第三六三話 これからの私

 厄災戦の集まりから一週間と経たずして、再びイクシス邸会議室に集まった面々。

 至って真面目な空気の中、早速意見や議論が頻りに飛び交っており、その内容もなかなかに興味深いものばかりであった。

 まぁそれというのも、議題が私に関することなのだから当たり前ではあるのだが。

 話し合いの形式としては、私の唱えた『コンティニュー説』に関わると思しき情報を皆で言い合い、目ぼしい話題が上がるなり、それに関して意見を交換していくというスタイルが用いられた。

 因みに今話題に上がっているのは、以前仮面の化け物を倒した際、大量にアルバムに追加された記録に関するものである。

 コンティニュー説に則って考えるのであれば、これはソフィアさんやレッカたちとPTを組んで冒険した周回時の記録ってことになる。

 だとするなら、この記録の中に何かしらの有力なヒントや、説を裏付けるような証拠等が含まれている可能性は決して低くなく、皆は今、それを求めて貪るように共有化しているアルバムをチェックしつつ、何かを発見しては意見を言い合う、ということを繰り返している最中であった。


 中でも皆の関心を引いたのは、レッカの年齢に関する話題であった。

 今のレッカと記録の中のレッカ。それらをよく見比べてみると、どうにも歳の頃が同じくらいに見えるのだ。

 それは誰もが認めるところであり、レッカ当人ですら確かにそのとおりだと頷きを見せる程だった。

 このことから、もしかすると私はコンティニューを行う毎に時間すら遡っている可能性が出てきたのである。

 そうでなければ、記録の中のレッカはきっともっと若くて然るべきだろうから。若いと言うより、幼いと言うべきか。

 仮にレッカたちと冒険していた私が何らかの理由で死亡し、その後直ぐにコンティニューを用いて同時間軸上に復活したとするなら、そもレッカとソフィアさん、それに青髪の吟遊詩人さんの間で全く面識が無い、無かったというのは辻褄が合わないのだ。

 彼女らに面識がない理由をでっち上げるとするなら、それはやはり私が『同じ時間をやり直している』と考えるのが自然なように思われた。


 また、どうやらレッカたちと旅をした記録というのは、今もちらほら追加され続けていることが分かった。

 これまたゲームっぽい例え方をするのなら『プレイ時間』が、記録開示の条件に設定されているようなもの、とでも言えばいいのか。

『今の私』が一年間この世界で生きたとしたら、開示される記録もまた一年分であると。

 だからレッカたちと旅をしたのであろういつかの周回も、今はほんの一部しか覗き見ることが出来ず、その周の死因などに関する重大な情報は今の段階では得ることが出来なかったのである。


 他にも、記録から私が今回とは異なる場所よりスタートしたことや、私が赴いたことのない場所を旅していることも分かっている。

 やはり、今とはまるで違うルートをたどって生きたらしい。

 それで言うと、よくアルカルドのギルドに勤めていたソフィアさんと出会う機会があったものだと、みんなして驚いたわけだが。当の彼女曰く、恐らく出張か転勤でもあったのだろうとのこと。そこでたまたま私のスキルを目の当たりにしたのなら、確かに仕事をほっぽってでも付いて来かねない。さすがスキル大好きソフィアさんとでも言うべき珍プレーである。

 因みに、そんな愉快な当時の記憶というのは残念ながら、今の私には全く無く。思い出はアルバムの中にしか残っていないようだった。

 しかしそう言えばと思い出したこともある。


「仮面の化け物と対峙した時、そう言えば……なんて言うか、言い知れない感情の波、みたいなものが押し寄せてくるような、凄い衝撃があったね」

「! そうでした。私も体験しましたが、もしかするとあれは『消えてしまったはずの記憶』に近づいた影響……だったのでしょうか?」

「なるほど、一応辻褄は合っているか……」


 あの時感じた気持ちは何だっただろう。

 酷く懐かしいような、嬉しいような、悲しいような、切ないような、寂しいような。

 正に筆舌に尽くしがたいと評するべき、ぐちゃぐちゃの感情。それが、どこからともなく湧いて出て、頭とも心ともつかない私の内側を埋め尽くしていったんだ。

 その正体がもし、いつかの周回を過ごした私の想いだったとしたら……私は一体、どれだけのことを忘れ、手放しながらここに至っているんだろう。

 勿論まだ、確定した話ではないのだけれど、それでもつい感傷的になってしまう。

 私はまさか本当に、ずっとそんな旅を繰り返しているっていうのだろうか……?

