第一七九話 試合開始
ぼんやりとした頭。寝ぼけ眼を指の甲でこすりながら、私は何とはなしに部屋の中を見回した。
見慣れた部屋だけれど、いつもとは違う部屋。
そう、私が目覚めたのは久々に泊まる宿の自室でのことだった。
そして隣のベッドを見れば、オルカが寝息を立てている。
それを見るなり、つい口元がほころんでしまう。ああ、帰ってきたのだなと。
昨日はあの後、イクシスさんの開いてくれた祝勝会で大いに騒いだ。
とは言え別に、大人数を招いてのパーティーが催されたというわけではない。
私がちょっと、他人に広く知られては拙いようなスキルを持っていることもあって、宴は知り合いを少し招いただけの、しかしお店を貸し切って催された、ささやかなのか豪華なのかよく分からないものとなった。
招かれたのはオレ姉やハイレさん、そしてソフィアさんくらいのもので、メンツとしては最小限である。
宴に於いては、私が撮影した戦闘映像を披露したり、それを見てイクシスさんが涙したり、戦利品を自慢したり。
あと、オレ姉とハイレさんの関係が姉妹弟子だったことが明らかになったり、苦労話が語られたりなどでささやかなれど盛り上がる会となったのである。
そうしてその余韻を残したまま、私たちは宿に戻り各々床についたわけだ。
「そう言えば宴会なんていうのも、久々にやったな……」
しみじみとつぶやきながら、私はモソモソとベッドを抜け出すと顔を洗いに部屋を出た。
洗面所で魔道具から水を出し、顔を洗ってからふと思う。
そう言えば昨日おもちゃ屋さんに戻らなかったけど、もしかしてモチャコたち心配しているかなと。
だんだん頭が回るようになってくると、なんだか心配になってきた。
ダンジョンボス戦を見届けると言って出てきたっきり、決戦前夜はオルカたちと一緒にダンジョンに泊まり、昨日はそのままボス戦後三人と一緒に過ごしたから、もしかしてダンジョンで何か不測の事態が起きたのではと勘ぐられていてもおかしくはない。
これは、ちょっと顔を見せに行ったほうが良さそうだ。
心配事を胸中に秘めながら部屋へ戻る。すると、えらく眠そうなオルカが上体を起こしてふわふわしているところだった。
私を見るなり、寝起きの声で尋ねてくる。
「ミコト、どこいってたの……?」
「ちょっと顔を洗いにね」
自分のベッドに腰掛けた私を視線で追うオルカ。
寝起きでぼーっとしている人の気持っていうのは、なんとも夢うつつ気味で独特だ。心眼が読み解くそれは、如何にも支離滅裂だった。
要するにまだ半分寝ているような状態である。
「オルカ、まだ朝も早いから寝てて良いんだよ。どのみち休養日なんだし」
「むぅ……ミコトは?」
「私はちょっと、おもちゃ屋さんの方に行ってくるよ。モチャコたちに顔を見せておかないとね」
「うー……」
私の返答に、納得と不服がささやかな二律背反を起こしているらしく、なんとも言えない表情を作るオルカ。
自分もついて行くと言いたいらしいが、ついてきたところでオルカにはおもちゃ屋さんを見ることも触れることもかなわないのだから仕方がない。
それが分かっているからこそ、軽く頬を膨らませて黙る彼女。
普段ならそんな反応は見せないのに、久々に宿に戻って気が抜けているのか、ちょっぴり甘えっ子めいた様子に微笑ましくなる。
「オルカたちの修行は一段落したけど、私の場合はまだまだ半人前ですら無いからね。引き続き頑張らないとダメなんだよ」
「でも、ミコトの本業は冒険者……」
「そうだね。魔道具作りは私にとって副業……いや、あの技術を世には出せないから、副業ですら無いか。趣味とか生き甲斐とか、そういう類のものかな」
私の未熟なロボでさえ、オルカたちにとっては驚くべき技術だという。
そんな妖精の技術を私は、誰とも知れない他人のために使うつもりは無い。勿論売ってお金にするつもりも。
だから私の作る魔道具は、個人利用の範疇をできるだけ逸脱しないように気をつけている。
「それなのに頑張るの?」
「だからこそ頑張るのさ。私は趣味にこそ力を注ぐタイプだからね」
そう。前世でのゲームなんかは、よく生産性がないのなんだのって言われるタイプの趣味だった。
だけど私が命を落とす頃には、ゲーム実況だとかeスポーツだとか、ゲームの在り方も大分変化した時代だったように思う。
とは言え別に私はそんな打算でゲームをやっていたわけじゃない。好きだからやってただけで。
魔道具作りもそう。この世界に於いて、私にとってゲームに代わる趣味と言ったら、それが当てはまるように思えたんだ。自分でも意外なものに興味が湧いたものだと驚きだけど。
それに個人利用の限りに於いては、大きな実益も見込めるしね。お金にはならなくても、生活は絶対豊かに出来るから。それを思えばただの趣味と言い捨てることも出来ないだろう。
「そういうわけで、私はちょっと出かけてくるから。ココロちゃんたちにはそう伝えておいて」
「んー……わかった。いってらっしゃい」
