お地蔵さんを守るJKと色欲怪異伯爵

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前編 柔道着と護符

「下級怪異よ、あの女を攻撃しろ」

「ワガッダ!」


 怪異王が前日突然発表したことなのだが、どうやらあの女が守っている地蔵を持ってきたらちゃんとした生物にしてもう一度やり直せるという。怪異を束ねる存在が欲しがる物だ。相当貴重なのだろう。あの女がどこまで怪異を理解しているのかテストしてやるつもりで、私は即席で作った怪異兵器を送った。

 女(肉の質感からして恐らく高校生だろう)はせっせと水を桶で運び、地蔵にそれをかけながら雑巾でピカピカに磨いていた。夜の住民である私たちからすればたまらないほど輝いている。ただの石像があれだけ輝くのだ。王が欲しがるのも良くわかる。王は特殊で、キラキラした物が大好きなのだ。だが、オパールなどの宝石の輝きでは満足できなくなってしまったらしい。先ほど送りだした怪異はただ女の隙をうかがっている。女が桶を地面に置いて地蔵を拭き始めた。後ろを向いている。ここがチャンスだと下級怪異は奇声を上げながら飛びかかった。


「ギギ!」

(さて、お手並み拝見といこうか……)

「! てい!」

「ギャバ!」


 ほう……まずは後ろさえ向かずに馬のように蹴りをかました。顔面にノーガードで食らってしまった怪異はそのまま消滅。森がざわつく。きっと他の怪異たちもあの地蔵を狙いにきたのだろう。下級といえど怪異は怪異。それに勝つには単純な戦闘能力だけでなく、精神力メンタルの強さも本来は必要である。それを持っているとなると、階級の低い怪異たちは当然怯えるだろう。

 しかし怪異は、みな欲深い。ゾロゾロと森から出てきて、女に近づいていく。ダメだ。あの数で束になってもあの女には勝てない。ここは私が出るべきだろう。幸い今は曇天だ。太陽の光なくして輝いている地蔵に少し不気味さを覚えるが、そればかり見ているわけにもいかない。下級の奴らをドンドンどかし、女の前まで歩いた。


「後ろのお前たち、下がれ……」

「か、怪異伯爵! あなたがいれば、こんなやつコテンパンですよ! やっちゃってください!」

「怪異……伯爵? 怪異に伯爵とかいるの初めて知ったわ」

「うるさい! 野次馬は帰れ。この戦いは広範囲に影響を及ぼすだろうからな」


 渋々帰る者たちもいたが、変わらず熱烈に応援してくるやつらが残った。言うことを聞かない怪異たちの首を鎌で全員分カットした。なぁに、王はこれくらいでは怒らないし、怪異も反省する心は持っている。さて、やるか。


「あなた……味方を殺したわね」

「邪魔だったからな。それに、怪異は死んでも蘇る。今殺してもあとで戦力としてまた駆けつけてくるぞ」

「それでも、仲間を殺すだなんてありえないわ……伯爵……だったっけ? あなたは必要がありそうね!」

「おいおい、ナイフはアンフェアだろう。ここはお前も正々堂々行くべきではないか? 服もちゃんも動けるものにしてこい。制服で戦うと破けて赤っ恥をかくことになるぞ。道着とかないのか」

「あなたに私の制服が破けるとでもお思いで? なめられたものね」

「私は色欲担当の怪異だからな。攻撃方法も直接攻撃より攻撃することを戸惑わせるようなものが多い。私は他の怪異と違ってニッポンの武士道を学んでいるから、ここしばらくはそもそも不用意には攻撃したりしないがな。だが今回は事情が違う。お前が大人しくその地蔵を渡せば何もしない。渡してくれないか」

「絶対ダメよ。このお地蔵さまは、先祖代々守り続けている物だし、このお地蔵さまのおかげでこの街は平和が保たれているの。一度このお地蔵さまを破壊して高層ビルを建てようとしたちょび髭が天からの雷でバラバラにされたのを見たことがあるわ。あなたもそうなるわよ」

「そうか……。仕方がない。おいお前、このマントを私の部屋まで運べ」

「リョーガイ!」


 私は下級怪異を生みだし、そいつにマントを預けて臨戦態勢に入った。色欲怪異というのはほとんどの場合かなりズルい方法で戦うことになる。しかし武士道も習得している私はできるだけ紳士的戦いをするよう心がけている。きっとこの女も同じ、武士道精神を持っている。独自の武術というのはこの世に数多あるが、ニッポンの武術はかなりの割合で武士道が絡んでいる。経験上そう思う。

