クイズ AKIKO DE Show

ゆでたま男

第1話

「隣の田中さん、連休を利用して海外旅行

に行くんだって」

秋子が言った。

テーブルの上には、どれも手の込んだ料理が並んでいる。結婚してからというもの、秋子が家事に手を抜いたことは一度もなかった。

「ふーん」

金曜の夜。正夫は、ビールを片手にテレビを見ながら、愛想のない返事をした。

「ねぇ、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ」

秋子は、リモコンを手にとり、テレビを切った。

「なんだよ」

「あなた、私のこと何だと思ってるの?」

「何だとって、妻だろ」

「もう、いい」

秋子は、茶碗を流しに置いて、リビングを出て行った。

「まったく、どうしたんだ」


次の日。正夫が目を覚まして、リビングに行くと、すぐ異変に気がついた。

どこにも秋子がいないのだ。

いつもなら、朝ご飯が出来ている時間だ。

「どこへ行ったんだ」

正夫は、頭をかいた。

まあ、いいか。パジャマのまま、インスタントコーヒーを作って飲んだ。

テレビをつけると、政治家は不適切な発言をし、芸能人は色恋で盛り上がり、時折、残虐な事件で日本の神話がどうのとコメンテーターが囃し立てる。話題は事欠かない。

そして、日がな一日過ぎていく。

ソファーで座っていると、勘太郎がやって来た。勘太郎とは、足が短く、耳が垂れ、

白と黒と茶色の毛で覆われたダックスフント、つまり犬である。

時計を見ると、12時だった。

いつの間にか昼になっていたのだ。

「そうか、腹が空いたか」

キッチンの棚を探すと、カップラーメンがあった。お湯を入れて3分待つ。

勘太郎には、ドッグフードを少々。

正夫は、麺を啜った。

やがて、うとうとして、気がついたら日が暮れていた。

「もうこんな時間か」

時計を見ると、午後七時。

それでも秋子は帰って来なかったため、さすがに少し心配になってきた。

夕食はどうするか。

やかんで湯を沸かし、沸いた湯をカップに入れる。結局昼と同じカップラーメンだ。

考えてみれば、今まで料理などはしたことがなかった。一人でいたときは、外食ばかりで、家で食事はしなかった。

結婚してからは、秋子が全てやってくれていたのだ。

ふと、テレビに目をやると、ちょうど新番組が始まるところだった。

それを見た正夫は、啜っていたラーメンの汁を思わず吹き出す。そこに秋子の姿があったからだ。

司会者の男が喋りだす。

「始まりました、クイズ秋子でショーのお時間です。この番組は、秋子さんに関する問題を10問出題して、全て正解するとなんと秋子さんが手に入るという今までに類を見ない番組です」

