第九四話 ソフィアの看破

 ココロちゃんのPT加入手続きも滞り無く済み、ひとしきり喜びあった私たちは息を合わせて席を立った。


「さぁて、要件も済んだことだしそろそろお暇しようかな」

「ミコトは病み上がりだから、数日は活動もお休み。早く宿に帰ろう」

「ココロは早くお風呂で癒やされたいですねぇ」


 顔面に笑顔を貼り付けて、自然な雰囲気のまま立ち去ろうとしたのだけれど。

 ガシリと、私の肩を何かがしっかり掴んだ。恐ろしいことに、それだけで私は身動きが取れなくなってしまう。圧のかけ方が絶妙で、足が前にも後ろにも行かないのだ。

 恐々としながらゆっくりと首だけで振り向くと、私達と同じく顔面に笑顔を貼り付けたソフィアさんが。普段表情筋の死にがちなあのソフィアさんが、笑ってるぅ!


「まぁ、座りなさい」

「あの、えっと……」

「座りなさい」

「…………はい」


 敢え無くその迫力の前に屈した私たちは、この後の展開が分かっているためにげんなりした。

 どうせこの人のことだから。


「ほら、吐きなさい。何かあるんでしょう? 新しいスキル」

「それが担当受付嬢の言うセリフですか!」

「うるさいです。隠してるのは分かってるんですよ。ほら早く」


 ぐぬぬぅ、そう言えば最近情報を出し惜しんでいたんだったっけ。

 そのせいでだいぶフラストレーションが溜まっているらしい。

 でもそんなに期待されたって私も困る。スキル生成マシンじゃないんだぞ私は!

 まぁ、秘匿してるのはあるけどさ。

 あ、そうだ。アレでいいや。


「仕方ないですねぇ、とっておきのスキルを紹介しようじゃないですか」

「ミコト、いいの?」

「もしソフィアさんが、スキル愛好家ネットワークなんかで情報漏洩をしたら、大変なことになっちゃいます!」

「しませんよそんなこと!」

「存在することは否定しないのか……まぁいいよ。どうせソフィアさんには既に色々知られているからね」


 私は徐に自らの仮面へと手を掛けると、ゆっくりとそれを外してみせた。

 すると、息を呑むソフィアさん。


「! これは……」

「ふふふ、どうですか。驚いたでしょう! これぞ素顔を隠すのに役立つ、とっておきのマジックアーツスキル、【モザイク】です!」

「ほぅ……ふむふむ」


 顕になった仮面の下には、こっそりかけておいたモザイクにより隠された私の顔がある。

 するとそれを見たソフィアさんは、少しだけ驚いた様子こそ見せはしたものの、特に動揺するでもなく、むしろまじまじと顔を近づけて観察し始めたではないか。

 ソフィアさんからは確かに、私の顔がへんてこに見えているのだろうけれど、私からはマジックミラー式に澱みなく見えている。

 そんな控えめに言ってもかなりの美人さんである彼女が、息の掛かりそうな距離までずずいと顔を寄せてくるものだから、私は堪らずドギマギしてしまう。

 うっかりチューされてしまうのではないかと、びっくりしちゃったじゃないか……! 普段はあんななのに、黙っていれば美人というのはこういう人を言うんだろうな。


「さて、スキルのお披露目も済みましたし、帰りますかね」

「こんなことで誤魔化せると、本気で思っているのですか?」

「…………」

「はぁ……まぁいいでしょう。その話は一旦置いておくとして」


 ソフィアさんはこほんと一つ空咳をつくと、別の話題を振ってきた。


「今回、晴れてココロさんの抱える問題を解消することに成功した皆さんですが、今後の活動方針などはもう決めてあるのでしょうか?」

「む、言われてみると確かに。そもそも私は冒険者ランクを上げることにさえ消極的だったくらいだもんなぁ」

「私は今回の件で、実力不足を痛感した。レベルアップを図りたいと思ってる」

「ココロは鬼の力を、もっとしっかり制御して引き出せるようにならないとですね。あとは、時間が出来たならこれまでご迷惑をおかけした人達のもとを回って、謝罪させていただきたいな、と」

