に戻らないと!」

 すぐに同調し、気持ちを立て直す私。

 こうしては居られないと踵を返して見せれば、モチャコやゼノワの声が届かぬイクシスさんも、先程の事情説明のおかげでおおよそ察しを付けてくれたようで。


「では、私も戻るとするか。今回は肝心な時に間に合わなくて、すまなかったな……次こそは颯爽と駆けつけてみせるから、遠慮せずに呼んでくれ!」


 そのように述べるイクシスさんに、小さく別れの挨拶を告げ。

 そうして彼女をレッカやスイレンさんの元へワープにて送り返した後、私たちは私たちで急ぎベイダの町へと飛ぶのだった。



 ★



 ベイダの町からカオスラットが姿を消して、まだ一時間にも満たず。

 であれば当然、今町の外で警戒している人たちが、町中に踏み込んで調査なり救出活動なりを行うには早く。

 それでも念のため、いつものように透明になってワープした私たち。

 そうして、改めて凄惨な町の様子を眺めたのである。


「…………」


 言葉も出ないとはこのことか。それも、悪い意味で。

 荒らされた景観も然ることながら、やはり気になるのは派手な血痕。

 きっとあそこには、襲われ息絶えた人が居たのだろう。

 それが、欠片も残さず食い尽くされた。想像しただけで吐き気をもよおしそうだった。


「それでミコト、どうするの? ヨシダちゃんの居場所とか分かるの?」

 同じく顔色の悪いモチャコから、早速そのように質問を受け、私はふむと考える。

 そして。

 考えてみたら、ヨシダちゃんを探す手立てがない。

 そんなことに、今更気づいてしまった。


 かと言って、マップを頼りに人間の反応を片っ端から当たってみても、悪くはないが都合は良くない。

 何せこっちは、色々と秘密を抱える身である。

 カオスラットを倒した以上、なるべく早く縛りを掛け直し、怪しまれないような行動を取らなければならないのだ。

 であれば、何か一計を案じる必要があるように思えた。


「ヨシダちゃんの場所は分からない。だから、ちょっと回りくどいことをしようと思う」

「えー」

「あー……それじゃぁ、モチャコとゼノワは別行動で動いてくれていいよ。モチャコもマップウィンドウ使えるよね?」


 そう。

 これだけ一緒に居るのだ、モチャコどころか、妖精師匠たちにへんてこスキルを共有化していないはずもなく。

 さりとてスキルを介して尚、子供以外にはやはり、師匠たちの存在は認識できないようだった。

 念話や通話で会話を試みても、私以外では哀しいほどに双方無音になるらしい。マップ上に反応を捉えることも出来ないとかで。


 しかし裏を返せば。

「モチャコなら、マップで子供の存在を見つけることが出来るはずだよね。ゼノワと一緒に助けてあげてよ」

「! なるほどね、りょーかい!」

「ガウガウ!」

 モチャコのマップには、大人の反応が映らない。

 思えば子供の反応を探るのに、最初からこれを利用していればよかったのかも知れないが、そこに考えが及ばないくらいにはテンパっていたらしい。私も、モチャコも。

 というか、普段からあまりおもちゃ屋さんを離れないモチャコである。この旅の間も、私の縛りに付き合ってヘンテコスキルの使用を控えてくれていたしね。とっさにマップを見る、という習慣が根付いていないのだろう。

 けれど使えると気づいたのであれば、これほど役立つスキルもない。まぁ、大人を見つけられないというのは不便だけれど。

 その点は、念話で連携しつつマーカーを付けるなどして対処するとしよう。コミコトも動かせるし、瓦礫の下敷きになってる人なんかはそれで対処すれば何とかなるはず。


 斯くして、私はモチャコたちを残し、一旦町の外へと転移したのだった。

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