 夕暮れ、一人の女と一匹の怪異が対峙する。お互いにらみ合うだけで既に一時間ほど経過している。どうも私はしばらく戦っていないのが原因でどう攻めれば良いのか身体が忘れてしまっているのだ。それに……この女は純粋だ。殺意こそ感じるものの、それは正当防衛から発生する物だ。そんな女に、色欲の力も通じるかわからない。だが……


「やるしかないよな。女! 名を名乗れ! 始めるぞ」

「私は義山州ぎやます高校二年生、武蔵坊むさしぼう早織さおり! あなたを倒す!」

(む、武蔵坊……気のせいか)

「私は色欲怪異伯爵、ハーレン! 地蔵は渡してもらうぞ!」


 お互いの拳がぶつかり合う。まずはご挨拶だ。しかし、流石に私の腕の方が大きく、少し私が優勢だ。続いて二発目、もう片方の腕もぶつけ合う。こちらは互角だった。そのことにはあまり驚かない。それくらいの力だというのは覚悟していた。だが、一つ気になることがあった。指輪をはめていたのだ。まさかと思って腹の膨らみを確認するために両腕を掴んで宙ぶらりんにし、腹に耳を当ててみた。


「ちょ、何するのよ! やめなさい!」


 なんか聴こえるが、腹の音に精神を集中させる。


「……やはり、お前は子を孕んでいるな」

「……ええ、そうよ。悪かったわね」

「この国では今は十八歳までは結婚できない。お前の誕生日によるが、十七歳で出産するとしたら家族や孕ませた相手の親族は助けてくれるのか」

「……」

「私がお前から邪念を感じなかったのは、このことを気にして悔い改めていたからなのだな……よし、戦いは一旦やめだ。話を詳しく聞かせてもらおうか」

「はぁ? あなた、プライバシーの侵害よ、それ……私だってこのこと気にしてるんだから……さ」

「私は色欲怪異だ。腹の音を聴くに、お前は怪異の子を孕んでいるのが確定している。【せい】を担当しているから、その辺には詳しい。お前がもし怪異の子だろうと生みたいなら好きにすれば良いし、嫌なら私の言うことを聞いてもらいたい」

「……何よ、言うことって」

「私は部下に色欲の力を使うことを禁止にしていた。三代欲求が一つである性欲、七つの大罪が一つである色欲はあまりにも強力すぎて怪異という存在が誤解されかねないからな。だが、私の部下の誰かが裏切って、お前を孕ませた。私は謀反を起こす他なかろう」

「何を根拠にそんなことを言っているのかわからないけれど、私の彼氏はあなたたちみたいな化け物じゃないわ」

「そうだよな……今の怪異はやりすぎだ。やはり私はヤり方を変えるべきだ。お前の子が怪異である証拠を見せよう」


 私はタキシードの胸ポケットから液体を取り出した。二つの容器に注ぎ、その辺の石の上に置いた。その間、女は大人しくしていた。やはり心配なのだろうか、目が私に救いを求める物にも見られた。


早織さおり……だったか。この液体に唾液を吐け。怪異が宿っていると、この液体は紫色になる。証拠に……ぺっ!」


 私は片方の容器に唾液をかけた。すると、透明無色で透き通っていた液体は、みるみる禍々まがまがしい液体に変わった。早織も真似してもう片方の液体に唾液をかけた。すると私の予想通り、液体の色が変わった。早織はショックなのか、涙を流している。私は、憂いと怒りに包まれている。さっき家に帰した怪異を急いで呼び戻し、命令の内容を変えた。私の部屋をこの女の家の近くに転移させろ、と。下級怪異は知識がないため、転移術を使える力だけを与えて単純にそれを使うように命じた。本部には上手く隠しておく。奴らは私たち怪異個々の動きを追うことはできない。怪異王が古いしきたりを守るおじいちゃんだから、そのような最新技術は備えられてないのだ。もっとも、睡眠欲、食欲と色欲以外の七つの大罪は最新技術を持っているかもしれないが。それならなおさら早織の味方になってやるべきだと思った。

