ラスボスごっこ!~「フリ」だったはずなのにダンジョンを支配するスキルで本物のラスボスへと至る~

やのもと しん

第1話 「ラスボスごっこ」

 松明の明かりだけが照らす薄暗い空間で、俺――月島零斗つきしまれいとは自分の格好を確認していた。

 フードを目深に被って顔を隠し、外套で身体の特徴を消す。一目では絶対に零斗だとバレることはない。


「台詞は……いつものやつでいいか」


 頭の中で話す言葉を考えていると、零斗の前に大人の女性が現れる。


「見つけたぞ! 貴様がこのダンジョンのラスボスだな!」


 待ち望んだ人物が現れた。男女複数人のパーティー。あいつらは零斗と同じ学校のクラスメイトであり、零斗を嫌っている連中だ。

 現代日本にダンジョンという存在が現れてから百年。段々とダンジョンに関する法律もできてきて、小規模のダンジョンであれば、資格取得を条件に一般市民が入ることを許される。

 クラスの陽キャは目立ちたがりだったから、我先にと資格を取得してダンジョンに潜ってきている。それが、目の前にいる奴らだ。


 ここはダンジョンの最奥。一般的にボスエリアと呼ばれている部屋だ。だから、ここにいるのはこのダンジョンのラスボスだと考えるのが当たり前だ。

 ラスボスは魔物であり、人型の魔物なんて普通はあり得ない。だからこそ、零斗は声を張り上げる。


「ふっふっふ。その通りだ。人間どもよ! このダンジョンをクリアしたくば我を倒す力を示すのだ!」

「――はぁ!? なんであの魔物、人の言葉をしゃべってんだよ!?」

「魔物は強力であればあるほど他種族の模倣が可能になると聞きます……もしかしたら、この魔物も……」

「姿も声も、人間そのものだ。つまり……完全に化けられるだけの強力なボスってことかよ。なんでこんな低規模なダンジョンにそんな奴が……」

「そんなの良いから、早く逃げましょうよ! 手遅れになってからじゃダメでしょ!」


 パーティーの後方にいる女子の言葉に危機感を覚えたクラスメイト達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「――は、ははは」


 誰もいなくなったダンジョンで、零斗は笑いがこみあげてくる。


「はははは! あぁ、気持ちいいなぁ!」


 零斗は目的を達成した快感に酔いしれていた。零斗がラスボスごっこを始めた理由はこれがしたかっただけ。クラスで零斗を小馬鹿にしている連中をビビらせたかった。そのために、わざわざダンジョンの仮免許を取ったのだから。


「明日もまた来よう。性懲りもなくあいつらが来たらまたビビらせてやればいいし、他の人は他の人でどんな反応するか気になるし」


 ここは初級のダンジョン。ボスエリアまで来るのも難しくない。通おうと思えばいくらでもできるだろう。

 零斗は次の日を楽しみにしながら、家に帰った。



 それから半年。零斗は異変に気づいた。


「……人が来ねえ」


 気が向いたときに来るくらいだから、日によって数にばらつきはあるだろうが、それにしても誰も来なさすぎだ。

 数ヵ月前から今日に至るまで、誰一人顔を見せなくなった。


 零斗でも入れるような初級のダンジョンで人が来ないなんてあり得ない。

 英雄を夢見る人、名声を得ようとする人、ただ単に暇潰しで来る人、観光で来る人。ダンジョンに需要はいくらでもある。


 ボスエリアに「人を模倣する魔物」がいるから怖くて来れないのか? とも考えたが、零斗は毎日来てるわけでもない。

 零斗が不在の時に来れば、このダンジョンにボスはいないことは分かるはずだ。


「他にも初級のダンジョンが見つかって、わざわざこっちに来なくなっただけか? ダンジョンに詳しくないから分からねえ……」


 零斗が知っているダンジョンはここしかない。知ろうともしたことがなかった。

 嫌がらせのために調べたくらいで、それ以降はダンジョンに関して調べるのが面倒くさかったのだ。

 悩んでいると、ようやくボスエリアの扉が開かれる。

(来た……!)

 久しぶりの来客にテンションが上がって、零斗は気合いを入れる。


 ボスエリアに入ってきたのは、零斗と同い年くらいの少女だった。白く長い髪が薄暗いダンジョンの中だと光って見える。紫紺の瞳が零斗を見据えている。吊り目気味の目には敵意のようなものを感じてしまうほど。

 服装は胸元や膝といった要所要所にこそ金属を纏っているが、他は布で作られている。守るべきところを守りつつ、なるべく軽装にしようと意識しているのが感じられた。探索者としてかなりの経験値がありそうだ。

 だが、少女の姿はボロボロで、頬や腕に傷が複数付いていた。ボスエリアにたどり着くまで相当苦労したように見える。


(ここ、初級ダンジョンだし、出てくる魔物も小学生とかじゃなければ倒せる程度なんだけどな)