「いってきます」
軽く身支度を整え、換装スキルで寝間着から普段着へ切り替えると、私はオルカに軽く手を振ってワープを使った。
向かった先はおもちゃ屋さんの前だ。
朝霧漂う涼やかな空気を一つ大きく吸うと、早速おもちゃ屋さんの中から届くざわついた心配の気持ちを心眼で見据える。
「これは、ちょっと叱られるかも知れないな……」
些か億劫になりながらも、おもちゃ屋さんの裏口へ回ってその扉をそろりと開く。
すると、途端にモチャコを始め、妖精師匠たちが突っ込んできた。
「おっふ、何事!?」
「何事じゃないでしょ! なんで昨日帰ってこなかったのさミコト!!」
「ダンジョンでなにかあったんじゃないかって心配したのよ!」
「ミコトのバカー!」
一斉に飛んでくる抗議の声に、私は慌てて平謝りで返す。
結局その後、師匠たちに付きまとわれながら事情を説明したり、ロボいじりをしたりと宿の方へはなかなか戻れなかった。
なので一応オルカたちには、頃合いを見て通話で連絡を入れておいた。
それはそうと、昨日彼女たちとロボ遊びをした際のことをモチャコたちに語ると、それをもとにロボにはさらなる改良を加えることとなった。
やはり開発に関わりのない人からの意見というのは参考になるため、師匠たちと相談しながら昨日の試遊で得られた改善点や新たなアイデアをまとめ、ロボへ手を加えていく。
コマンドの新たなテクニックなんかも教わり、結果として有意義な時間になったのは間違いない。
そんなこんなで、私は相変わらず修行を行いつつ、しかし本業は冒険者活動ということでオルカたちとも狩りに出たりしながらチームワークの練習、調整を行い、あれよあれよと日数は経過していったのである。
★
祝勝会から早くも十日ほどの時が流れ、現在私たちはだだっ広い荒野の真ん中に立っている。
対するはクラウの母であり、勇者でもあるイクシスさん。
以前話に出た、不殺装備を身に纏い佇んでいる。その心持ちは、どうにも私の魔法やスキルを警戒しているようだが、それと同等以上にクラウたちのチームワークにも注意を払うつもりのようだ。
それを横目に見ながら、私たちは輪になって最終打ち合わせを行う。こころなしか小声でだ。
「さて、いよいよ本番だね」
「大丈夫。負ける気がしない」
「ココロたちの進化で、イクシス様の度肝を抜いてやるのです!」
「ミコトを加えたことで、私たちは一層の力を得た。母上に一泡吹かせてやろう!」
休養日を明けたオルカたちとは一週間あまり、みっちり練習と調整を行ってきた。
その過程で、思いがけない新たなスキルを得たりもしている。
それもあって皆のやる気も気合も十分だ。あのイクシスさん相手だというのに、誰の口からも弱音は出てこない。
そのくらい、私たちの内誰もが仕上がりには満足しているのだ。
そうした雰囲気を察してか、イクシスさんもいつになく真剣な様子で離れた位置からこちらを観察している。
最後に私は改めて事の起こりに思いを馳せる。
限界突破をクラウが覚えるのに、異議を唱えたイクシスさん。
彼のスキルを持った者は、自らを鍛えるために強者と戦い続け、高みを目指す道を歩むことになるという。そうでなくては限界突破を持ち腐らせてしまうからと。
愛娘のクラウには、出来ればそんな道は歩んで欲しくないと望むイクシスさん。
しかし娘の願いを尊重したいとも思い、なればとその資質を示すよう課したのが事の発端だった。
「……ここで、イクシスさんに格上とやり合える資質を示せれば、クラウは晴れて限界突破のスキルを得る。そして困難な道を歩むことにも」
「だけどクラウが望むなら、私たちが力になる」
「力を合わせれば、強大な敵だってココロたちは打倒し得ます!」
「ああ。そのことを今から、母上に示してみせよう。私一人の力では届かぬ高い壁だろうと、このメンバーならば必ずや超えて行くことが出来るのだと!」
私たちは強く頷き合い、陣形を整えた。
先頭にクラウ。その背にオルカが潜み、ココロちゃんはその右斜め後ろに控え、最後尾に私という並びだ。
私たちが戦闘態勢に入ったのに応じ、イクシスさんも静かに構えを取った。
そして問いかけてくる。
「用意は良いのか?」
「ああ。そちらは?」
「無論だ。いつでも仕掛けて来るといい!」
母娘の短い問答が終わり、急激に緊張感がピンと張り詰める。
正に、クラウの命運を分ける一戦が始まろうとしているのだ。
イクシスさんが彼女の資質を認めたなら、強敵蠢く茨の道へ。
けれど逆に資質無しと断じたなら、ゆったりほのぼのゆるふわ冒険者ライフへ。
私としては後者も捨てがたいんですけどね!
だけど、クラウが望むのなら手を抜くつもりは毛頭ない。
「行くよみんな。先ずは『プランA』」
「「「了解」」」
イクシスさんとの試合が、幕を開けた。
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