 とにかくまずは早織が孕んでいる怪異を消さなければならない。私は早織の腹に手を当て念じた。早織はもはや文句の一つも言わない。腹から出る禍々しい叫び声が耳に響く。大切に想っていた我が子の断末魔がこれだとやはり早織のショックは相当だろう。


「ショックだろうが、我慢してくれ。こうしないとお前は腹を食い破られることになる。しかも怪異によっては手下としてその遺体を利用することもある。死にたいか? 死んだあと、もてあそばれたいか」

「……嫌だ」

「そうだよな。当然だ。死にたいやつはごまんといても、遺体を弄ばれたいやつはいない。さあ、お前の腹から怪異は消えた。腹も引っ込ませておいた」

「そう……それはありがと……ね!」


 突然早織から蹴りが飛んできた。残念だが私にとっては痛くもかゆくもない。怪異の恐怖が去ったとはいえ、彼女はまだ精神が乱れている。蹴りも腹が引っ込んだせいでバランスが取れていない。しかしポーズは悪くない。下からの蹴りだから、マゾなら股間に食らいたいと思うだろうし、大股を開いているから世の性欲高めの人間は喜ぶだろう。しかし、ここは一度怪異の恐ろしさをやる必要がありそうだな。私は彼女の頭に手を乗せ、神経に侵入し、おぞましい世界を見せた。怪異の世界だ。私からすれば普通だが、人間から見るとまるで『人肉と臓器にまみれた世界』に見えるらしい。確かにこの国の教室に侵入したときに模型で見た大腸に似てる気はするが、どっちかと言うならミミズではないだろうか。早織は、そうは思えなかったようだ。


「ギャアアアア!」

「これから私はお前に色々と修行をつける。お前には何か不思議な力があると思うのだ。先祖代々守ってきたというからには、やはり何か武術を知っているだろう。それと私の戦法が合わさればあるいは私を裏切った色欲及び性欲怪異たちを根絶やしにできるかもしれない」

「い、いいい嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!」

(やりすぎたか……)


 私はそっと手を離し、頭の周りで手を覆うように動かした。そうすると苦しみで目をひん剥いていた早織が冷静さを取り戻した。恐ろしい力を目の当たりにし、私に攻撃することをすっかりやめてしまった。彼女の肉付きはなかなか良いものだからもっとよく見たかったのだがな。まあしかし止まっている姿が魅力的ではないとは言っていない。十分、美しい。凶暴な子はこうなると本当に可愛い。額縁に入れて飾っておきたいほどだ。


「どうだ? 私と手を組まないか? 目的は同じだ。この地蔵を守りたいのならば怪異王を倒さねばならない。そして私もこんな不祥事を黙認している怪異王に対し謀反を起こすべきだ。さあ、どうする」

「……嫌です。私には、私の生活があります。あなたは、あなた一人でやれば良いだけです。もう今日は嫌なことばかりで疲れました。帰ります」

「まあ待て。まだ話は全く終わってないぞ。お前は一度怪異に犯された存在だ。怪異に触れるとどうなるか知っているか」

「知らないわよそんなこと。オバケのことなんか興味ないから」

「オバケ……フッ、まあいいか、その名前でも。しかし、怪異は決してそのような可愛らしい存在ではないのだ。幾多の陰陽師は妖怪や幽霊をはらってきたが、怪異は祓えないのだ。なぜなら、怪異は概念だからだ。今こうして姿形があるのだから概念ではないだろうと思うかもしれないが、これはコミュニケーションを取るためやむを得ず作った仮の姿だ。怪奇現象の擬人化といえばわかりやすいかな」

「それで結局何が言いたいわけ? 話がズレてるわよ」

「おお、すまない。一度怪異に触れた人間は、人間に恐れられるようになる。一部の特例を除いてな。簡単に言えば怪異に触れると怪異になる。つまり、お前はもう普通の生活を送れない。信じられないというなら明日学校に行ってみろ。きっと怖がられるぞ。家族にもきっとな」

「そんな……」

「まあ気分が悪くなったら明日私の家に上がるといい。お前の家の前が私の家になっているからな」

「……なぜ」

「ん?」

「私は確かに武術を習っています。そして、怪異なんかに犯される前から人から怯えられていたのでそこは特に気にしていません。でも……あなたがやろうとしてることがどういうことだかわかってますか? 私はただの人間。さっきのいじわるでわかりましたよね? あなたたちの世界なんて怖くて行けません。あのまま殺してくれれば良かったのに……!」

