本編続編────第21話 帝国側
今回の訓練は、奇妙なことが多かった。
わざわざ国境付近までやってきて、隣国を刺激するような訓練など、近年は行っていなかった。
そして、騎兵や歩兵だけではなく、魔道士の人数が異常に多い。
彼らが一体何をやっているのか、下っ端の兵士にはほとんど情報がまわってこない。
ただ、黒い鎧だけが、魔道士たちの手によって兵卒へ配られていた。
上からの指示があり次第、この鎧を身につけろと。
何やら新しい技術でつくられた鎧だそうだ。
この訓練は、新しい鎧の性能をみる目的もあるらしい。
どうせなら、寒さ暑さを感じない鎧でも作ってくれたら良いのに。
(新しい技術ねぇ)
あの少年の差し金だろうか。
騎馬隊の隊長ルヴォーは、野営地の一画にある黒い天幕を眺めた。
そこへは基本的には誰も近寄らず、呼ばれた者だけが立ち入るという暗黙のルールがあった。
いつのまにか、皇帝の側近として仕えるようになっていた少年の天幕だ。
奇妙なといえば、訓練だけではない。
あの少年が、皇帝のお側にいるようになったのはいつだったか。
たしか厳しい寒さで、領地によっては納税が滞っていた頃だと記憶がある。
つまり季節は冬。
いまは冬の足音が聞こえてきたばかりだから、まだ一年は経っていないということになる。
あの少年が何者なのか、ルヴォーは知らない。
なぜ皇帝の側近にとりたてられたのか、ひとびとの口を流れる噂はどれも信憑性に欠けるものばかりだ。
最初は、反対する者もいたと聞く。
しかし、いまは誰もいない。
実力をもって黙らせたわけではない。
反対するものは、皇帝のそばからいなくなってしまった。
殺されたとか、突然姿をくらましたとか、そんな物騒な話ではない。
病気にふせって跡を息子に任せたとか、国の未来を熱く語っていた武官が体の衰えとともに燃え尽きたように無気力になったりだとか、歳を取れば誰にでも起こりうる話なのかもしれなかった。
そういう事が重なりすぎたな、と、ルヴォーは思う。
帝国の厳しすぎる冬を乗り切るのに、皆が疲れていたのかもしれなかった。
「俺も歳かな……最近は疲れやすくて、いかん」
早く訓練を終えて家族のもとへ帰りたい。
妻の手料理を食べて温かい布団でゆっくり休みたいものだと、ルヴォーは思った。
「えらい回りくどい事をしはりますね」
黒い天幕の中には、長い髪を三つ編みで背中に流した青年が立っていた。
黒いローブを着ている。
青年に問われたのは、黒髪の少年だった。同じく黒色のローブを着ている。少年のローブはずいぶんと使い古された物に見えた。
少年は皇帝の側近というにはみすぼらしく、何も知らない者が見れば魔道士と見習いの小間使いに見えるだろう。
「そうかな?」
少年は、腰掛けたロッキングチェアをキィキィとゆらしながら、首を傾げた。この椅子もまた、手すりの部分が黒く光り、年季の入った色をしている。
青年は肩をすくめた。
「あなた様くらい強ぉかったら、わざわざ呼び出したりせんでも、直接手を下せば良いんちゃいますか、と思って」
それとも。
「キャンディ王女が匿われてはる場所は、あなた様でも入れん場所なんですか?」
少年は考えるように目線を宙にあげた。
「入れなくは、ないんだけれどね。余計な邪魔者を、起こしてしまいそうだから」
そうそう────と、少年は続けた。
「僕の狙いはキャンディじゃないよ」
「え? キャンディ王女を害して中央国に踏み込む事が目的じゃ」
「それはあの『強欲』の目当てだろう? 僕の目当ては『幸運』だ」
にやりと笑う少年。
対する青年は背筋に刃物を当てられたような気持ちになって、身がすくんでしまった。
『強欲』とは、きっと皇帝のことだろう。
『幸運』とは、いったい誰のことなのか。
しかしそれを訊くのも恐ろしくて、ただただ聞くことしかできない。
「それもね、直接狙うことはできないんだ。昔、力と引き換えに、ある呪いを受けてね。『幸運』にだけは、直接の攻撃ができないようになっているんだよ。そこに、僕の意思が介在しなければ、できるのだけれど」
「それは……」
どういう事だと、聞いて良いのかもわからない。
「ちょっと、話しすぎちゃったかな? まぁ、僕は慎重だからね。策を練るんだ。あいつを仕留めるには、あいつのまわりの、より弱いものを狙うことだ。弱点になる者なんて、捨て置けば良いのにね。あいつは、絶対に助けるから。助けるために、刃の前に飛び出すさ。そしたらほら、もう僕の思う壺だ」
ああ。これは、化け物だ。人間ではない事は知っていたが。ターゲットの事を考え昂った気持ちのせいだろうか。目の前の少年から律しきれず漏れ出す魔力にあてられ、冷や汗が止まらない。
「『幸運』が本当に覚醒したら、僕でも勝てるかわからない。僕は、あいつと────。あいつで、遊びたいだけなんだ。本気の勝負がしたいわけじゃないんだよ」
『幸運』が誰かはわからないが、この少年よりも強い存在がいるとしたら、それはもはや神の類だろう。
神々の争いに、人を巻き込まないでほしい。
ただ面白おかしく生きたいだけなのに。
もはやこれ以上、深い話を聞きたくはなかったが、気持ち良く語っている途中で話を終わらせてしまったら、その瞬間に青年の人生も一緒に終わる気がしたので、おとなしく最後まで聞くことにした。
「────だから、覚醒されない程度にね? ちょっかいを出すのが楽しいんだ」
ふふ、と笑う。薄い唇の隙間から、黄ばんだ牙がのぞく。
「わかるかな?」
「はぁ」
神の言うことは全然わからん。と、言える空気では到底なかった。
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