第三六二話 新たな仮説

 イクシス邸大浴場。

 すっかり馴染み深く感じるようになったそこで、今日も皆と湯に浸かり、ぼんやり一日の疲れを癒やしていた時のこと。

 不意に仲間たちから、最近様子がおかしいと心配されてしまった私は、彼女らの説得に応じ最近考えている、とある可能性について語ることにした。


 それを説明するに当たり、先ずは前置きとして『この世界の仕組みがゲームのそれとよく似ている』って話を出したところ、思いがけずオルカから鋭い問い返しが差し込まれたのである。


「つまりミコトは……この世界がゲームの中なんじゃないか、って考えてるの?」


 シンプルでいて、とても難しい問だと思った。

 私はすぐに返答を返すことが出来ず、言葉を詰まらせてしまう。

 けれど逡巡し、一先ず素直な考えで応えようと、徐に口を開いたのだ。


「それは……分からないよ。この世界が何であれ、私はここで生きてて、この世界のルールに従って過ごしてるっていう、結局はそれだけのことだからね」

「ふむ……哲学だな」

「だけどもしこの世界が本当にゲームなら……或いは私の【プレイヤー】っていうジョブが、この世界で私に如何にもそれらしい能力を与えているのだとしたら……」


 私は、次の言葉を一度飲み込み、改めて皆の顔を見回した。

 四人とも、難しい表情をしている。私の言わんとしていることを聞き逃すまいと、そしてどうにか理解しようとしてくれている。そんな顔だった。

 そんな彼女らへ向けて言葉の続きを紡ぐ前に、私は一度気になっていたことを質問してみることにする。


「ところでさ。人は死んだらどうなるのか、みんな知ってる?」

「?? 急に何の話?」

「まぁ、ちょっとした確認というか、意識のすり合わせみたいなものかな」

「そうだな……屍は大地に、魂は天に還る。というのが通説だろうか」

「諸説ありますね。確かにクラウ様の仰った説がこの国では一般的ではありますが、魂の行き先に関しては様々な意見や考え方があります。ココロは過去にいろんな教会を転々としていましたから、それらの違いや矛盾によく頭を悩まされたものです」

「ハイエルフには、優れた魂は精霊へと昇華する、という話も伝わっていますよ」


 という、思いがけず興味深い話が返ってきたけれど、どうやらこの世界でも死に関する考え方というのは、前世の世界と然程違いはないようだ。

 すると、話の流れがいまいち読めず、いよいよ訝しむように首を傾げ始めた面々。

 彼女らの話に関心を示す私に対し、ソフィアさんが痺れを切らしたように問い返してきた。


「それで、そのお話とゲームのお話がどう関係するのですか?」

「うん。それなんだけど……ゲームの中で死んじゃったらどうなるか、っていうのは話したことあったっけ?」

「! ココロ知ってます。『げーむおーばー』っていうんでしたよね!」

「ゲームオーバー……」

「確か、格ゲーっていうのだとクリアしてもゲームオーバーになるって前に聞いたことがある」

「よ、よくそんなことまで覚えてたね」


 私は身内に対して、結構前世云々という話は語って聞かせていたりする。特に鏡花水月のメンバーである彼女らは、休憩時間の娯楽がてら前世の話をあれこれ質問してくるのだ。

 そこでよく語るのが、私の大好きなゲームについての話。

 私が思っていた以上に、彼女たちはその時に述べたことをよく記憶してくれていたようで、ゲームオーバーが如何なるものかについても思いがけず把握しているようだった。

 ならば話は早い。


 ゲームオーバーとはとどのつまり、『おしまい』ってことだ。

 死んでも、クリアしても、その先がないのならそれは『おしまい』であり、ゲームオーバーとなる。

 まぁ中には別の表現が用いられることもあるのだけれどね。むしろゲームオーバーだなんて直接的な表現が用いられるのは、レトロゲームの類に多かったっけ。私が生きた時代のゲームだと、捻った言い方が殆どだった。

 とは言え、言葉を変えてみたところで意味自体はさして変わらない。

 敗北すれば、そこでゲームは終わるのだ。


「そう。ゲームオーバーは、そこでゲームが終わってしまうことを意味する言葉なのだけれど。なら、ゲームオーバーになってしまったその後については、話したことがあったかな?」