「武術をする者は精神も強いと思っていたが、例外もいるものだな。しかし……初めに対峙したときの気迫というか、決意はすごかった。あれは我が子と地蔵を守ろうと、何もかもを忘れそのことだけに集中していた。周りにいる怪異に一気に襲われれば勝てなかったのに、誰にも構わず私の胸元だけをジッと見ていた。つまり……お前の強さは【集中力】だ。オバケ屋敷って入ったことあるか」

「……何度か、友達と」

「お前は何に集中していた」

「……前に進むこと。それだけです。周りに何かあるのはわかりましたが、どれも一切構わずただただ無言で進みました。友達は、空気を読めない私に色々言ってきましたが……」

「ふむ。答えはでた。早織、しばらく稽古をつけてやる。集中力を高めるのだ。そして受け継いできた武術もさらに磨き、私のような上級の怪異が見せるものにも怖気付かない精神力を手に入れるのだ」


 早織の返事が返ってくるまでにそれなりの時間がかかった。人間の時間で言うならば一時間。周りはすっかり夜になっていた。……人間どもは夜のことをいつしかそう呼ぶようになった。色欲性欲の怪異以外の活動は活発だからだ。道端で突然眠ってしまいそのまま頭をぶつけて死に、その顔は恐怖に歪んでいるとか、腹が減りすぎてカニバリズムにまで走り、まるでゾンビのようになるとか、そういったことがあとを絶たない。私が気づいていなかっただけで、性欲の怪異たちも活動していたのだ。なんだか、腹が立ってきた。よりにもよって私の部下がこんなにも意志の弱い者の集まりだったとは。教えた武術は強姦に使うのだろう。私の顔が怒りで歪んでいたのか、早織はひどく怯えていた。


「あぁ、すまない。少しイライラする想像をな。とにかくもう夜だ。家まで送ってやろう……と思ったが、そうはいかんようだな」

「そうですね……このざわめき、ただの風ではない」


 私は夜になると力が制御できない。早織に飛び火しないよう配慮して戦わねば。私は早織に接触することを避けるため、離れた。彼女は惜しいのか手を伸ばしてきたが、私の考えを察してかすぐに戦いのポーズをとった。

 やはりざわめきの正体は怪異の集団だった。一、二、三……一匹足りない。これは誰か怪異の世界に行ったな。急いで下級怪異を生みだし、空高く打ち上げた。頼んだぞ。さて、地上の者どもはと言うと、私に怪異を見せてきた。怪異にそれは効かないからそれを使うのはおかしい。もしや私の正体を人間だと疑っているのか? 私はこの国がまだ統一されていなかった時代にポルトガルより移った生粋の怪異だ。それすら知らないとは……怪異の世界に対して見た目ではなく中身が狂っていると感じた。人間から見ればどちらもおかしいのだろうが。しかし下級怪異が見せてくるものはクオリティーが低い。デカい生首、顔のパーツがぐちゃぐちゃの人間、ゾンビ……どれもこれも人によっては趣味趣向に変えてしまうほどのカスばかりだ。こんなもの──


「ふん!」

「わあぁ! やっぱり上級には勝てっこねぇよ! 逃げなくちゃ……」

「待てよ! 伯爵様とは言え、我々誇り高き怪異を裏切り、さらには人間に味方する奴を許せるのか」

「誇り高き……か。ふ、ふふふふふふ……どうやらお前は耳がかいかいいでかきすぎて聴力が落ちたようだな。だけに? ふ、ふふふふふふ……」

「ハーレン様、あなたはそんな怪異ではなかったはずだ。あの女の何にそんな魅力があった」

「頭も痒い痒いでボロボロか。もう流石に面白くない。消す」


 私は全身を十字架のように伸ばし、両手を力強く叩き合わせた。そうすると、早織の戦っている怪異のところまで届いたらしく、全ての怪異を一瞬で破裂させた。早織にダメージが入らなくて良かった。私が何をしようとしていたかわかっていたようだ。やはり彼女には才能がある……しかし、たった二人で怪異全員を根絶やしにするのは難しそうだ。それになにより──


