エピローグ 空想少女
12月になっても私はまだ就職出来ずにいた。
良い大学に出たからと言って、私が社会に必要な人材とは限らない。
勉強は出来ても他人との接し方がわからない。
企業からスカウトもなければ、面接で内定を貰うことも出来ない。
誰も私を受け入れてはくれない。
どうしょうもなく私は無価値であったのです。
その日もスーツを纏って、午後からのゼミに参加するも私以外は皆私服である。
彼らの会話は卒業旅行のことで持ち切りで、就活など遠の思い出でしかない。
無論、私はその会話に交わることはなかった。
ゼミが終わると私は早々と研究室を出て行った。
先生も私を気にすることはなかった。
最初からいない存在――幽霊のように扱われている。
まあ私がそんな扱いを受けるのは当然のことで、内定を勝ち取った彼らと違い、私はその間ずっとゼミも授業もサボっては趣味である小説を書いていたのだ。
私の夢はどうしても作家になりたかった。
だから大学に入ってからずっと書いてきたのに、夢は叶わなかった。
だって最後まで書ききれなかったから。
私は小説家に向いていない。
阪大の人工池で私は独りで黄昏れていた。
ここで待っていたら、あの人が来てくれるのではないかと期待していたから。
でもあの人はきっと来ない。
だって、あの人は社会で居場所を見つけれたもの。
その考えが喜ばしい反面、私が社会から必要とされないと悲観的になる。
もういっそのこと、この冷たい池に飛び込んで死んでしまおうか。
でも、どうせ私は臆病で卑怯者だから逃げてしまうだろう。
幽霊なのに死ぬことを恐れ、生きることに絶望する。
こんなにも私は寂しくて辛いのに、誰も助けてはくれない。
「フフフ……」
不気味な笑いが漏れ出した。
もう、そうすることで孤独な自分を保つしかないのだ。
「久しぶりに来てみれば独りで何してんだ」
不意に後ろから声をかけられた。
そこにはコートを着たあの人が立っていた。
手にはコンビニ袋が握られ、中身を私に差し出した。
「寒いけどハーゲンダッツ食うか?」
「本当に馬鹿ね。こんな寒い日にアイスなんて」
「別にいつどこで食べようがアイスは美味いんだ」
まったくこの人はエビデンスに欠けるような持論を述べる。
相変わらずの屁理屈、いや馬鹿なだけね。
私は彼からアイスを受け取った。
味はストロベリー味だ。
別に私がこの味が好きではないのに、この人は毎回私に買ってくる。
本当に男って、バカの一つ覚えね。
「で、ここに何しに来たのよ。もしかしてクビになったの?」
「縁起でもねえこと言うんじゃあねえ。ただ、ここに来たいから行ったまでだ」
「そう……」
私はカップを外し、アイスに棒を突き刺すも硬すぎて削り取れない。
「これじゃ凍りすぎて食べれないじゃない!」
「なんでい。これだからお嬢様は……。せっかく阪大に合格するぐらいの脳みそなんだから、少しは頭を使ったらどうなんだ」
「だったらあなたはどうやるっていうの!?」
私の問にこの人は考える間もなく、答えを見せた。
カップを外して、ソフトクリームのように豪快に舌でアイスを舐めたのだ。
ハーゲンダッツという高価な代物を、そのあまりにも下品な食べ方に私は外道の眼差しを向けた。
「ほら、こうしたら食えっぞ」
「嫌よ。そんな食べ方なんて」
「みっともなくても食えたら良いんじゃねえか?」
彼の無粋な言葉が無性に私に苛立たせる。
「みっともないなんて良い訳がないじゃない!」
「……まあ、みっともないことがない方法があるなら、それに越したことはない。だが、そればかり囚われると失敗したとき立ち直るのに苦労するぞ」
彼はそれ以上語ることなくアイスを舐め続けた。
私もどうするか悩んだ挙げ句、彼と同じように食してみた。
すると、最初のひと舐めで私の舌はアイスに引っ付いた。
それを見た彼は、声に出して笑っていた。
私は言葉にならない声音で彼に文句を言う。
ついでにメガトンパンチも繰り出した。
「みっともなくても良いじゃあないか。こうして笑えるのだから」
笑いものは真っ平ごめんよ。
次第に彼の笑い声が弱く途絶えると、ポツリと呟いた。
「本当に怖えのは、みっともない状況になっても周りも自分も笑えないことだ」
その横顔はとても寂しそうに私には見えた。
「僕の働いている所を見てみろよ。マジで悲惨だぞ」
そうやって彼は場の空気を下に戻そうとする。
私も応えようとアイスから舌を離した。
「私はあなたのようになりたくない」
「それで良い。その方がよっぽど人間らしい」
「らしいって何よ。私は人間よ」
「本当にそう思っているのか? どうせ心の底では自分は人間じゃないとか思ってるだろ」
「…………」
それから彼と少しは話したあと別れた。
また会えるかどうかは分からない。
次に会うときは少し良い方向に進めるように頑張ろう。
「人間じゃない――――それは普通とは違う生き方。その先を目指しているからこそ、どうしても上手くいかない。だって、正解がない生き方なのだから……」
私は彼が最後に伝えてくれた意味不明な言葉を口にする。
でも、なんとなく伝えたいことは分かる。
私が選んできた道と同じ道を選んだ人は他にいない。
今の選択や生き方が正しいなんて分からない。
選んできた足跡を否定したくない。
じゃないと私――――。
「このまま何者にもなれず消えちゃう」
そんなのは嫌だ。
私は時計を見た。
まだ大学付属の図書館は開いている。
駆け足で大学内をくぐり抜け、図書館に向かう。
今、私は小説を書きたくて仕方がない。
現状を変えたくて。
未来を勝ち取りたくて。
なにより、自分らしく生きたいから。
四年間利用してきた自習机に座り、ノートパソコンを開いた。
キーボードの文字はところどころ消えている。
私は書き上げれなかった物語の結末ではなく、続きを再び書き始めた。
なりたい自分になるために。
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