第48話 冬休み明け(2)

「えっ……」


「何で——」


「はい?」


 とは順番に、それぞれくるみ、碧、湊斗があげた声。


 そしてとどめに、ゆきずり三人による愉快でおかしな三重奏を蹴破り、


「やっほー湊斗! 来ちゃった」


 と、女子高生のうち背のちっちゃな方がぴょんと前に出て元気な挨拶をした。


 スクールバッグと萌え袖をゆさゆさ揺らしながらカウンターにぴょこんと座り、鳩が豆鉄砲を喰ったような顔して立ち惚けている湊斗の腕を、人懐っこそうに笑いながらべちんと叩いた。


「湊斗何その顔! ほら、くるみんもおいでー」


「え? う、うん」


 くるみは相槌を打ちながらも動揺を隠せずにまごついていたが、やがて我を取り戻したようにいつもの妖精姫スノーホワイトの優雅な所作でつばめと碧の間の席に座る。


 碧はどうすればいいか分からなかったので、冷や汗かいたまま取り敢えず彼女らとは反対の壁に掛かる絵を見つめることにした。


 その一連の間にようやく再起動に成功したらしい湊斗が、目を白黒させたままつばめに問いかける。


「あの、お二人ってその、仲良かったの?」


「友達だよ。ねーくるみん。……あれ、どうしたの?」


「ううん、なんでもない。つばめちゃんのご友人ですか? 初めまして、楪くるみです」


「はっ初めまして……湊斗っていいます。こいつの幼なじみです」


 くるみはさすがというか、一瞬見せた動揺はまるで幻だったかのように、すでに学校での隙のない妖精姫スノーホワイトに戻っていた。湊斗はそんな姿に目を灼かれているらしく、忘我してぼーっとくるみに見惚れている。ほっぺつねってくれ、なんて頼んできそうな様相だ。ちなみに碧は今もなお絵画鑑賞者になりきっている。


 すっかり空気になりすましていたつもりだったが、ちらっと刹那振り向いて様子をうかがった瞬間、とうとうメニューを取ろうとしたつばめと目があってしまった。


「あれ? Mr.ラブレター?」


「それやめてって言いましたよね?」


 勘弁してほしい。他に客がいなくて良かった、と心底思う。


 幼なじみの謎の発言に、湊斗は我を取り戻したらしい。


「お、二人は連絡取り合えたんだな。にしてもなんだよMr.ラブレターって」


「僕も知らないからこの人に聞いてくれる?」


 渋い面をして言い放った碧に、つばめが追い討ちをかけてくる。


「あれ、忘れちゃったの? 黒い妖精さんって呼び方の方がよかった?」


 言い合いの末に見かねた湊斗が空気を読んで、女子ふたりの真ん前にドリンクメニューを挟んだ。


「つばめ。とりあえず、飲み物注文してくれる? 楪さんもどうぞ」


「あ、うん。くるみん、どれがいい?」


 興味はドリンクメニューに移ったようで、碧はほっと胸を撫で下ろした。すると湊斗がカウンター越しににゅっと近づいて耳打ちしてくる。


「で、黒い妖精さんって何? 妖精姫スノーホワイト様の宿敵かなにか?」


「僕が聞きたいくらいなんだけど」


 黒板をこっそり掃除していたのが由来なのは察せられるが、いくらなんでもそのひどい呼び名はやめてほしかった。くるみがあだ名で呼ばれるのを嫌がるわけが身に染みてよく分かる——彼女はまた別の理由だったけど。


