第37話 突然の警鐘


アイリスたちを連れてルナの魔法の練習を始めてから5日ほど経過した。今ではアイリスにも魔法を教えているという形にはなっているが、彼女と共に練習をしてきたこの5日間でルナの実力はかなり向上していた。


アイリスはルナの心の機微を繊細に感じ取っているのか俺が出来ないようなアドバイスをいくつもしており、それがルナの実力向上に一役買っているようだ。歳が同じで同性だということで何か分かり合えることがあるのかもしれない。


まさかアイリスと一緒に練習することでこのような影響があるとは正直予想外だった。



また練習の合間に気分転換として教えて欲しいと言われた飛行魔法を彼女たちはあっという間に習得し、自由に空を飛んでそれを追いかける騎士団長の胃にダメージを負わせるなんてこともあった。


騎士団長って大変な役職だなと少し同情した。



そんなアイリスとルナはこの5日間で関係がかなり深まり、流石にルナの敬語は抜けないが今では互いに物腰が柔らかく接するようになった。昔からアイリスは同年代の友達というものに憧れていた節があったからルナと仲良くなれることが嬉しいのだろう。



しかし良いことばかりで良かったと両手話で喜んでいられたら良かったのだが、残念ながら悪いことも一応はあった。


それは当初の目的、アイリスの建前みたいなものではあったが犯人たちをおびき出す作戦はこの5日間何も進展することはなかったのだ。全く怪しげな気配を感じることがなく、狙われているような雰囲気もまるでなかった。


つまりはやつらの狙いはアイリスではないのか、あるいはおびき出されていると分かり何も仕掛けてこなかったか。何にせよ相手の狙いというのが全く分からないという状況は非常に厄介である。


王都に残った騎士たちからの応援があと3日ほどで到着するらしいので俺たちの仕事はそこまでではあるが、このまま解決しないで終わるのは何とも気持ちが悪い。


それまでに何とか解決の糸口だけでも見つけたい。



そう思っていた矢先、それは突然起こった。





ゴーン、ゴーン、ゴーン!

ゴーン、ゴーン、ゴーン!



俺たちが今日も魔法の練習のために森へと出かけようとしていたところ、市壁の方から警鐘が鳴らされる音が聞こえてきてあちこちで警備をしている兵士たちが慌ただしく動いていた。



「オルタナ殿!」


「ええ、緊急事態のようです。王女殿下、今日の外出は中止にした方がよろしいかと」


「そ、そうですね。とりあえず状況確認をしましょう」



そうして俺たちはすぐ近くの兵士を捕まえて事情を聞き出すことにした。ちょうどその時、近くを通りかかった兵士がいたのでアイリスが急いで駆け寄った。



「そこの兵士さん、少しいいでしょうか?」


「なんです...ってお、王女殿下?!ど、どうされましたか!!」


「この警鐘、何が起こったのでしょう?」


「じ、実は森から大量の魔物たちがこちらへと迫ってきているとの報告を受けまして、今警備兵を総動員しているところです。また我々だけでは対処が出来ないと判断し冒険者ギルドにも支援の要請を行っておりまして、状況は一刻を争っております」



兵士は状況を簡潔に説明すると急いでどこかへと走り去っていった。



魔物が多く生息している森が近くにあるこの街では魔物の襲撃は珍しいことではないのだが、これだけ大騒ぎになっているということは過去に例を見ないほどの大群がこちらへと迫ってきているのだろう。


俺は一度ルナに視線を向けると彼女は俺の考えていることが分かっているかのようにこちらを見て頷いてくれた。俺も頷き返し、騎士団長に話しかける。



「騎士団長、一度冒険者ギルドへと向かってもいいでしょうか?さらに詳しい情報をギルドであれば得られると思いますので」


「そうですね、私も現状を把握しておきたいので同行いたします。殿下もご一緒に来て頂けますか?」


「ええ、もちろんです。早く行きましょう」



そうして俺たちは急いで冒険者ギルドへと向かっていった。



ギルドに到着すると受付嬢や職員たちが慌ただしくしていた。すぐに近くの受付嬢に話を聞こうとすると偶然にもいつも受付を担当してくれているミーシャが声をかけてくれた。



「オルタナさん!いいところに来てくれました!!!」


「ミーシャか、魔物の大群が迫ってきていると聞いて来たのだが詳しい状況を教えてくれるか?」


「はい!もちろんです...って王女様もご一緒で?!」


「今は私のことはお気になさらず状況の説明をお願いします」


「わ、分かりました。ではここは騒がしいので応接室でお話しします」



そう言ってミーシャは俺たちを奥の応接室へと案内してくれた。確かにあの場所が騒がしかったのもあるだろうが、少しアイリスのことを配慮したのだろうな。


そうして応接室に案内されたのだがそこにミーシャがすぐギルド長も連れて来た。彼の表情もまた深刻そうな顔をしており、事の重大さがひしひしと伝わってくる。



「いいタイミングで来てくれて感謝する、オルタナ。それに王女殿下と騎士団長殿もご足労頂きありがとうございます」


「先ほど兵士の方に簡単な状況説明を聞いたのだが、ギルドにはもっと詳しい情報が入っているのだろう?その情報を知るためにここに来た」


「ああ、その通りだ。警備兵たちからの情報によると森から魔物の大軍勢がこの街に向かって接近してきているとのことだ。今はまだ数も少なく弱い魔物ばかりではあるが、冒険者が召喚魔法で偵察した話によると少なくとも難易度C~A相当の魔物がさらに5000ほどいるという」