「私だけふわっとしてる!」


 ソフィアさんの質問は、担当受付嬢として当然のものだった。担当する冒険者の活動方針を把握しておくことは、依頼の斡旋に於いてもダンジョンの紹介に於いても重要な判断基準の一つとなるだろう。

 ココロちゃんを助けた後は、どうにかして自分のことについて調べていけたら良いなぁ、くらいにしか考えていなかった私だ。なので具体的に何がしたいかと問われると困ってしまう。


「鏡のダンジョンは、もう目指されないのですか?」

「それはまぁ、ココロちゃんの中にある鬼について鏡の試練なら何か分かるかなぁっていう、調査が目的でしたからね」

「それだけじゃない。ミコトについても何か分かるかも知れないって話だった」

「ですです。次はココロがミコト様に協力する番なんですから!」


 確かにオルカの言う通り、鏡の試練は自らの幻影と対峙するという内容らしいので、もしかすると謎の多い私自身についても何かが分かる可能性はあった。

 けれど鏡のダンジョンは、そこへ向かう道すがらのモンスターでさえ強力で、当のダンジョン内部には更に強力なものが多く存在していると言う。

 実力が不足気味な今の私たちでは、きっと手に負えないだろう。


「気持ちは嬉しいけど私の場合は、自分の正体をどうしても突き止めなくちゃならない! なんてこともないんだし、無理に向かう必要はないと思うよ。行くにしても、もう少しじっくり実力をつけてからでも遅くないかなぁって」

「……それなら私は、鏡のダンジョンでも十分に通用する実力を目指して力をつけたい」

「では今度は、オルカ様の修行ですね! ココロの謝罪回りはいつでも構いませんから」

「そういうことなら、勿論私も協力するよ。っていうか、私自身もまだまだ自力を磨かないと、今回みたいなもしもの展開に痛い思いをすることになるからね」


 ということで、話は概ねまとまった。

 これからしばらくは、オルカの実力を伸ばすための修行が課題となりそうだ。

 そして私も、またみんなに心配をかけることのないよう、一緒に腕を磨いていこうと思う。

 前回は冒険者としてのノウハウや判断力等を磨く、『力』ではなく『知』の修行だった。けれど次は『力』を磨く修行である。言うなればレベリングだ。

 これはまた、ゲーマーとしての血が騒ぎそうである。


「わかりました。それでは後日、オススメの狩場を紹介します。斡旋する依頼も、少しずつ難易度が上がるよう調整しますね」

「おお、さすが敏腕受付嬢。よろしくおねがいします」

「ですが。狩場へは、私自ら現場まで案内しますので、その際はよろしくおねがいします」

「「「え」」」

「鬼のダンジョンへ向かわれる前、言いましたよね? 戻ったなら私も狩りに同行させていただきますと」


 ……残念ながら、記憶にございます。

 確かにソフィアさんは、私たちが鬼のダンジョンへ向かう直前、そんな死亡フラグめいた言葉で送り出してくれたのだった。

 今回は色々心配もかけてしまったことだし、それくらいは聞かねばなるまい。


「わ、わかりましたよ。何日か休日を挟んだあと、都合が合えば……」

「都合が合わねば狩場を紹介することは出来ませんね」

「ぐぬぬぅ!」

「職権乱用」

「やり口がセコいです!」

「なんとでも仰って下さい。皆さんのスキルを間近で見る機会を得るためなら、どんな罵詈雑言も容易く受け流せますよ私は」


 ダメだ、強すぎた。

 ということで、日取りはソフィアさんが都合よく休みを取れる日に。

 それまでは依頼をこなしてスケジュール調整という流れになりそうだ。

 しかしまぁ考えてみたら、スキルの内容もちゃんと明かさなければ、ソフィアさんとて私たちの正しい実力を把握することも出来まい。それでは斡旋するべき依頼の難易度調整にも支障が出るというものだろう。