「怪異のいない夜はない……ですか?」

「! いつの間に……あと、なぜ私の心の声が聞こえたのだ。お前そんなキャラじゃなかっただろ」

「私、思いだしたんです。そういえば両親が幼き私にオバケについて話してくれたなって。きっとハーレンさんに頭を弄られて、すっかり忘れてた記憶が戻ってきたのです」

「それは良いんだが、どうテレパシーしたんだ」

「あなたの弱点、見つけました」

「なんだ」

「心の声、口にでてますよ」

「……本当か」

「はい」

「なんてことだ……これでは戦いに不利ではないか。しばらくヤってなかった弊害か……? し、しかし、色欲性欲を司るとはいえ簡単に手をだすことはできない。私には、亡き妻が……」

「なんだかハーレンさんのこともっと知りたくなっちゃいました。家に連れていってください。あなたの言う通り、両親もきっと私を恐れるでしょうし、帰る場所なんてないので……」

「そうか……。しかしそれは人間の世界では犯罪ではないのか? 私は人間側のルールを守るつもりなど毛頭ないが、私がルールを押しつけておいて自分だけ他の者のルールを破るのは嫌なのだ。だから、来るのは勝手だが、泊められるかはわからないからな」

「大丈夫ですよ。やることがやることだから家に何日か帰らなくても心配されませんし、警察は呼ばれません。それに、あなたが大好きなエッチなことをしなければ別に宿なしの女子高生に頼まれて仕方なく泊めてるおじさんっていうていでいけば良いですし」

「……それも心の声が漏れてたのか」

「はい」

「はぁ……人に拳法教えられる立場ではないな。私も励まねば。とにかく、私の家へ案内しよう。地蔵は……盗もうとするとやばいと言っていたな。早織自身が移動させたらどうなるんだ」

「いくら守護者と言えど、お地蔵さまというのは色々儀式をしないと動かすのは禁止なんです。その儀式をしようと不用意に近づけば、お坊さんが雷に打たれる可能性があります」

(仏様ってなんだっけ……)

「そうか。それじゃあ守る人間ってそもそも──」

「私たちが守っているのは、お地蔵さまではなく、お地蔵さまに殺される生物なのかもしれませんね」


 とりあえず地蔵がどうとでもなるなら良いが、怪異は十人十色(人じゃないが)。雷に耐えられる奴がいてもおかしくはないだろう。ならば、こうすれば良いのだ。私は森の中にある程度空き地を作り、家をそこに転移させた。あの下級怪異には悪いことをしたな。下級に配慮したりする必要はないのだが、今の私には真なる部下が必要だ。少しでも味方を増やしておくべきだと思い、転移を覚えたのと逃げた一匹をもう殺した(であろう)のを呼び戻し、事情を話した。当然知能は相当上げてあるから、話は通じた。しかし、やはり怪異王に逆らうのは恐ろしいらしい。それも無理はない。怪異王は怪異さえ恐怖する大魔王だ。下級なんざ名前を呼ぶのも畏れ多いだろう。しかし、今の私にはあいつに対する忠誠心も畏怖の念もない。あるのは、憎悪のみ。……また怖い顔を私はしているのだろうな。早織が怯えているのがわかる。しかし、私はなんだって顔や声にだしてしまうタイプだ。受け入れてもらう他ない。とりあえず家に入ろう。もう今晩は暴れる元気などない。日中にあれだけ動くとつらい。寝て、ようやく回復できるレベルだろう。晩飯もテキトーで良いよな。冷凍の……いや待て。早織は性別は女だ。料理が上手いやもしれん。少し期待しつつ、私は早織に尋ねた。


「なぁ、早織。お前、料理はできるか」

「は、はい。私が普通の女の子なら将来の夢は食事処さんを開くことだったので、色々と勉強してきました。冷蔵庫の中身、確認させていただきますね」

「あっ、待った待った。私が素材と作って欲しい食べ物を選ぶからそれに従ってくれ」

「え? 冷蔵庫に何かマズいことでもあるのですか」

「見ない方が良い物が少々な。ほれ、カレーのルーだ。あとは人参、じゃがいも、白米、福神漬け、パン粉、卵、小麦粉、豚肉。冷蔵庫は終わりだな。次は器だ。私たちにはこのくらいの量を作ってくれ。私はともかくこの二匹は育ち盛りだからな。早織も好きな大きさの器を取ると良……」