 だとしたらそれは、一体何のために……。


「仮面の化け物と言えば、確か消える寸前に何か言葉を残したのですよね?」


 考え込む私を他所に話は進み。不意にココロちゃんから発せられた言葉がそれだった。

 皆の視線が再びこちらに向いていることに気づき、私は慌てて過去の出来事に思いを馳せる。該当する記憶を漁って、急ぎ引っ張り出す。


「そうだった。えっと確か……『ダレニ……アエタノ……』って言ってた気がする」

 と、どうにか情報を思い起こして吐き出してみれば、これまた皆が目を丸くしたのだ。

 理由は勿論、その言葉がコンティニュー説に上手く噛み合ってしまうからに他ならず。


「それって……『誰に会えたの』ってことよね?」

「化け物の出現条件は、コンティニュー説に当てはめて考えると、『過去の周回でPTを組んでた相手にキャラクター操作のスキルを掛けること』だろうね」

「そのことを、以前のミコト様はご存知だった……? 或いは何らかの方法で突き止めたのかも」

「だからこそ、今回は過去の仲間の内、誰に会えたのだろうかと。そんな思いから溢れた言葉だった……?」


 皆の考察に、いよいよぞわりと鳥肌が立った。

 それらの話が、あまりに的を射ているように思えて、急に怖くなってきたのだ。


 まさか本当に、私はこの世界をぐるぐると回り続けているっていうのだろうか?

 同じ世界、同じ時間の中で、生きては死んで、死んではコンティニューして。

 確証と言うには弱い。それは確かだろう。

 けれど、もはやこの場の誰もが半ば以上に確信を懐いている。

 きっと私は、何度も生死を繰り返しているのだろうと。そして、過去の思い出をその都度失くし、得た力も何もかもを置き去りに……。


「いや……でも、待って。それだとコンティニューって言うより、『リセット』に近い気がするんだけど」

「? どういう意味だミコトちゃん?」


 ふと脳裏に過ぎった疑問を、そのまま口に出してみると。すかさずイクシスさんが食いつきを示した。

 私は少しだけ自身で述べた言葉の意味を頭で整理し、改めて語る。


「そもそも、『コンティニュー』っていうのは『続ける、持続する、継続する』っていうような意味の言葉なんだ。ゲームに於いては『プレイの継続』ってニュアンスで用いられるから、敗北からの再挑戦や、復活っていうような認識でも合ってるとは思うんだけど」

「ふむ……対して『リセット』は『最初からやり直す』か。そう言えばミコトちゃんは、こことは異なる世界で命を落として、気がついたらアルカルドの街角に佇んでいたのだったよな? アイテムやお金、装備も持たず、スキルの類もほぼ無く、この世界に関する記憶も知識もなく」

「そう。正にゼロからのスタートって感じだった」

「確かに、それだと『リセット』かも知れませんね……」

「だけどリセットだって言うんなら、私たちの写真が現れたのはおかしくない?」

「! つまり、引き継いでいる要素もある、ということですか」

「あらあら、確かミコトちゃんは化け物を倒すと謎のパワーアップを果たす、だったかしら。もしかするとそれが……?」


 そうだ……そう言えば、そんなゲームもあった。

 死んだ場所には、プレイヤーが生前所持していた力が残り、その場所を訪れることで回収できるっていう……。

 それで言うとこの世界の場合、化け物を倒さないと回収は不可能っていうシステムなわけか。

 ……だとすると、ますますコンティニュー説を濃厚にするような話じゃないか。


 何一つ確証があるわけでもないのに、さながら点と点が線で繋がって行くかのように、コンティニュー説の全容が明かされていく。

 しかし、そうして詳らかになればなるだけ、私は震えの出るような寒気に襲われた。

 私は……一体何に巻き込まれているっていうんだろう?

 生前、幼女を庇って車に撥ねられ、ぽっくり死んだだけの私が。何がどうしてこんな状況に置かれているっていうのか。

 もしかしてここは地獄か何かなんだろうか? 或いは天国だとでも?

