第36話 ピクニック気分

そうしてついにやってきた翌日。

俺たちは街からほど近い森へとやってきていた。



昨日からずっと楽しみにしていたアイリスは朝から俺たちを急かして一刻も早く出発しようとまるで遠足前の子供のようにはしゃいでいた。そのため予定よりも1時間も早くこの森へとやってきていた。



「こんな少人数で街の外に出たのは初めてだわ~!!」


「ちょっと殿下!あまり遠くへ行かないでください!!」



アイリスは初めてに近いこのような自由行動にテンションが上がり、今この瞬間は王女ではなくどこにでもいる一人の女の子になっていた。


そんな彼女を騎士団長は街を出てからずっと不安そうに監視していた。



「オルタナさん、本当にこのままいつものように魔法を教えてもらっても大丈夫なのでしょうか?」


「まあ、王女殿下がそれを望んでいるのだから問題はないだろう。それに怪しい気配も今のところはないから心配する必要はない。だが常に警戒は怠らないように」



隣にいるルナが小声で心配そうに改めて確認をする。彼女がそう思う気持ちはよく分かるが、ここまで来た以上はアイリスの機嫌を損ねないように魔法を教えるほかない。


もし彼女が怒って突発的にこの森で単独行動でもされるほうが面倒だからな。



「では、今からいつも通りの方法でルナに魔法を教えていこうと思います。ルナと王女殿下、大丈夫ですか?」


「は、はいっ!大丈夫です!!」


「始めてください、オルタナ様!!」



何だかこの雰囲気だとアイリスにも魔法を教えるような感じになっているが...まあ仕方ないか。そうして俺はルナに前回の続きから攻撃魔法を教え始めることにした。



「ではいつも通り的を作るからルナは以前教えた通りに中級の攻撃魔法を使ってみてくれ」


「分かりました!」



そう言って俺は土魔法で大きい的をいくつか作り出した。ここ最近の彼女の成長に合わせてこの的の強度も最初の頃よりも徐々に強くしているのだが、今では最初のおよそ3倍ほどの強度にまで上げている。



「ではいきます!メガフレア!!」



ルナは的の前に立つと意識を整えて火属性の中級魔法『メガフレア』を放った。魔法が的へと着弾し、周囲にはかなり強い爆風が吹き荒れる。


彼女の放った攻撃魔法は最初の頃とは見違えるほどの威力を発揮していた。



「オルタナさん、どうでしょうか?」


「ああ、前よりも威力が上がって安定性も増している。イメージの構築がかなり良くなっている証拠だろう」


「ありがとうございます!!」


「あのー、ルナ様は確か元Sランクパーティにいらっしゃったのですよね?」



するとその様子を見ていたアイリスが不思議そうに手を挙げて質問をしてきた。律儀に手を挙げて質問をする癖は変わらないのだなと少し口元が緩みそうになるが、今の身体にはそのそも緩む口がなかった。



「は、はい!その通りです!オルタナさんとパーティを組む前はSランクパーティに在籍していました」


「...ルナ様の魔力量と魔力制御の技術はかなり高いと思います。しかし失礼を承知でお聞きするのですが、攻撃魔法の構築がその...Sランクとは思えない不安定さなのはどうしてなのでしょう?」



どうやらアイリスは一回見ただけでルナの問題点に気づいたようだ。


流石は昔、学年主席だっただけはある。

もしかしたら今は学園で一番になっているのかもしれない。



「ええ、仰る通りです。彼女の魔力量と魔力制御の技術は文句なしに素晴らしいものを持っており、攻撃魔法以外に関してはSランクに相応しい実力を持っていると思います。ただ彼女は攻撃魔法に関してのみイメージ構築が上手く出来ず、どうしても不安定になってしまっているのが現状なのです」


「なるほど、それは冒険者としてはかなり致命的ですね」


「ですが、今の彼女は教え始めた頃に比べて見違えるほどに成長しています。私はこのまま練習を続ければ攻撃魔法に関してもSランク相当の実力に辿り着けると思っています。もちろん私の想像を超えてくる可能性だって秘めているでしょう」


「オルタナ様にそこまで言わせるなんて...ルナ様、私あなたにとても興味が出てきました!」


「えっ?!あ、ありがとうございます...?!」



アイリスはルナの手を掴んでキラキラとした瞳を彼女に向けていた。突然手を掴まれたルナは戸惑っていたのだが、どこか少し嬉しそうな感じがしたのは気のせいだろうか。


それからはアイリスもルナの練習に加わって攻撃魔法の訓練をし始めた。隣でアイリスが手本として魔法を放ったり、アドバイスや試行錯誤など二人で楽しそうに頑張っていた。


たまに俺が二人にアドバイスや新しい技術を教えて、それを元に二人で和気あいあいと練習し始める。なんだか予想外にも二人はいい関係を築いていけそうな雰囲気だ。



「こんなに楽しそうな殿下は久しぶりに見ました」


「そうなのですか?」



俺が少し離れたところから二人の様子を見ていると騎士団長が隣へとやってきてしみじみと彼女たちを見ながら呟いた。



「昔、学園に入学して少し経った頃は今みたいにとても楽しそうで毎日学園に行くのを楽しみにしていました。しかしとある事件をきっかけに慕っていた方が学園を去ったころからあまり楽しそうな姿を見たことはありませんでした。なので少し今の王女殿下を見ていると少し嬉しくなりますね」