「……確か、タイトル画面に戻る……?」

「む? いや、待て。この世界がそのゲームに似ているというのなら、『タイトル画面』というのは一体何なのだ?」

「死後の世界……或いは生まれる直前に通る場所……でしょうか?」

「なるほど……興味深い観点ですね……」


 彼女らが正に疑問を抱いたとおり、私もまたそれを不思議に思った。

 もしもこの世界がゲームだというのなら、死んだその先には何があるのか。タイトル画面が待っているのだろうか? はたまた、私にも正しい意味での『死』が待っているのか。


「ミコトは、それをこの数日ずっと考えていたの?」

「確かに不思議な話ではありますが、ミコトさんがぼーっとするほど考え込むようなことでしょうか……?」

「そう言えば、ゲームオーバー時にはもう一つ選択肢があったのではなかったか?」

「あ、はいはい、ココロ知ってます! 『こんてぃにゅー』っていうやつです!」

「そう。正にそれだよココロちゃん……!!」

「え?」


 何時になく大きな声を出してしまった私に、面食らったようにキョトンとするココロちゃん。

 他の面々も、若干の戸惑いを見せるが、直ぐに逡巡を始めた。

 即ち、コンティニューの意味と、それを私が正にと叫んだその理由について、皆はよく考えを巡らせ、そうしてやがて思い至り始めたのである。


「コンティニュー……再挑戦、みたいな意味だったはず……!」

「再挑戦……? 死んだ後に、再挑戦、だと……?!」

「まさか、【プレイヤー】であるミコトさんには、そんなことが……??」

「ま、待ってください、だとするともしかして……例の化け物や、不思議な写真ってそれと関係していたりしますか……?」

「「「!!」」」


 今度こそ、ココロちゃんの一言に皆が大きく動揺を示した。

 そしてそれは正に、私が先日から考えていた仮説そのものだったのである。


「ま、まさか……ということはなんだ、つまり写真の正体というのは……」

「コンティニューする前の、ミコト……?」

「なら例の化け物は、コンティニュー前の残滓、或いは遺体……ですか?!」

「つまりミコト様は、生を何度もやり直して……」


 皆で温かいお湯に使っていると言うのに、まるで冷水でも浴びせられたように顔を青くする彼女たち。

 その表情たるや、オカルト番組を鵜呑みにしちゃった人のそれを彷彿とさせた。

 だから私は、顔に苦笑を浮かべて彼女らを茶化す。


「ほら、そういう顔をする。だから言わなかったんだよ、確かに如何にもそれっぽい仮説ではあるけれど、何も確証のある話じゃないんだからさ。話半分に捉えておいて貰えればそれで十分だよ」

「だ、だけどミコト、言ってはなんだけどこれ、世界線云々っていう話より余程信憑性がある気がする……」

「そ、そうですよミコト様! それにミコト様ご自身も、この説に悩んでおいでだったのでしょう?!」

「この世界に繰り返し挑み続けている、か。確かに本当だとしたら、何とも言えない話だな……」

「そのコンティニューというのは、ミコトさんだけの特権なのでしょうか? それともまさか、死すれば誰しもに与えられる権利だったりするのでしょうか……」

「そもそも、コンティニューっていうもの自体が眉唾だからね。あまり真剣に捉えすぎないでほしいんだけど……」


 私がその様に皆の意識を散らそうと試みても、どうやら余程衝撃的だったらしく。

 結局のぼせるまで深刻な顔でその話題について意見を交わし合った彼女たち。

 私はやはり、言うべきではなかったかと些かの後悔を覚えながらも、同時に一人でぐるぐると考え続ける状態に進展があったことも事実であり、実際心は軽くなった気がした。

 何にせよ、この話題は考察の価値有りとして、お風呂から上がった後も引き続き意見交換は続いたのだった。

 するといつの間にかこの話題は、イクシスさんやサラステラさんにレラおばあちゃん、ばかりか通話を介して蒼穹の地平の面々にチーナさん、レッカ、オレ姉にまで波及し、皆を騒然とさせたのである。



 ★



 コンティニュー説を仲間たちに告げてから、二日後。

 時刻は午後九時。普段であれば、既にお風呂も夕飯も終え、各々自由時間を満喫しようという時間帯だ。

 気温はまた一段と冷え込み、空は曇天。外はいつ雪がちらついてもおかしくない氷点下のさなか、私たちはイクシス邸の会議室にて、既に各々適当な席についており。妙に張り詰めた空気の漂う中、会議の始まりを待っているところだった。

 暖房が効いていて、部屋の中はポカポカである。ともすればうたた寝の一つもしたくなりそうな環境下にあって、しかし席に座る皆の顔は神妙で。

 しかも集まっているメンバーというのが、コンティニュー説を聞かされたフルメンバーだというのだから驚きである。

 まぁ、PTストレージを駆使すれば簡単に集まれるのだし、実は言うほど大袈裟なことでも無いっちゃ無いのだけど。

 しかしよもや、こんな都市伝説みたいな話を皆がここまで真剣に受け止めてくれるとは、ちょっと予想外だった。

 それというのも、以前の分岐世界説は結局眉唾ものとして誰もが捉えていたため、今回もきっとその程度の反応だろうと思っていたのだけれど。


 しかし、私がその様に困惑してみせたところ、オルカが真剣な顔で言うのだ。

「ミコトが死亡を繰り返してる可能性が出てきたんだから、呑気でいられるわけがない!」と。

 言われて、確かにそのとおりだと気付かされた。

 分岐世界説との一番の違いは、そこなのだ。

 もしもコンティニュー説が正しかったとするなら、私は化け物の数だけこの世界で死を経て、再挑戦を繰り返していることになる。

 そも、何に挑戦しているのかすら分からぬままに、私はこの世界に何度も現れては生と死を繰り返してるってことだ。

 皆はその可能性を深刻に捉え、そしてこんな意見交換の場までわざわざ設けてくれたのである。

 私は改めて会議室の中を見回し、いい人たちだなと。沁沁そう思った。


 すると前回同様マジックボードの前に立ったイクシスさんが、話し合いの準備が整ったのを認め、徐に口を開く。

 集まった皆は静かにそれへ耳目を傾けた。


「えー、先ずは前回の話し合いから、然程日を置かずしての再招集に応じてくれたことに感謝する。オレネ殿も、わざわざありがとう」

「聞けばミコトの一大事だそうじゃないか。除け者にされちゃ、それこそたまったもんじゃないさ」

「いやいや、まだそうと決まったわけじゃないけどね」

「だからこそ、今宵この場でその『コンティニュー説』について皆で考察しようと言うんだ。これまで判明している情報を共有する意味合いもある」


 イクシスさんは改めて皆へ向き直ると、真剣な眼差しで続けた。


「事は、ミコトちゃんという珍妙な生物の謎を解き明かす、重大な糸口に成り得るかも知れない案件だ。皆の積極的な情報提供及び、発言に期待する!」

「誰が珍妙な生物だって?!」

「それでは早速、話し合いを始めよう」

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