第九二話 黒いお宝

 ボスを打倒し、攻略の為されたダンジョンの消滅には数日かかると言う。

 具体的なデータはまちまちで、長いものだと年単位の時間を要するものもあるとかないとか。

 しかし多くの場合三日ないし一週間ほどで消えてなくなると。

 即ち私たちが今滞在しているこの場所も、下手をすると次の瞬間には消滅してしまう可能性があるということだ。

 幸い消滅するダンジョンに取り残された冒険者は、強制的にダンジョン外へ排出されるという仕様になってはいるのだが。


「ミコト、こんな都市伝説知ってる? 消滅するダンジョンに取り残された者は、実のところ外へ転送されたりはしない。ダンジョンごと消えてしまうんだって」

「え……でも、それじゃぁ外に転送された人たちは何者なの?」

「何者、なんだろうね……?」

「びえぇぇぇぇ!」

「あーほらもう、ココロちゃんが泣いちゃったじゃん」

「ご、ごめん」


 なんてバカな話をしながら、私たちはお宝部屋の前に立った。

 代表して私が扉を開ける。

 するとそこには、沢山のアイテムが散乱していた。

 ダンジョン攻略達成時に現れるこのお宝部屋には、全階層で開封されぬまま放置された宝箱の中身が転送されてくるらしい。

 以前私たちが攻略した初心者向けダンジョンでは、マップウィンドウの力でダンジョン内を全階層くまなく探索したため、一切取り逃しもなくこの部屋も寂しかったものだけれど。

 今回はそれと異なり、様々なアイテムを確認することが出来た。

 が、今は物色している時間も惜しい。


「みんな、今は時間が惜しいから一旦アイテムは私のストレージで預かっていいかな? クラウには、ネコババを心配されちゃうかも知れないけど……」

「私は構わないぞ。というか、もとより私一人の力ではこの部屋に辿り着けなかったのだからな。ネコババもあったものではないさ」

「それは私たちも同じ。クラウにも分け前を得る権利がある」

「ですね。一先ずストレージにしまってもらって問題ないと思います」


 皆の同意を確認した上で、私は手早く床に散らばる品々を一瞬でストレージにしまい込んだ。

 流石に容量的にきつかったため、直通でアイテムバンクの方へ流しておく。

 クラウには、街に戻ったら私たちの宿まで来てもらわないといけなくなったが、そこも了承してもらった。


 そうしていよいよ本題。

 私たちの視線は一様に、部屋の中央に置かれた豪奢な宝箱へ向けられた。

 前のダンジョンで見たそれよりも明らかにしっかりとした作りで、彫刻まで綺麗に施された金属製の大箱だ。

 もしかしてこの宝箱だけで、結構価値があるんじゃないかと思えるが、持って帰るのはマナー違反だろうか?

 ともあれ、早速私たちはせーのでその蓋を押し上げた。そうして同時に中身を覗き込む。


「おおお! これは……」

「黒い」

「ですね。黒鬼にちなんでいるのでしょうか?」

「どれも強力そうじゃないか!」


 以前のダンジョンで得たのは、不気味な仮面一枚だけだった。

 けれど今回の宝箱には、なんと複数の装備アイテムが入っており、思わずテンションがギュンと上ってしまう。

 それにしても、どれもこれも真っ黒だ。中二病を患う私的には、素直にかっこいいと思ってしまうのだけれど。


「とりあえず一つずつ見ていこうか。まずはこれかな」


 私がはじめに手に取ったのは、巨大な金棒だった。真っ黒で無骨。さりとて野性味は薄く、デザイン性もシンプルで良い。

 私はそれを、ココロちゃんに手渡した。


「え、あの、ミコト様……?」

「これはココロちゃんに丁度いいと思うんだけど、どうかな? ほら、今回の戦闘で頑丈なメイスも流石にボロボロになってたでしょ?」

「それにそんな重い装備、私じゃ扱えない」

「というかミコトはよく持てたな」

「マスタリーのおかげで、あまり重さは感じないんだよ」

「なん……だと……?」


 驚き固まるクラウを他所に、特に反対意見も無いようなので、金棒はココロちゃんのものということで話が決まった。


「攻略特典装備だから、何かしら特殊能力が付いてるはずだよね?」

「その辺りの確認はまた後で」

「だね、それじゃぁ次は……コレだ!」

「? ミコト様、それは一体?」

「私も見たことのない形状だな。ナイフ……にしては珍妙だが」


 箱の底から私が拾い上げたそれに関して、どうやらみんなは馴染みがないらしく、一様に首を傾げている。

 しかし日本出身の私としては、ある意味馴染みのあるものだった。

 苦無。忍者の扱う武器として知られるそれは、しかし実際のところそもそも武器ではなかったとか何とか。穴を掘ったり、楔として使ったりする道具だったそうで、創作物で見られるような刃物としての用途も存在しなかったらしい。まぁ、生前のネット知識だけど。

 果たして異世界の苦無はどんなものなのか。それに関してはまぁ、また詳しく調べるとして。これが一番似合いそうなのはやっぱり……。


「オルカ、これ使ってみない?」

「? 私、使い方分からないけど」

「私も元ネタを知ってる程度だからね、確信は無いんだけど、多分オルカの役に立つと思うんだ」

「ミコト様がそうおっしゃるのなら、ココロにも異存はありません」

「是非使用するところを見てみたいものだな」


 オルカは今の所レンジャーだけど、ステータスウィンドウでジョブ欄を確認すると、【アサシン】にジョブチェンジする可能性があるって判明しているからね。正にモッテコイじゃないか。