「ご、5000?!」



驚きのあまり騎士団長は大きな声を出してしまう。しかも難易度C~Aということは冒険者たちでも一体一体が油断ならない魔物ばかりである。



「今、出払っているSランク冒険者たちが多くて正直なところ戦力が足りない。そこでオルタナ、お前が出てくれればかなりありがたいのだが...」



Sランク冒険者たちはその受ける依頼の難易度のため多くの依頼で遠出になる。俺のように長距離を一瞬で移動できる乗り物など普通はないので、一つの依頼に移動も含めて長期間かかることが普通なのだ。


だからこそ日頃からSランク冒険者たちの多くはあまりこの街に滞在しているないのである。



ギルド長はそう言ってチラッと騎士団長の方へと視線を向けた。その様子を見て騎士団長もギルド長が言わんとしていることが何となく分かったようだ。



「オルタナ殿は今、王女殿下の護衛を引き受けていただいておりますがこのような緊急事態とあっては仕方がありません。それに我々騎士団もこの街の防衛に力を貸しましょう。王国の民を守るのも我ら王国騎士団の務めでありますから。殿下は屋敷にてお待ちください」


「騎士団長のお許しも出たのでギルド長、我々も防衛に参加しよう。ルナは大丈夫か?」


「はい、もちろんです!私もオルタナさんと共に戦います!!」


「...ちょっと待って!アレグ、それを言ったら私もこの国の王女として民を守り導くのが務め。私も皆さんと共に戦います!」



予想の範囲内のことではあったがアイリスは屋敷でじっとしていることよりも前線に立って魔物たちと戦うことを宣言した。その言葉を聞いた騎士団長はいつもよりも厳しい表情で静かに話し始める。



「王女殿下、今はいつもの我が儘で済む状況ではないのです。お願いですから屋敷にて大人しくして置いていただけませんか」


「私も生半可な気持ちで言っているのではありません。今の状況が非常に危険な状況だということを承知で言っているのです。一人でも戦力が欲しいという今の状況に戦える能力を持った...それも国を代表する王族の私が安全なところで待っているわけにはいかないでしょう」



今回はどちらの言い分にも一理あるだけに俺もルナもどちらの方を持つことも出来なかった。だがしかし、俺は少し気がかりなことがあった。



「ギルド長、今回の騒動の原因は判明しているのか?」


「いや、はっきりとは分かっていない。だが偵察してくれた冒険者の話によると森の奥の方に何やら不穏な気配を感じたと言っていた。それが魔物なのかは遠すぎてはっきりとわからなかったのだが、もしそれが魔物で今回の騒動の原因だとすると難易度S以上の可能性だってあるだろう」



その気配というのが強力な魔物であるならば、難易度Aクラスを含む多くの魔物がそいつから逃げてこの街の方向へとやってきていると考えられる。


だが何故このタイミングでそのような強力な魔物が現れたのだろうか。偶然と言ってしまえばそれまでなのだが、王女が滞在しているこのタイミングというのは何か仕組まれているような気がしてならない。


もしそうならば...



「騎士団長、王女殿下を屋敷に残しておくのは避けるべきかと思います」


「お、オルタナ殿?!どうしたのだ一体!!まさか殿下にまた...」


「いえ、そうではありません。今回の件、タイミングが良すぎるとは思いませんか?」


「タイミング...っ!!なるほど、そういうことですか」



騎士団長は俺がすべて言い切る前にどうやら察してくれたようだ。だがルナとアイリスがよく分かっていなさそうだったので続きを話す。



「もし襲撃した犯人たちが何らかの方法でその不穏な気配の原因を発生させたのだとすれば、今このタイミングで王女殿下から離れるのは危険かもしれません」


「私たちが街の防衛に戦力を割いて、殿下の警備が一番手薄なタイミングで再び襲撃を行う。あり得る話ですね」


「ですから、危険ではありますが王女殿下には私たちと共に来ていただくのがまだ安心できるかと」



俺がそのように提案すると騎士団長は腕を組んで考え始めた。俺の言ったことはあくまで可能性の話で今の段階では高いとも低いとも言えない。だからどちらの方がより危険なのかは騎士団長の判断に委ねようと思う。



「殿下、前線では何が起こるかは分かりません。殿下の身に危険が迫ることも十分にあり得ます。それでも我々と共に前線に立たれるという覚悟がありますか?」


「もちろんです。元からその覚悟はしています」


「...分かりました。では王女殿下を共に前線にお連れいたします。前線では必ず私かオルタナ殿の近くに居てください。これは絶対です」



アイリスは真剣な騎士団長の目を見ながら深く頷く。




こうして突然の緊急事態に俺たちは魔物たちの侵攻から街を守ることとなり、急いで準備を整えて防衛ラインである市壁へと向かって走り出した。




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