第21話 ドラゴンの長


ドラゴンと俺たちの間に無言で重苦しい時間が流れていく。相手の出方次第では即戦闘になっても大丈夫なように常に警戒し続ける。


そしてついに1匹のドラゴンが口を開いた。



「...はぁ、それに関しては今のところは不問としよう。若い奴らとはいえ、6もの同胞を倒せる者に下手に手出ししては我々への被害も甚大なものになろうからな」



1頭のドラゴンの発言に隣にいたもう1頭のドラゴンも無言で頷いていた。理性と感情を天秤にかけた上でしっかりと他の仲間への被害も考えた合理的な判断が出来るとは、このドラゴンたち相当長い時を生きている個体なのだろう。


俺の後ろで震えていたルナもこの言葉を聞いてほっと安心していた。



「では、その6頭ものドラゴンがここを出て人を襲っていた理由を知りたいのだが」


「...それは我らの口からは言えない。我らドラゴンの至宝に関わる問題ゆえ、簡単に部外者に伝えることは出来ないのだ」


「こちらもドラゴンの被害で苦しんでいる者たちが多くいるのだ。はい、そうですかと手ぶらで帰るわけにはいかない」



互いに譲れないものがあり、再び無言の睨み合いが始まった。先ほどの発言からドラゴンたちが次々と生息地を離れて人を襲っている明確な原因があるようだし、それが分かった以上引き下がるわけにはいかない。




何十秒経っただろうか、両者間での睨み合いが続いていたのだが一向に折れる気のない俺たちの様子を見てついにドラゴンの方が折れることとなった。



「...はぁ、分かった。長に伝えるだけ伝えてみよう。我らが出来るのはそれまでだ。それ以降は長の考え次第だ」


「分かった、今のところはそれでいい」



そう告げると片方のドラゴンが翼を大きく広げてどこかへと飛び去って行った。長というのはここに住むドラゴンを統率している古龍のことだろう。


古龍と直接話せる機会があるのであれば情報を引き出せる可能性が高くなるかもしれない。やはりこういう時は一番偉いやつに聞くのが手っ取り早いからな。


するとルナが俺の耳元に近づいて小声で話しかけてきた。



「あのドラゴンさんが言っていた長ってオルタナさんの話していた...古龍ですか?」


「ああ、そうだ。俺も古龍についてはここのドラゴンをまとめる長というぐらいしか知らないが、長き時を生きる龍なのだから他の個体とは比べ物にならないくらいの能力と知能を持っているだろう」


「お、オルタナさんでも古龍には勝てないかも...ってことですか?」


「さあ、見たことがないから何とも言えない。だけど負ける気はない」



もちろんルナの言う通り、勝てない可能性も十分にあるだろう。なんせ古龍というのはこの世でトップクラスの実力を持つ存在だ。


以前、王立図書館の中でもかなり古い文献を読んだときにも古龍の記述があった。多くは語られていなかったが、古龍を神として崇めていた人たちもいたようなので神の御業に近い強大な力を有している可能性もあるだろう。


まあ結局は戦わないに越したことはない。平和的に古龍と話し合いで解決出来るのならばそれが一番だ。





そうして待つこと数十分、暇を持て余していた俺たちの元にようやく先ほどのドラゴンが帰ってきた。



「我らの長がお主たちとの会って話したいそうだ。付いて来るがいい」


「分かった、ついて行こう」



そうして俺たちはドラゴンの案内で古龍の元へと向かうことになった。空を飛んで移動する彼らに合わせて俺らも飛行魔法で飛んでいった。


道中この地に住まう様々なドラゴンたちがこちらを見ていたのだが、怒りに満ちた目や警戒心が滲み出ているような目ばかりであった。


しかし歓迎されていないにしても怒りを向けられているのはどういうことだろう。俺が彼らの同胞を殺したという話がもうすでに広まっているということなのか?だがそれにしては早すぎるが...


