File63:Doomsday(16)
一方は大振りかつ乱雑なる剣技を扱う巨体の幽鬼、もう一方は外見とは裏腹に洗練された技術で迎え撃つ半獣。水路の上という状況も相まって、古文に語られる五条大橋の対決を思わせる。
上井戸の荒療治によって少ない時間で技術を体得した破堂の『受け』に、
それはつまり今まで判断の数割を頼っていた五感を失うと同然。目がなければ我々は多くの情報を認識できなくなる、それと同様の状態に陥っていた。
鉄塊の如く太い剣と、白いガラスのようなオーラの爪が何度もぶつかり合って独特の音を奏でる。
周囲は弾きによってそらされた剣がぶつかったことによってボロボロになっていき、だんだんと足元が悪くなる。
(まだ隙が見えないけど、攻撃が随分と大雑把になってきてる。もう少しかな……)
上井戸のそれとは違い、重みが直に伝わってくるためこちらもそれなりに消耗させられる。しかし受けるよりは十二分に楽だ。
再度振り下ろされる一撃を弾く、勢い余ったのか能天使の後方へと剣が引っ張られる。
「今か!」
懐に飛び込むと、右手を左腕の剣に当てようとする。しかし危険予知が反応したのか、身を捩って左腕を自分から遠ざける。
(なら……!)
「ちぃッ!」
咄嗟に右手を胴体の鎧に当て、破壊する。
露出する能天使の身体、右肩にはあの禍々しい
そして彼の胸元にも偽神聖痕があることを確認する。やはり仮説は正しかった。
「たかが鎧程度ォ!」
能天使が剣の振るい方と言うよりは薪割りのような、もしくは大根切りのように左腕を振り下ろす。
「はぁっ!」
半ば横殴りにそれを逸らす。もはや当てることだけを目的にしていたが為に勢いを殺す事を忘れたのか、左腕が深々とアスファルトへと突き刺さる。
「貰ったッ!」
飛び上がって、無力化する為に左腕へと爪を振り下ろす。
「……ッ舐めるなァ!」
能天使も負けじとすぐさま形態を変化させてアスファルトから腕を抜く。
正面、爪。危険予知がそう告げている。力天使が俺に遺したモノが忠告する。
避けろ、と本能も騒いでいる。間に合わない、と直感がそう言い放つ。
だが自分の体がそれを聞かない。地下闘技場でわざわざ避けずにパンチ打ち合ったあの時のような、命すら投げ出す勢いの勝負をしているようなあの感覚。
「オオオオオオオ!!!」
叫ぶ。自分が狂戦士にもなりきれないバケモノだとしても、己の最後の矜持の為に。
依然と迫る半獣の爪、もはや己の迎え撃つ攻撃が間に合わないことがわかっていた。
そして――
その決戦を誰もが戦いながら見ていた。超捜課も、陸自隊員も、階音も、
背中合わせに立つ幽鬼と半獣。一体どちらが倒れるのか、観衆は固唾を呑む。
そして、金属音を立て能天使の腕が落ちる。切り口から血が吹き出し、幽鬼は膝を着いた。
「僕の勝ちだ、能天使。今なら君の腕を治す手もあるし、これ以上苦しむ必要も無い。だから……投降して欲しい」
背中に爪を突きつけ、己のもう1つのエゴを遂行するべく言葉を紡ぐ。
「君は僕を許さないかもしれない、でも僕は君を救いたい。これはエゴかもしれないけれど――」
「黙れ……」
「能天使?」
「黙れェ! 貴様の情けを貰うぐらいなら……戦いの中で討死するのが俺の矜持だ!」
周囲に散った血や鉄粉、そして今も傷口から流れ出つつある血が動き出し 、能天使の体を再び覆い始める。
「この腕の恨み、覚えておくぞ……お前は俺を逃がしたことを後悔することになる!」
そう言って水路へと消えていく、急いで橋の欄干から舌を眺める。だが追おうにも、水音と共に沈んでしまって既に姿を見ることは叶わない。場に残されたのは落とされた彼の腕だけだった。
「ダメだったか……」
狼男も解除され、決闘が終わったことを感じつつ深く暗い水路を見つめる……が、
「何を感傷に浸っとる小僧! 復帰早々だが作戦中だ! 加勢せんかァ!」
自分の前方から鍵崎の怒号が飛ぶ、見ると警察官や陸自の人々が築いた肉壁の向こうには意思なく刑務所へと襲い来る名も知らぬ人々が見える。
「はい、すいません!」
「謝罪はいい! あと二十分稼ぐんだ!」
「はい!」
前方の人の波へと走っていく。今能力は使えないが、組み伏せる程度なら自分にもできる。
■■■
屋上の綴の周りを、『言霊』による黒いエネルギーが取り囲む。
彼女の能力『言霊』は災級にはならないものの、1級である事には違わずその力は世界を捻じ曲げる事が出来る程度には強力である。
そしてそれは智天使の能力に対する完全なる上位互換であるが……智天使はそれに気づくことは無い。
特殊対策課の他の面々と違い、彼女は「雇われている」のではなく「保護されている」。その能力の特性上、もし行使の結果世界に影響を及ぼす場合、とある政府関係者と氷川と本人の三名の合意によりそれが許可される。これは決して表に知られる事の無いものだ。
「塗りつぶし、あと少しですね」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、しかしながら自分の力量を弁えないものに虎穴は死地なのだ。
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