 それに、どんな特殊能力があるかは不明だけど、器用なオルカなら使いこなしてくれるに違いない。


 そして次だ。

 再度宝箱の中に手を突っ込んだ私は、一枚の盾を引っ張り出した。これまた真っ黒な見た目をしているが、謎の金属製で大きさは大盾ほどではないが、バックラーほど小ぶりでもない。上半身を覆うのには少し足りないくらいの、ミディアムサイズな盾だ。

 私はオルカたちと頷きあって、それをクラウへと差し出した。


「え……? わ、私にか?」

「その、甲冑がダメになっちゃったでしょ? 代わりにってわけでもないけどさ、助けてくれた恩もあるし、使ってもらえたら嬉しいなと思って」

「クラウの防御は見事だったって聞いてる。なら、クラウが持つべき」

「ですです」

「みんな……ああ。有り難く使わせてもらおう!」


 クラウはニッコニコで黒い盾を受け取った。

 さながら、新しいおもちゃを手に入れた子供のような無邪気さである。く、かわいいなこの人。

 そして最後だ。

 満を持して、私はそれを箱から引っ張り出した。


「これ! これは是非! 是非とも私に使わせて欲しい!」

「ミコト、それって?」

「剣、ですよね?」

「反りが入っているようだが、あまり見ない形状だな」

「これはね、刀だよ。日本刀‼」

「「‼」」

「ニホントー?」


 私が日本から転生してきたのだと既に知っているオルカとココロちゃんは、驚いて目を見開いている。他方で、それと知らないクラウは首を傾げた。

 私は別段、転生の件について必要以上に秘匿するつもりもないため、クラウにざっくりと説明する。

 私の故郷が日本というところで、そこで最強の剣が日本刀なのだと。

 柄、鍔、鞘と見事に真っ黒なそれをゆっくりと引き抜き、私は刀身を三人に見せた。

 しかしながら私も驚いたのだが、なんとこの刀、刀身まで真っ黒である。まるでどこぞの斬○刀みたいだなと思いつつ、これでは美しい刃紋が見えにくいなと少し残念にも思う。

 とは言え、いくら形が似ているとは言っても、正しく私の知っているそれと同じ製法で作られたとも限らない。であれば、たとえ刀身が黒でなくとも、ちゃんと刃紋が入っていたかは怪しいところだ。

 なので私はさっさと気を取り直し、未だ本調子ではない体ではあるが、それを構えて素振りを行ってみた。きちんと万能マスタリーのスキルが仕事をしてくれて、我ながら淀みのない動きで振れている自覚がある。

 そして刺激される中二心。女子高生と刀の組み合わせは、ヤバいだろう‼

 まぁ、今となっては『元女子高生』なんだけどね。


「なんと……美しいな。その剣もそうだが、それを振るうミコトの所作にも見惚れてしまいそうだ」

「うん。ミコト以上にそれを扱える人は、少なくともこの中にはいない」

「ココロも異議なしです!」

「ありがとうみんな。この刀で、ますます私頑張るからね!」


 刀身はおおよそ八〇センチ以上はあり、打刀ではなく太刀に分類されるだろう。

 そのくせ、マスタリー……いや、完全装着のおかげか、重いという感じは全くしない。重量を感じないってわけでもないんだけど、体の一部のように馴染むのだ。

 私はそれを鞘に収めると、仮面の下でニマニマ顔を我慢できぬまま皆に向き直った。


「さて、宝箱の中身は以上みたいだね。一応見落としがないかみんなで確認して、大丈夫そうなら帰る算段でも立てようか」


 皆は各々合意を示し、宝箱の中や部屋の隅っこなんかに見落としがないかそれぞれ見回りをして、問題ないことを確かめた。


 その後お宝部屋を後にして、ボス部屋の仮拠点に戻る。

 オルカが手早くお茶を淹れてくれたので、四人でテーブルを囲い話を始めた。

 口火を切ったのはココロちゃんである。


「地上まで、どれくらいかかりますかね? やっぱりダンジョン消滅までに脱出するのは間に合いませんか?」

「ココロ、さっきの都市伝説を真に受けてるの?」

「うぐっ……ぼ、冒険者たるもの、眉唾だろうとリスクは避けるべきですからねっ」

「とは言え、ミコトも本調子ではないだろう。急ぎでの移動は負担が大きいだろうし、やはりダンジョン消滅を待つのが無難なように思うが」

「……ミコトはどう思う?」


 皆が意見を言い合う中、私は一人ある可能性を考えていた。

 それは確証のある話ではないのだけれど、試して見る分には損のない話だ。


「一つ思ったんだけど。もしかして、フロアスキップが使えないかなって」

「え、でもココロたちは最短でこの階層まで降りてきたので、条件を満たせていないのでは?」

「……いや、待って。もしかすると、ボスを倒したことで条件が免除された可能性はあるかも」

「? また面白そうな話をしているな。ちょっと疎外感を感じるぞ……」

「ああごめん、えーと……まぁ、クラウなら良いか。いいよね?」


 どうせ既に色々知られてしまったのだからと、オルカとココロちゃんに水を向けたところ、二人は逡巡した後口外無用という条件付きで許してくれた。

 私はクラウへフロアスキップのスキルについて説明する。

 口を半開きにして、何を言っているんだコイツは、みたいな顔を向けてくるが、まぁ妥当な反応か。


「とりあえず、それが可能かどうか実験してみたいなって思って。どうかな?」

「ココロは賛成です! もし成功すれば新発見ですし、ダンジョンの消滅に巻き込まれることもなくなりますし!」

「私も問題ない」

「では、帰り支度をしなくてはね」


 皆の合意を得て、早速私たちは各々自分たちの荷物をまとめにかかるのだった。

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