「う、うそ……これ、人の腕じゃ……」

「違う。ただの手袋だ。あっついのを触るときに使うから常にキンキンに冷やしてある。だが、お前の言う通り、見た目は完全に人間の腕だがな」

「焦りました……私、食べられちゃうのかなって」

「だから見るなと言っただろう? 好奇心というのは時に恐ろしい事態を引き起こすことになるんだからな。さあ、器はどれにする」

「ご、ごめんなさい……私はこの薔薇ばらの装飾が入った器でお願いします」

「まあ仕方ない。本来その年齢なら好奇心がある方が元気でよろしい。だが、夜の街に駆りだすのは論外だがな。お前はきっと夜まであの地蔵の前にいて、夜がやってきて帰る途中に色欲性欲怪異の色気に誘われたんだろう」

「確かに彼にはとてつもない魅力がありました。上手く言い表せないのですが、なんかこうイケメンで、細マッチョで、あとはえーっと……」

「皆まで言わずとも良い。それで誰かわかった」

「えぇ! 確かにカッコよかったですけどどこに何人いてもおかしくない見た目でしたよ」

「言い表せないのならあいつしかいない。さ、腹減ったから、早くカレーを作ってくれ」

「「カレー! カレー!」」

「わ、わかりました! 少し待っててください」


 誰かの手料理というのは久しぶりだ。いや、当然私だって人間に化けて人間の住処で食事を摂ることはある。だが、妻に先立たれてからはずっと一人で料理を作ってきた。どうも人間の口には合わないようだから、残飯処理と偽って残飯を貰い、それに好みの香辛料を馬鹿みたいな量かけて、それをたらふく食べる。私の料理など所詮そんなものだ。だが、やはり母と妻の作った料理がやはり恋しくなることもあった。は果たしてどれほど美味いものを作ってくれるのだろうか。そう考えながら私は自室へ行き、彼女へプレゼントするものを引き出しからだして再び食卓に戻った。

 その頃にはもう出来上がっていたようで、怪異二匹……名前をつけてやるべきか。転移術を覚えたこいつは、ワープ。逃げた怪異を倒したこいつは、キラー……ひねりがない。早織なら、もっと良い名をつけてくれるだろうか。私は尋ねてみた。


「なぁ早織、この二匹に名前をつけてやってくれないか。これから馬車馬のように働かせるからな。使い捨てじゃないというところで、しっかり迎え入れたいのだ。そのために何か、良い名をつけてやってくれ」

「うーん……怪異に性別ってありますか? もしあるなら、この子たちの性別によって名前は変わってきます」

「上級には明確に性別があるが、下級はわからんな。私の知る限りではそのときの気分によって上級が生みだす怪異の性別が変わるようだが。どれ、少しここを……ふむ……こっちワープが男、こっちキラーが女だな」

「じゃあ、ワープチョコキラーピーチ。私の家で飼ってたうさぎの名前です」

「うむ、私の考えた名よりよほど良い。良いか、お前はチョコ、お前はピーチだ。さて、私もいただくとするか。早織、食べ終わったら風呂と歯磨きを済ませて私の部屋に来い。あの辺りだ」

「はい。私も、いただきまーす」


 いやはや、美味かった。私としたことが久しぶりに一升瓶を呑みほしてしまった。あまりにも美味すぎて酒が進みすぎた。こんな酔った状態でプレゼントの説明をしっかりできるだろうか……なんて悩んでいるうちに意外にも早く早織がきた。扉をノックして私の名を呼んでいる。早速自室に招き入れ、座らせる。早織はプレゼントを物色している。


「これは私の妻が使っていた古着と、怪異対策用の護符だ」

「奥さんも武術をされていたんですね。それはそれとして、なぜ怪異であるあなたがなぜ護符を持っているのですか」

「やはりそこが気になるか。何、大した理由でもない。怪異対策をさらに対策してやろうと人間の神社や寺から奪ったんだ。実際私と私の妻はそれにかなり苦しめられた。その全てをお前にくれてやる。私は滅多に女と絡む機会がないからな」

「そんな大事な物を……出会ってまだ数時間の私に……もしかして──」

「まさか。私が妻以外に欲情するとでも? 私は淡々と女性の魅力を語るだけだ。手はださん。さあ、稽古にちょうど良い場所がある。そこでしばらく鍛錬を積もう」

「はい! 必ずお地蔵さまを守るためにも怪異を倒します」


 ちょっと元気な子なんだな。私の発する発情効果がある体の臭いの影響だろうか……あまり好かれても困るんだがな。そんなことを考えながら、戦いの準備を進めていった。

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