俺は最悪の状況を考えて常に周囲を警戒するよう心掛けることにした。




そうしてドラゴンたちの後についていくこと数分、俺たちは火山地帯の中央付近にある巨大な火山の中腹にあるドラゴンも余裕で入れる広さがある洞窟の前へと到着した。


先頭を飛んでいた2頭のドラゴンたちは洞窟の入り口に降り立つとそこから洞窟の奥へと徒歩で向かっていった。俺たちも洞窟前に着地して急いでその後を追いかける。



さらに洞窟の奥へと進むこと1~2分、俺たちは非常に広いドーム型の空間へと辿り着いた。そこにはマグマが至る所から流れ出て川や池などを形成している。そしてその空間の中央には案内をしてくれていた2頭のドラゴンよりもさらに一回り大きなドラゴンが鎮座していた。


そのドラゴンの存在感は今まで見て来た他のドラゴンと比べ物にならないくらい強大で、一目見ただけでこいつがここを統べる長:古龍だということが明確に理解できた。



「長、先ほどお伝えした者たちを連れてきました」


「...」



案内してくれたドラゴンの1頭が古龍に声をかける。古龍はこちらの方をじっと見つめるだけで特に反応を示すことはなかった。



「お主たち、長の元へ行くがいい」


「...行っても良いのか?」


「ああ、問題ない」



俺たちは言われるがまま古龍の元へと歩いて向かった。案内をしてくれた2頭のドラゴンたちは入り口付近から動くことなく、まるで門番のようにそこに佇んでいた。



「お初にお目にかかる、ドラゴンの長。俺は冒険者ギルドから依頼を受けてきたSSランク冒険者オルタナだ。こっちは同じパーティで活動しているルナだ」


「よ、よろしくお願いします!」


「...」



俺たちは古龍の元へと辿り着いたがあちらから特に反応はなかったのでとりあえず自己紹介をすることにした。だけれどもそれでも古龍からの反応は特にない。


これ、寝てるとかないよな...?



「話は聞いていると思うが、俺たちはこの地から多数のドラゴンが人里に飛来して多くの人たちを襲っている原因を調べるためにここへ来た。何か知っているのであれば教えて欲しい」


「...」



話を進めて本題についても話してみたのだが、一向に古龍からの反応はない。何か喋れない事情でもあるのか、それとも喋る気がないのか俺には分からないがしばらく返答を待ってみることにする。


そうしてしばらく無言の時間が続いた後、ついに古龍の口が開いた。



「.........オルタナ、と言ったか。お主は我らが同胞を殺したようだな」


「ああ、その通りだ」


「...」



その一言を話して古龍は再び黙り込む。だが先ほどまでと違うのは俺が返答をした直後から古龍から放出される魔力によるプレッシャーが激増したのだ。先ほどのドラゴンのものとは比べ物にならない魔力量で常人なら一瞬で意識を刈り取られて絶命するほどである。


だが俺は瞬時に自らも魔力を開放してプレッシャーを放ち、古龍から放たれる圧にぶつけて隣のルナに被害が及ばないように中和させた。それに気づいた古龍はさらにプレッシャーを強めていくが、俺もそれに合わせて強めていき常に拮抗させた状態に保っていく。



しばらく魔力の圧による無言の攻防が続いたのだが、あるとき突然古龍が強大な魔力によるプレッシャーを一気に解いてついに口を開いた。



「ガッハッハッハッハ!!!!!いやいや、突然すまない。お主がどれほどの力量を持っているのかどうかこの目で確かめてみたくてな」



いきなりの態度の変わり具合に調子が狂うがどうやらとりあえずは敵対ということにはならなさそうで少し安心する。



「オルタナとルナ、よくここまで来た。我はこの地のドラゴンを統べし古龍、名をリヴェーニティ。二人を歓迎しよう」


「歓迎感謝する。だが、いいのか?そちらの同胞を殺したのだが」


「それに関してはわしから何か言うことはない。奴らが自らの意思でここを出て人を襲いに行ったのじゃ、それで返り討ちにあったというのであればそ奴らが未熟だったまでのこと。まあ、お主たちがこの地で殺戮を行うというのであれば話は別じゃがな」


