第九五話 分配
時刻は午後五時か六時か、それくらいだろう。夕日の赤が街を染め、足元に伸びる影は随分とノッポになった。
私たちは数日ぶりに宿へと帰り着くと、早速クラウを私とオルカが泊まっている部屋へ通す。ココロちゃんも当然一緒だ。
その目的はと言えば、お宝部屋にて獲得したアイテムの中から、クラウの取り分を渡すことなのだけれど。
「む、驚くほどなにもない部屋だな。荷物類が一切ないが、例のアイテムバンクとやらの中にしまってあるのか?」
「まぁね。とりあえず適当に座ってくつろいでよ」
とは言え、備え付けの家具なんて簡素なテーブルと椅子、それにベッドとサイドテーブルくらいのもの。
私はアイテムバンクを仕込んであるテーブルの傍らに立ったため、クラウはベッドへと腰掛けた。
オルカは自らのベッドに。ココロちゃんは椅子へと腰掛ける。
「さて、それじゃぁ今回お宝部屋で手に入れたアイテムなんだけど、流石にこの部屋に全部出すのには狭すぎる。なので、幾つか方法を考えておいたよ」
「ふむ」
「まず、アイテムを一個一個取り出して、欲しているものか否かをクラウ当人に判断してもらう方法。次に、何処か広い場所へ移動して、一気にアイテムを取り出し物色してもらう方法」
「なかなか手間になりそうな話だな」
「手間を惜しむなら、私がアイテム名を片っ端から読み上げる、或いは紙に書き出すから、その中から気になるもの、欲しいと思ったものを選んでもらう方法っていうのもあるけど」
ふむーと、少し逡巡したクラウはその結果、あっけらかんとこう言い放った。
「いや、別にそこまでしてもらわなくても大丈夫だ。今回得たアイテムの中から、ミコトたちが私に合いそうだとか、私が欲しがりそうだと思ったものを適当に選び、その上で譲っても構わないと思ったものだけ渡してくれればそれでいい」
「ええっ、いやでもそれだと私がネコババするかも……」
「はっはっ! それならそれで構わんさ。言っただろう、君たちがいなければ私はあそこで力尽き、命を落としていたのだ。それを思えば、アイテムを受け取る権利すら私にあるかどうか」
そう言ってクラウは、気を遣わなくていいと笑ってみせた。上品な顔に似合わぬ、歯を見せた気持ちのいい笑顔だ。
思わずトゥンクしそうになったが、私はそんなにチョロインではないのだ。こほんと咳払いを一つ。
「そういうことなら、ちょっとみんなで会議しようじゃないか。とりあえずリストアップするから待ってて」
私はココロちゃん同様もう一脚の椅子に腰掛け、ストレージからペンとインク、それに安い紙を一枚取り出してアイテムバンクの内容を書き連ねていった。
アイテムバンクにはソート機能があるため、新しく預けた順にアイテム名を並べてやれば、何をダンジョンで得たかなんてのは一目瞭然だ。
一〇分ほどかけてアイテム名を書き出し終えると、それを皆に見せながら話し合った。
果たして、どれをクラウにあげようかと。クラウ当人は、微笑みをたたえながらそれを眺めている。なんだか妙に嬉しそうだが、気持ちは何となく分かる。
それはさながら、プレゼントを目の前で選んでもらっているような心持ちに近いのだろう。そりゃ嬉しいだろうさ。
そうして結局私たちが選んだのは、幾つかの防具類だった。ダメになってしまった彼女の甲冑の代わり、と言うには性能が劣るかも知れないが、一時しのぎの品くらいにはなるかと思ってのチョイスである。
正直に言ってしまうなら、防具は私にとってもかなり重要なものなのだが、とは言え別に急ぎで揃える必要もないので譲ってしまっても構わないだろう。
それから後は、お金をそれなりに。
手元に残しておいても性能が低くて売るくらいしか使いみちのないアイテム、というのがそこそこあったので、それらを売却して得られる利益を見越し、クラウの取り分を先に渡しておくというわけだ。
これなら後は、手元に残った品は心置きなく私たちで自由に出来るからね。
彼女は貰い過ぎだ、防具だけでも十分すぎると遠慮するが、クラウに救われた恩というのはきっちり返したいからと言って押し付けた。これで心持ち的にも随分楽になったものである。
「さて、渡すものも渡せたし、浴場にでも行きますか。クラウも一緒にどう?」
「ああ、そうさせてもらうか」
「数日ぶりのお風呂は、やっぱり楽しみ」
「ですねぇ。ミコト様、ココロの衣類を出してもらえますか?」
「ほいほいー」
アイテムバンクから物を取り出す方法は幾つかある。
一つは、アイテムバンクの魔法を設置した場所に手を突っ込んで、物理的に引っ張り出す方法。今はテーブルの天板に設置してあるので、そこに手を突っ込むという不思議な光景を実現できる。まるで手品だね。
一つは、取り出したいものを指定することで、ストレージ同様任意の場所に出現させるという方法。ただ、設置箇所からあまり距離があると無理である。現状だと、この部屋から出たら範囲外かな。
そしてもう一つ。アイテムバンクからの取り出しが可能な効果範囲内であれば、バンクからストレージへのアイテム転送が可能となるため、ストレージ経由でアイテムを出し入れするという方法が取れる。
取り出すだけなら回りくどいだけの方法だが、持ち運びを考えるのならこの方法一択だろう。実際私が一番多用しているのもこれだし。
そんなわけで、私はアイテムバンクからココロちゃんとオルカの私物をそれぞれ、彼女らの手元へ出現させてみせた。
するとクラウが感心したように唸る。
「ミコトは万能すぎやしないか……なんだか便利とかすごいを通り過ぎて、心配になってきたぞ」
「分かる」
