File62:Doomsday(15)

「破堂 甲矢だと!? 馬鹿な、排除したはずだ!」

 厄介な戦力として能天使エクシアを操作して排除させていたはずの存在の出現に動揺する。

「クソッ……いくら単騎火力が強くとも所詮は役立ず、襲撃程度では殺しもできないのか!」

 机を強く叩く、強く拳を握りしめたために智天使ケルビムの手のうちから血が滲む。

座天使スローンズ熾天使セラフィムを向かわせろ! 何がなんでも奴らを倒す!」

『残念ですが智天使、熾天使は拒否しています』

 電話の向こうの声は冷静にそう告げる。

「なぜだ!」

『「俺の出番は次、今出ちゃ面白くない。偵察で十分だ」と』

「ッ! もういい!」

 癇癪のままに携帯を叩きつけて壊す。

「まぁいい、物量が最後にものをいう……戦いは数だ!」

 モニターに向き直り、智天使は改めて状況を見据える。


 ■■■


 数分前

「もうすぐだよ、南の方に出るけど合ってる?」

 通路の先が明るくなっていくと同時に、周囲が騒がしくなっていくのを感じる。

「ドンピシャです」

「それならよし。ちょっと見てくるね……」

 上井戸がハシゴに昇って周囲を見渡すのを待つ。

「あっ! アイツアイツ! エディンバラ!」

「能天使が!?」

 その名前を聞いた瞬間、左半身をオーラが覆う感覚が走った。

「おおすごーい、かっこいいじゃん。相手に罪数えさせそう」

「そんな立派なものじゃないですよ……とりあえずお世話になりました。僕は行きます」

「頑張って! 今の君なら勝てるはずだよ!」

 後ろから飛んでくる激励に押され、勢いよく水路から飛び上がった。


「あれは……不協ちゃん!」

 能天使が階音を掴みあげている光景が目に入る。同時に六日前、水に堕ちる前の最後の光景を思い出す。二度と繰り返すものか。

 もう傷つけさせはしない。

 全力で飛びかかると、階音を掴んでいる鎧の右手目掛けて爪を振り下ろす。

「貴様ッ!」

 自分を見て驚く能天使。だがそれよりも落下中の階音を救うべく振り返ると、右腕で落ちてきた階音を抱きとめる。

 近くで金属の腕が落ち、それが粒子に分解され能天使の元へ戻っていく。

「怪我は無い? 遅れてごめんね」

 腕の中の階音に声をかける。

「遅いっての……!」

 泣きそうな表情と、枯れかけた声で階音が応える。申し訳ないことをした。六日も生死不明だったのだから。

「いろいろ謝ったりしたいけど……それは後で。今は僕が、アイツを倒すよ」

 近くにいた警官に階音を任せようとすると、腕を掴まれて止められる。

「またいなくなったら許さない。……渡したいものあるから」

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるよ」

 頭を撫でて、後を任せてから能天使に向き直って向かっていく。相変わらず幽鬼のような風貌が恐ろしい。

「破堂、甲矢……!」

 近づいて行くにつれ兜から覗く血走った両の眼が己を見つめているのが見える。

「僕は、お前と戦う必要が無いとはまだ思ってる」

 能天使が聞いているかは分からないがそう告げる。あまっちょろいと言われるかもしれない。けれど、せめてこれ以上彼が社会の敵になる前に止めたいという思いがあった。彼は神世の被害者でもあって、社会の被害者なのだ。

「……けど、お前を許す訳にはいかない理由ができた。だから、お前を討つ!」

 上井戸の依頼なんて二どころか三の次だ。階音や警察官の人々をここまでボロボロにしたことが、一番許せない。だからこそ、今ここでもう一度雌雄を決するべきだと決心した。

 結局どちらにせよエゴだ。救いたいと思う気持ちも、今ここで倒そうとする怒りも。だけどもう迷わない、そう決めたのだから。

「破堂 甲矢ァァァァ!」

 左腕を巨大で鋭利な刃物に変えて突撃する能天使。以前なら避けるか、どうにか防御して鍔迫り合いに持っていっただろう。

 振り下ろされる剣を爪の甲で思い切り跳ねあげる。金属が打ち鳴らされる高い音と共に、振り下ろされた刃が大きく己から逸れる。

「何ッ!?」

 得物が大きければ、弾かれた場合の反動はそれに比例する。バランスを崩しかける程度に留まったものの、能天使には明らかな動揺が見えていた。


 力押し、押し潰し、叩きつけ。それで勝ってきた。今は力天使ヴァーチェの力を受け継ぎ死角は無いはずだ。

 だがそこに生じた綻び、宿敵の行動に反応ができない。力天使の能力が反応しないのだ。

(これは『危険』ではない……!?)

 半ば狂いによって戦っていた能天使に思考が戻る。

「妙な小細工をォ!!」

 めちゃくちゃに剣を振るう、いつか潰れるはずだ、持つはずがない。能天使の経験ではそうだったはずだった。

 しかし攻撃は的確に弾かれ、むしろ変な方向へ勢いを逸らされたことで体力を消耗させられる。

 二度も負ける? また自分と力天使が踏みにじられねばならないのか?

 嫌だ、そんなのは不条理だ。こんな、こんな恵まれている奴ばかりが勝ちを掴み取るなんて。

 もはや智天使のコントロール下から脱していた能天使は、人を捨てバケモノに成り下がってなお、狂戦士バーサーカーにすらなれない無様な自分を認識しかけていた。

「認められるかァァ!」

 繰り出される大振りの一閃。しかしそれすらも『破壊』が実体化した爪に弾かれた。


 もし照井がこの戦いを見ていれば、一介の武術家として取り入れるべく見入っていただろう。それほどまでに、たった五日で鍛え上げられたとは思えぬほどその技術は一つの完成に至っていた。

 そして破堂が能天使を引きつけることで、南ブロックは体勢を整える余裕を与えられることとなる。

 既に開戦から三十五分が経過し、綴による反撃の完了までは四十分となる。有限な体力で戦う特殊対策課に対し、今だ『生者の川』は尽きる事がない。


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