「なんだ、この番組は」

秋子は、長い階段の上に置かれた、いかにも貴族が使いそうな大きな椅子に座っている。

「それでは、今日の挑戦者をご紹介します」

一人の男がスタジオに入ってきた。

正夫は、また驚いた。

「原田じゃないか」

それは、大学時代の後輩だった男だった。

そう言えば、秋子のことが好きだったと、人伝にきいたことがあったが。

「ようこそお越しくださいました。今日の意気込みは」

「秋子さんのことは、昔から好きでした。誰にも渡したくありません」

「頑張ってください」

司会者と向かい合って原田が座った。

とにかく、何とかしなければ。

正夫は、電話をかけた。

「はい、こちらGKP放送局お問い合わせ窓口です」

「あの、おたくの局で今やってる、クイズ秋子でショーをすぐにやめさせてくれ」

「何か問題点が御座いましたでしょうか?」

「秋子は、俺の妻なんだ」

「そういわれましても、こちらは秋子様の同意の上でして。番組の趣旨をご理解ください」

「もういい」

電話を切った。

番組は、依然として続いていた。

「第6問。秋子さんが学生時代から好きだった小説のタイトルは何でしょう?」

「残念。正解は、石原こまちさんの『最後に君と見た夢』でした。あと4問というところでしたが、どうですか?」

「くやしいです」

「それでは、また来週のこの時間にお会いしましょう」

番組は終わり、正夫は、胸を撫で下ろす。

一体なんでこんなことになったのか。

ともかく、秋子を取り返さないと。

このままでは、誰かに取られてしまう。

思い当たる方法は、一つしかない。

「あの番組に出れるしかない」

再び問い合わせると、応募が殺到しているため、抽選になると言われた。

だが、他にできることなどない。

当たることを信じて待つしかないのだ。

それからというもの、正夫は、秋子の勉強に励んだ。仕事は、有給を使い休んだ。

毎日朝から晩まで、秋子と出会った時から思い出せる限りの事をノートにまとめていく。

思いでの一つひとつが輝いて見えた。

ずっと一緒にいた。ずっと近くにいた。

それが当たり前と思っていた。

いつの間にか、秋子に対する思いが色褪せてしまっていたのだ。

なぜもっと秋子を大切にしなかったのだろうか。考えるほどに涙が出た。

数日経ったある日、一本の電話があった。

それは、抽選に当たったという知らせだった。

そして、ついにその日はやって来た。

「始まりました、クイズ秋子でショーのお時間です。この番組は、秋子さんに関する問題を10問出題して、全て正解するとなんと秋子さんが手に入るという今までに類を見ない番組です。それでは、今日の挑戦者をご紹介します」

正夫は、スタジオの中央まで歩いた。

秋子は、無表情でずっと正面を向いたままだ。

「ようこそお越しくださいました。今日の意気込みは」

「秋子には、今までつらい思いをさせたと思います。もう一度やり直したいんです」

「頑張ってください」

正夫は、司会者と向かい合って座った。

「第1問。秋子さんと初めて出会った場所は、どこ?」

初めて会ったのは、大学生のときだった。

たまたま誘われて入ったサークルで、

秋子がいた。同級生で不思議と気があった。

今まで言ったことはないが、実はそのとき一目惚れをしていた。

「大学で入ったサークルの部室の前です」

正夫は、思い出を辿りながら、答えた。

「正解です。それでは、第2問。秋子さんと初めてデートした場所は、どこ?」

あの日は、夏のとても暑い日だった。

映画を観た帰り道、天気予報と裏腹に、突然の大雨で二人ともずぶ濡れだった。せっかくのデートが台無しだと思ったけど、秋子は、とても喜んでくれた。

「映画館です」

「正解です。第3問。秋子さんと出会って、一番大きな喧嘩の原因は?」

お互い仕事が忙しくて、すれ違いが多くなっていた。なかなか会えないこともあり、コミュニケーションがとれず、気持ちが離れていった。その上、その日だけは一緒にいようという大切な約束を忘れていた。

「秋子の誕生日を忘れていたからです」

「正解です」


正夫は、その後も順調に正解をしていった。


「残すところ、あと1問です。第10問。

結婚する時、秋子さんになんと言ってプロポーズした?」

あれは、12月の寒い夜だった。

流星群が見えると話題で、二人で山に登った。たくさんの星が降り注ぐ中、指輪を渡した。

「何があっても、秋子を悲しませることはしないから、結婚してください」

スタジオが静まりかえる。

「おめでとう御座います」

司会者は立ち上がると、拍手した。

「秋子さんは、あなたのものです」

秋子は、階段を下りてきた。

「今までごめん」

正夫は、涙ながらに言った。

「いいの」

秋子も泣いている。

二人は、抱き合った。

割れんばかりの拍手に包まれて、番組は終了した。

家に帰って来ると、秋子は夕食を作ってくれた。また、いつもの日常に戻ったのだ。だが、前とは違う。

「どう?」

秋子が聞いた。

「うん、美味しいよ」

正夫は、幸せを噛みしめた。

「あれ」

秋子が、急に箸を止めた。

「どうした?」

「勘太郎がいない」

「本当だ、そういえばいないな」

「見て、あれ」

秋子がテレビを指差した。

「始まりました、クイズ勘太郎でショーのお時間です。この番組は、勘太郎さんに関する問題を10問出題して、全て正解すると、なんと勘太郎さんが手に入るという今までに類を見ない番組です」

「あら」

「しまった、秋子のことに忙しくて、勘太郎をほったらかしにしてた」

勘太郎は、長い階段の上に置かれた、いかにも貴族が使いそうな大きな椅子に、凛々しく鎮座していたのだった。

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