「クラウ様、ミコト様の能力についてはトップシークレットですよ。うっかり情報が漏れると、大変なことになりますから」
「あ、ああ。君たちには大恩ある身だ。決して口外もしないし、直接的、間接的問わず君たちの害や不利益になるようなことはしないと誓おう」
至って真剣にクラウはそう言った。
大袈裟だと思うのは私だけなんだろうか? やっぱり私はもうちょっと、一般的な冒険者の持つスキルのラインナップっていうのを把握したほうが良いらしい。
「そう言えばクラウの着替えとかって、泊まってる宿に置いてたりするの?」
「ん? ああいや、用心のために持ち歩いているよ。この中だ」
そう言って彼女が見せたのは、背に担いだ布袋。頑丈そうなそれは、一見するとちょっとおしゃれなデザインというだけで、これと言った変哲もない。
けれど実のところ、とても夢のある品なのだ。いわゆるマジックバッグや収納袋と呼ばれるタイプのレア物である。
即ち、見た目は女性が簡単に背負える程度の大きさしか無いこの袋には、見た目にそぐわぬ多くの物品が収納できてしまうという、ファンタジーでお馴染みの代物だったりする。
袋の口より大きな品でも、ツルッと呑み込んでしまうのだからびっくりである。
そうやってクラウは、先ほど受け取った品々をあっと言う間に袋へしまい込んでいた。
「うーん、いいなぁその袋。何処で手に入るの?」
「おいおい……ミコトにはストレージがあるだろう?」
「それはそれ、ロマンはロマンなの!」
「私も、いずれ欲しいとは思ってたから興味ある」
「ココロは、以前手に入れたものをうっかり破いて壊しちゃいました……でも今ならその心配もないので、出来ればまた入手したいですね」
私たちの羨まし気な視線に負けて、クラウはそれを入手した経緯を短く語ってくれた。
「そうだな、一応市場に出回ってもいるが、かなり値は張ってしまうな。冒険者ならダンジョンで見つける場合が多いと思うぞ。それなりに希少なアイテムではあるが」
「クラウもダンジョンで?」
「う、まぁ、私の場合は、実家を出る時にかっぱらってきたというか、なんというか……」
「ほぇー……クラウにも色々あるってことかぁ」
クラウには、どこかしら滲み出る気品のようなものがある。
今はAランク冒険者として名を馳せている彼女だけれど、もしかしたら生まれは何処かの貴族家とかだったりするのかも知れない。
まぁ、だからどうという話でもないのだけれどね。
「じゃぁ、宿に着替えを取りに行ったりっていう必要はないんだね」
「そうなるな」
「それなら早速行こう」
「ココロも準備できましたー」
というわけで、私たちは揃って公衆浴場へ。
それにしても冒険者というのは難儀なものだなと、毎度思う。
魔法で身綺麗にこそしているものの、年頃の乙女が数日ぶりのお風呂というのは如何ともし難い話だ。
ステータスとスキルが物を言うこの世界では、男女による力の差なんかは見られない。
ステータスを決めるのは生まれ持ったジョブと、スキルによる値補正など。後は鍛錬の度合いか。
それに言いたくはないが、才能というのも影響したりする。
ジョブだって、行ってしまえば才能のようなものだ。まぁ才能と言うよりは、適正と言うべきなのだけれど。
ステータスの成長度合いも、早熟型だとか、大器晩成型だとか、人によって違いがある。
そういった要素の前で、男女による差なんていうのは問題にすらならない。
そういうわけなので、女性冒険者というのも決して少なくはないのだ。
ただまぁ、能力的な差こそ無いものの、女性には色々とハードルの高い問題もあるため、どうしても比率としては男性冒険者のほうが多くなってしまうわけだけれどね。
いっそのこと、ストレージに浴室ごと収納したり出来ないかな? シャワールームみたいな簡易的なものでも、あるのと無いのとじゃ段違いだし。
でもなぁ。モンスターひしめく街の外で、呑気にバスタイムもあったもんじゃないしな。やはり難儀なことだ。
★
「ええと、じゃぁはいクラウ」
「ああ、助かったよ」
浴場から出て、私はクラウにマジックバッグを返した。
というのも、入浴中に万が一盗まれでもしたら大変なことになるからだ。
とは言え流石に、脱衣所で突然預かっていてくれと、そのような貴重品を渡された時は驚いた。
信用してくれるのは嬉しいけれど、出会って間もないのだからもう少し警戒したほうが良いのではないだろうか……。
でもそれより何より驚いたのは、中身の入ったマジックバッグをストレージに収納できてしまったことだ。
ということはアレだ。マジックバッグと組み合わせることで、ストレージの内容量というのは更に膨らむってことじゃないか。
「これは、ますますマジックバッグが欲しくなった」
「ですね。今後の目標に加えておきましょう」
もし人数分のマジックバッグが手に入れば、ストレージ内でのアイテム管理もぐっと楽になる。
しばらくダンジョンはいいかなと思っていたけれど、マジックバッグを得るためならやぶさかじゃないかも。
「さて、それじゃ晩御飯はどうしようか」
「ココロの問題が解決したお祝いをしないと」
「私も参加していいか?」
「なんだか恐縮しちゃいますね」
そうして私たちは、夜風を肌に感じながら姦しく浅い夜の街を歩くのだった。
魔道具による光源の下を四人で歩いていると、それだけで何だか満たされた気持ちになる。
それから程なくして、美味しいと評判のお店を通りかかった私たちは、この店で小さな祝宴を上げることに決めたのだった。
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