「そうなのですか...」



俺がいなくなってからそんな感じになっていたのか。

何だか少し申し訳ない気持ちが湧きあがって来る。



そして太陽がちょうど頭上に差し掛かったころ、騎士団長がアイリスに声をかける。



「王女殿下、そろそろお昼になりますので一度お屋敷に戻って昼食にしましょう」


「もうそんな時間?!やっぱり楽しいと時間が経つのは早いわね」


「では行きましょうか」


「アレグ、ちょっと待った!」



するとアイリスは街へ戻ろうとする騎士団長を呼び止めて戻って来るように促す。どうしたのかと不思議そうな顔をして戻ってきた騎士団長を前にアイリスは少しドヤ顔で俺に声をかける。



「オルタナ様、あれをお願いします」


「...分かりました」



俺は昨日、こっそりと彼女に言われた通りに事前に買っておいた昼食を異空間から取り出して目の前に並べる。この光景を見た騎士団長はどうやら状況を察したようで大きなため息をついた。



「まさかここでお召しになるおつもりですか?」


「ええ、もちろん!ピクニックのようで楽しいじゃないですか」


「はぁ、分かりました」



もう反論する気力も騎士団長にはなさそうですぐに認めていた。その後、彼は俺に小声で「昼食の件、先に言っておいてください」と少し怒られたがアイリスに口止めされていたと言ったらまたもや何も言えずにため息をついていた。



「わぁ~!とても美味しそうなものばかりですね!!」


「ええ、美味しいと評判のお店のものを買ってきましたから好きなだけ食べてください。ルナも遠慮しないで食べていいぞ」


「お、王女様と一緒に食べても大丈夫なんでしょうか...?」


「もちろんです!ルナ様も一緒に食べましょう」



そういうとアイリスは俺の敷いた多くな布の上に座ってとても美味しそうに並べられた料理を食べ始めた。その隣に座ったルナも恐る恐るではあるが料理に手を伸ばして食べ進める。


一方で騎士団長はそんな彼女たちを見守るだけで側でずっと立っている。俺も座っているだけで食べてはいないのだが、彼の分の昼食を買っているので食べないのかと尋ねる。



「騎士団長は食べないのですか?」


「いえ、私は結構です。騎士として殿下と並んで食事をするわけにはいきませんから」



そういって並べられている料理に背を向けて辺りの警戒を続ける。

おそらくお腹は減っているのだろうが...真面目な人だな。



「アレグも遠慮しないで食べるべきよ。お腹が減っていては必要な時に力が出ないなんてことになったら大変でしょう?」


「ですが、殿下...私は...」


「私が良いって言っているのだから、早く座る!」


「わ、分かりました...」



強気なアイリスの言葉に完全に負けた騎士団長は地面に広げられた布に渋々腰を下ろした。そしてゆっくりと並べられた料理へと手を伸ばして口へと運ぶ。



「う、美味い...」


「でしょ~!オルタナ様が選んできてくれた料理素晴らしいわよね!」


「ええ、そうですね」



騎士団長はアイリスとともに食事を取るという慣れない状況に戸惑いながらもゆっくりと食べ進める。その様子を微笑ましそうにアイリスは見ながらルナと楽しそうに談笑して食べ進めていた。



「オルタナ様は食べないのですか?」


「私は人前で食事を取らない主義でして。気にせずお食べください」


「そうなんですね、でしたら一緒に座ってお喋りだけでもしませんか?」



俺はそんなアイリスの気遣いを素直に受け取って彼女たちと共に料理を囲むように座った。そんな様子をルナもアイリスも嬉しそうに笑顔で見つめていた。



「そういえば、オルタナ様はずっとその仮面は取らないのですか?」


「ええ、これも人前で取らないようにしているのです。どうかその点だけはご了承ください」


「いえ!不満とかではなく、ただ気になったものですから。私はそのままのオルタナ様でも全然構いません!」


「ありがとうございます」



そうして俺たちは楽しく談笑をしながら森の中でのピクニックを楽しんだ。アイリスはもちろん、ルナも緊張はしていたが少し楽しそうなところが見れて良かった。


しかし食事の間も、その後の練習の間も一日ずっと周囲の警戒を続けていたが俺たちが屋敷へと戻るまで何も怪しい奴らの気配一つ感じることはなかった。





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