 普段は、依頼の達成率や上がってくる情報、冒険者当人たちによる報告や彼らの消耗具合などなど、様々な角度から得た情報を参照しつつ、適切な依頼を選んでくれているらしいのだけれど。

 やはりそこは、百聞は一見にしかずというやつだろう。まぁ彼女の場合、単純に直接スキルを目の当たりにしたいって目的が最優先だと思うが。


「さて、それでミコトさん。少しお伺いしたいことがあるのですが」

「な、なんですか?」

「先日鬼のダンジョン入り口にて、モンスターと思しき正体不明の存在が確認された、という情報がギルドに上がってきているんです」

「……へ、へぇ……」

「それがどうにも、先程ミコトさんに見せていただいたモザイクとやらに酷似しているようなんですよね」


 ダラダラと、冷や汗が流れる。ヤバい、これはやらかした。

 確かに数日前、私たちは鬼のダンジョンへ向かうに当たり、ワープとフロアスキップを用いた。それに伴いモザイクを駆使して身バレ防止策を施したのだが。

 その際に私たちを目撃した冒険者がいたのだった。

 彼らからギルドへ情報が伝わることに、考えが至っていなかった。っていうか失念していた。


「情報によりますと、件のモンスターは三体。唐突に現れたかと思うと、すぐに消えたという話です」

「へ、へぇ、そうなんですね……モ、モザイクを使えるモンスターでもいるのかなぁ?」

「ミコトさん。あなた……転移系のスキルを覚えましたね?」

「「「‼」」」


 コ、コイツ探偵か何かか! くそ、バレテーラ!

 動揺を隠せない私。と、オルカにココロちゃん。ダメだ私たち、嘘が下手くそすぎる!

 我が意を得たりと言わんばかりに、ゴゴゴゴと凄まじいプレッシャーを帯び始めるソフィアさん。


 こうなってはもう、ゲロるしか無かった。

 ただ事が事なので、念の為最近新しく覚えた遮音結界の魔法を展開し、声が外に漏れないようにしてからソフィアさんに伝えた。

 結果、今すぐ使って見せてくださいと言い出すものだから、芋づる式に私の開発した裏技まで見せることに。

 でも裏技に関しては、貧乏くさいと一蹴してきたオルカやココロちゃんと違い、目をキラッキラに輝かせて称賛してくれたソフィアさん。おお、分かってくれるか心の友よ!


 そんなわけで、結局私たちが彼女から解放されたのは、それから更に二時間ほど後のこと。

 お説教の時間も含めると、かれこれ四時間ほどソフィアさんに捕まっていたことになる。

 私たちはすっかり疲れて、トボトボと部屋を後にするのだった。結局隠しきれず、本当は黙っているつもりだったいろんなスキルや魔法のことを暴露してしまった。

 流石のソフィアさんも後半はいよいよ真顔になって、本当に他言はやめろと釘を刺してくる始末。

 クラウにいろいろ喋ってしまったと伝えたら、無言で殴られた。恐いんですけど……。

 彼女の方からも、クラウには厳重に口止めがなされるらしい。

 ほんとに、大袈裟なことだ。


 そんなこんなで私たちはようやっとギルドロビーへと戻り、今回得た素材の換金なんかを行い、その後クラウと合流してギルドを出たのである。

 ギルドの出入り口を抜け、思わず溜め息が一つ溢れる。そして何とはなしに振り返ると、時刻は夕方。混み合ったロビーには冒険者たちが屯しており、受付嬢たちは慌ただしく彼らの報告をさばいていく。

 こうしている間にも、また冒険者PTが一組ギルド内へ入っていった。


「ミコト、どうかした?」

「うーん……なんか、うーん……」

「何か気がかりなことでもありましたか?」

「お? 事件か?」

「……いや、別に大したことじゃないよ。また後で話すね」


 実のところ、今日目覚めたときから漠然と気になっていたことがあるのだけれど、今はそれより早くゆっくりしたかった。

 首をかしげる皆を促し、私たちは数日ぶりとなる宿へ足を向けたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る