 なんにせよ、現実であると疑わなかったこの世界が、私の目には今どんどんと、おかしな夢か何かのように思えてきてしまい、酷く心細い気持ちに見舞われていた。


「ミコト、大丈夫?」

「……ちょっと、怖い」


 私がその様に弱音を吐けば、隣に座るオルカが私の肩を抱き寄せてくれた。

「私も、みんなもついてる。だから大丈夫だよ」

 そう言ってくれる彼女の言葉がやけに頼もしく感じられて、まるでどこか知らない場所で一人きり、迷子にでもなったような心細さを覚えていた私には、妙に沁みたのである。


 他の面々も私の様子に気づいたらしく、気づけば飛び交っていた声も止み、皆が気遣わしげな視線を向けてきていた。

 特にココロちゃんなんかは顔を青くしている。余程心配をかけてしまっているらしい。

 私は一つ深く息をついて、もやもやした不安な気持ちを何とか落ち着けると、件のゲームについて語っておくことにした。


「実は、ダー◯ソウ◯っていうゲームがあるんだけど──」


 前回命を落とした場所を再度訪れ、残留する力を回収することでそれを継承できるというシステム。

 それを皆に説明したところ、案の定確信を得たと言わんばかりの表情を誰もが見せた。

 ここまで状況証拠が出揃えば、もう疑うことこそが白々しいというものだ。

 だが、皆は私のことを案じてか、その先をなかなか口にしようとしない。

 当の私だって、正直不安でいっぱいだ。混乱を覚えもする。


 ……だけれど。

 いや、だからこそ私がそれを認め、自身の口で断じねばならない。

 そうでなくちゃ、皆に心配をかけてしまうから。

 私にとってここは、間違いなく死後の世界ではあるのだけれど。

 しかし私はここで生き、力を貸してくれる仲間たちにだって出会えた。

 この世界がどんなものにせよ、そのことだけはきっと間違いない事実だと思うから。そう信じたいから。

 だから私は、不安だろうと恐かろうと、それを受け入れなくちゃいけないんだ。


 浅くなりかけた呼吸を、努めて深く吸い、吐き。

 そして静かに口を開く。喉が声を紡ぐ。


「化け物の正体は……きっと、私の死体だよ。だから今回の化け物は多分、リリたちと冒険をした周回で、当時私が持っていた力や、一緒に紡いだ『リリたちとの思い出』を抱え込んでるんだと思う」


 そのように、私は皆が想像しているであろう可能性を、自らの声で言葉にした。

 仮面の化け物を倒し吸収したことで、私のアルバムにはたくさんの『知らない記録』が追加された。

 きっとそれは、いつかの私から引き継いだものなのだろう。そう思うと、妙に納得できる気がした。

 ゆえにこそ、思うんだ。


「……だから。私は、それを消したくない。ちゃんと引き継ぎたい」

「ミコト……」

「私がなんなのかっていう謎の手がかりも大事だけど、それ以上に。私は、私が積み重ねたものを無駄にしたくないんだ。だってきっとそれは、こんな訳の分からない状況に置かれた私が、確かにそこに在って、歩みを重ねた証なんだから」


 私は徐に立ち上がり、そして皆へ向き直ると……静かに仮面を外した。

 仮面越しではなく、直に皆の顔を見回し、決意を表明する。

 それは即ち、これからの私を定める言葉だ。

 ただ危なげなく、平穏に過ごせればそれでいいと。そう思いのんびりやってきたこれまでの私を、もしかしたらとんでもなく危険な状況に追いやってしまうかも知れない、リスキーな宣言でもある。

 それでも、気づいてしまったのだから仕方ない。


「私は、化け物を倒すよ。この先もかつての仲間を探して、化け物を見つけて、いつかの『落とし物』を拾い集める。それがこれからの、私の冒険者としての目標だ」


 ずっと、ただ生きていくためだけに続けていた冒険者活動。

 それがいつしか、仲間と過ごす時間が楽しくて、幸せで。やり甲斐みたいなものも感じるようになって。

 だけど段々、自分の力を持て余してきた最近。伴う責任に押し潰されそうになったりもして。

 ただなんとなくで、この先もこのへんてこスキルを使い続けて良いものかって、そう悩みもした。


 まだ、確証はないコンティニュー説。それに化け物の正体だって、ひょっとしたら私たちが想像したそれとは、全く異なるものって可能性もあるけれど。

 だとしても。

 証拠はなくとも、きっと間違ってはいないって。そう思うから。

 実際仮面の化け物を取り込んだ私自身がそう感じているんだから、きっと見当外れなんてことはない。

 ならばこそ、持て余した力を振るうだけの価値があると。そう思えるんだ。


 私は、私の全力をもって、化け物を倒して回る。

 そして落っことしてきた力と想いを、出来るだけ集めて回ろうと思う。

 それがこれから先の、私の目標。活動指針ってやつだ。


 改めて、私の頼れるPTメンバーたちへ向き直り、姿勢を正した。

 そして少しばかり緊張しながら、問う。


「きっと危険なことに巻き込んじゃうと思うんだけど……この先も私のこと、手伝ってくれる?」


 私がおっかなびっくり、もじもじとその様に問えば、鏡花水月の四人は軽く目配せし合い、仲良く声を揃えてこう言うのだ。


「「「「その顔で言うのはずるい(です)!!」」」」


 この顔で良かったと。それはこの世界に来て、多分初めて心からそう思った瞬間だった。

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