 誰がこの暴走列車を止めてくれるのかなと遠い目をしていると、湊斗が彼女たちの方を横目でじっと見つめていることに気づいた。


「にしても近くで見る楪さんちょっと凄すぎないか? 碧は話したことあったんだよな。あの才色兼備相手にやっぱりお前って恐れ知らずだよ」


「あるけど、凄いってなんのこと?」


「だから美人すぎるって話だよ。雰囲気からして同じ人間とは思えん。まるで芸術品だし眺めてるだけで眼福だろ」

 芸術品ねえ、と声には出さず舌の上で転がす。


「何、やっぱり湊斗も妖精姫スノーホワイト様推しなんだ。親衛隊に入れば?」


「馬鹿言え。確かに楪さんがめちゃくちゃ可愛いのは事実だが俺の最推しはモデルのtsubameだ。彼女を追いかける群衆の十万分の一にすぎなくても俺は構わない」


「僕に耳打ちしないで本人に言いなよ」


「それが出来れば苦労はしないんだよなあ……」


 はぁと心の底からのため息を吐く湊斗。


 どうやら彼も少なからずつばめに気はあるらしい。ということは両片想いということだろうか。それにしてはだいぶ焦れったく拗れている気がするが。


 その時、メニュー冊子を手にしていたつばめが元気よく手を挙げた。


「注文決まった! 私たち、冬季限定のにする。私がバレンタインのラブストロベリーラテで、くるみがシナモンショコラショーね!」


「おーけー。ところで楪さん、つばめに迷惑してない? もし嫌なこと言われたりしたら俺が菓子折りもってお詫びに行くからすぐに言って」


「いえっそんなことないです! つばめちゃんとはすごく仲良くしていただいています」


「もー湊斗は失礼。くるみんはこんなに天使なのに」


 つばめがくるみの華奢な体にむぎゅっと抱きつき、くるみも彼女よりは控えめながら照れたように瞳を細めて仲睦まじそうに抱き返す。

 どうやら仲が良いというのは本当らしい。


 碧の知るくるみはいつも一人だった。決してひとりぼっちではなく、隣に立って釣り合う相手がいない故の孤独と言えばいいのか。皆が和気藹々わきあいあいとしているなかで一人だけ明確に線引きをしているというか。好かれる要素を兼ね備えているから周りにいつも人は絶えないものの、彼らが真の友達といったかんじはしないのだ。


 ほっとしたような、ちょっと寂しいような。カウンターの向こうを見るとくるみの微笑みに湊斗が見惚れていて、何となくむかついたので肘で小突いた。


「って、何すんだよ」


「何となく」


「へんな碧。……そういや、この間の贈り物は喜んでもらえたのか? 結局一緒に見に行って選んだって話だったよな」


「うわっ馬鹿!」


 仕返しな訳はないだろうがそんな話題が飛んできて、碧は思わず罵倒を飛ばした。


「なになにー? なんのこと?」


「碧に彼女ができたって話さ」


「うええ嘘っ! ラブレターはどうなったの?」


 台風みたいな奴らだった。もういっそくるみを白昼堂々拐って帰ろうかななんて思っていたその時、制服のポケットの中のスマホが震える。


 取り出してみると言わんこっちゃない、すぐそこにいるくるみからの連絡だった。


〈碧くん、ここの店員さんと知り合いなの?〉


 確かに、湊斗が同じ学校の生徒だと知らなければそう思うのが当然だ。返信で教えてやると、再びすぐにLINEのトーク画面が更新された。


〈もしかしてあの贈り物、湊斗さんにまで相談してくれていたの?〉


〈そうだけれど……ごめん〉


〈どうして謝るの? たくさん考えてくれたんだと思うと、嬉しいなって。……前に女の子の連絡先は親戚くらいしかいないって言ってたから、つばめちゃんとも連絡先交換してたのはびっくりだけど〉


〈あの後に聞き出されたんですよ。初めて連絡先交換した女の子はくるみさんだから安心してください〉


〈別にそんなこと心配してません〉


 ツンとしたつれない返事。それから続けて、


〈嬉しくないって言ったら嘘になるけど〉


 天然でこういう不意打ちをしてくるのが、くるみの悪いところだと思う。返信しあぐねてスマホをポケットに入れたり出したりしていると、つばめがきゃいきゃいと楽しそうに話しかけてきた。


「なになに? 彼女さんと連絡?」


「いや、だから違うって何度言わせるんですか」


「またまたあ。どんな子か写真とかないの?」


 その時、焦りと動揺が災いしたか。碧の手からスマホがすべり落ちた。


 やべ、と思う間もなく床板にこつんとぶつかり、それを碧より早くつばめがしゃがんで拾い上げ——瞳の色をかえた。


 とてつもない嫌な予感が場を支配する。


「あれ、この通知の名前……トークの送り先ってもしかして……くるみん?」


 一瞬沈黙が降り。


「え。……はぁぁあ!?」


 湊斗が本日何度目か分からない豆鉄砲を喰い、カウンターの向こうでだぼだぼとコーヒーを零す。

 くるみは全く予想外の事態に、思考停止に陥り。

 SNSの有名人かつ友人も相当数いるであろうつばめは驚きに瞳を瞬かせながら、こちらの出方を伺っている。


 ——やってしまった、と思った。

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