「無論、そちらが攻撃をしてこないのであればこちらが攻撃をすることはない。しかし何も言うことがないと言ったが、他のドラゴンたちは俺たちのことを憎らしそうに見ていたぞ」


「ああ、それは別件じゃよ」



別件...?同胞を殺された以外に俺たちに対して怒りを向ける理由があるというのか。もしかしてドラゴンがここを出て人を襲うことと何か関係があるのかもしれない。



「もしかして、それはドラゴンたちが人を襲っていた理由と同じなのか?」


「...そうじゃな。一部の者が迷惑をかけたお詫びとしては何だが説明するとしよう」



そう言うと古龍は少し前にこの地で起こった事件について話し始めた。






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───今からおよそ2か月前、とあるドラゴン夫婦の元に待望の子が卵から孵った。


ドラゴンは長命で生命力が強い反面、繁殖欲求が少ないため滅多に子が生まれることがない。そのためドラゴンにとっては子というのは至宝とされている。そのため、今回生まれた子もその夫婦だけではなくこの地に住まうドラゴンたちにとっても大切な子であった。


そして子が卵から孵ってから数日が経ったある日の朝方、両親が目覚めると一緒に寝ていたはずの子が忽然と姿を消してしまっていることに気が付いた。両親は慌てて周囲を探すが見つからず、他のドラゴンたちも手分けしてその子の捜索に当たった。


だがどこを探してもその子は見つからず、ついに両親は長に相談することにした。長に子がいなくなったことを伝えると、長は魔法を使ってその子の足取りを辿ろうとした。


すると魔法を使って分かったことはその子は自力でどこかへと行ったのではなく、寝ていた巣から忽然と消え去ったという何とも不思議な事態が起こっていということだった。


長はより詳しく当時そこで何が起こったのかを念入りに調べることにした。そしてかなり難航したが、ついにその子が人によって連れ去られたということが分かった。


連れ去った者は何やら高位の魔法遺物(アーティファクト)を使用して気配を完全に消してこの地へと侵入し、ドラゴンの子を捕獲。そして魔法遺物による空間移動で一瞬にしてどこかへと消え去った。


この事実に激怒したドラゴンたちは攫われた子を取り戻すべく人の住まう地を襲ってしらみ潰しに探そうとする。しかし長はそのような短絡的な行動は止めるよう告げるが、一部の若いドラゴンたちは人への怒りを抑えきれずに勝手に飛び出して人を襲い始めたという。






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「一部の若い者が人を襲っているのもこの地の者がお主たちに怒りの目を向けるのも、すべては子を大切に思っているが故なのじゃ」


「...なるほど」



つまりすべての元凶は俺たち人側にあったという訳か。

どこの誰かは知らないが余計なことをしてくれたものだ。



「誰かは分かりませんが、そんなことをするなんて許せない...!」


「そうだな、これは由々しき事態だ」



俺とルナは顔を見合わせて互いの思いが一緒であることを確認する。これから俺たちのやるべきことは決まったようだ。



「ドラゴンの長よ。その件、俺たちも解決に協力しよう」


「わ、私も!お子さんを助け出すのにぜひ協力させてください!!」


「それは願ってもない申し出じゃ!なにせ魔法遺物でかなり遠くに逃げられてしまっているようで、我にも追跡できんくてな。まさに人の手も借りたい状況じゃ」



そうして俺たちは何者かによって連れ去られたドラゴンの子を救い出すべく動き出すことになった。俺たちは直接は無関係だが、誘拐犯と同じ種族であるからと言ってドラゴンたちに敵対されるわけにはいかないからな。


一刻も早くドラゴンの子を助け出して人とドラゴンの両者に平穏を取り戻す。今回の依頼は思った以上に大事になっていきそうだ。




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