 今まで来た人達も傷ついた様子はなかった。零斗に嫌がらせをしていたクラスメイトですらそうだった。

 気になることはいっぱいあったが、なにはともあれ、零斗はいつものラスボスごっこを開始した。


「よくぞ来たな探索者よ! 貴様がこのダンジョンを踏破せんとするなら――我にその力を見せるがよい!」


(よし、上手く話せたな)

 零斗は内心ガッツポーズを決める。実のところ、数ヵ月口上を言う機会がなかったから自信がなかった。

 零斗にさて、これでこの少女も零斗にビビって逃げ出して――そう思っていた時。


「やっぱり、あの噂は本当だったのね……でも、私は逃げない!」

「――え?」


 あれ、逃げないの? なんで?

 ダンジョンに来るなら人語を話す魔物の危険性はよく知っていると思うんだけど……


 しかも服がボロボロで、表情も疲弊して見える。そんな様子だったら、零斗でも勝てそうだ。


「いや、逃げた方が良いんじゃないかな……」

「うるさい! 魔物にそんなこと言われる筋合いなんてない!」


 少女は剣を構え、零斗に向かって突進してくる。


「え、ちょっと待――」


 零斗は止めようとするけど、少女の勢いは変わらない。本気で零斗を倒す気だ。

(仕方ねえ……)

 零斗はとりあえず――少女の剣を折った。


「えっ、嘘……」

「こんなおもちゃ持ってダンジョンに来るから、そんなボロボロになるんだよ。今度からはちゃんとした武器買って来た方が良いぞ」


 最初は受け止めようと思ってたけど、あまりにも脆かったから折ってしまった。


「いや、あの……これ、聖剣……」

「――え?」


 少女の絶望した顔を見る限り、嘘を吐いているとは思えない。


「……マジか」

「はい……」

「あー……そっか……」


 とんでもなく気まずい空気が流れる。なにを言うべきか分からなくてとりあえず謝ることにした。


「あの……ごめんなさい」


 これが、零斗と彼女――サナエとの初めての出会いだった。



 どうやら零斗が折ったのは聖剣らしい。この少女が言っているだけだから真実かどうかは分からないけど、本当だったらヤバイかもしれない。


「弁償とか……いやでも俺、お金ないんだよな……」


 聖剣とかいう名前からして凄そうな武器なんて弁償額も高そうだ。零斗の小遣い程度で払えると思えない。


「なんで魔物がそんなこと言うの? ……私を、殺そうとしないの?」

「殺すわけないって! あと俺、魔物じゃないんだ。これ、学生証」


 フードを取って顔を見せる。そして、財布から学生証を取り出した。学生証に張られた写真と零斗の顔を交互に眺めて、少女は余計に混乱したようだった。


「あなた、普通の人間……なんでダンジョンに……? それ以前に、ボスは……?」

「あぁ、どっから話したらいいかな……」


 零斗は少女に「ラスボスごっこ」をしている理由を話した。


「……確かに、ダンジョン内でボスのフリをしたら駄目なんて法律はないけど……普通はそんなことやる発想でてこないし。やる意味もないし」

「いやほら、ダンジョンが出てきてまだ百年しか経ってないわけだし、これから法整備が進んでいくって可能性も……」

「誰もやんないわよ。危険なだけでメリットひとつもないじゃない」


 零斗も似たようなことしてる奴を見たことはない。でも、零斗に思い付いたことを全世界の誰も思い付いてないとは思えないしなぁ……


「でも、良かった。あなたがこのダンジョンのラスボスを偽っていたということは、本来のボスはいないのね。いたらあなたがボスエリアに居座れないもの」

「俺が最初来たときにボスは倒しといた。初級のダンジョンだし、全然強くなかったぞ」

「――初級!?」

「な、なんだよ。急に大声出されるとびっくりするって」

「驚いたのはこっちよ。このダンジョン、三ヶ月前から上級ダンジョンに変更されてるのよ」

「は!?」


 もしかして、人が来なくなった原因ってそれじゃないのか。時期的にも合ってるし、その理由なら人が来なくなっても納得できる。


「知らなかった……」

「あなた、こんな変なことしておいてダンジョンの情報に疎いのね。あなた、探索者じゃないの?」

「仮免許は持ってるけど、本職じゃねえ。……それがどうかしたのか?」


 探索者は特定の試験を受け、ダンジョンを潜るに相応しい実力と認められなければいけない。もちろん、免許なしで無断でダンジョンに入ることもできるが、免許も持たない実力の人間が入っても死ぬだけだし、無断で入ったことがバレた場合最悪犯罪になるケースもある。

 零斗は試験を受けて仮免許を取得したから初級ダンジョンには入れるが、探索者を名乗れるほどダンジョンに潜っていない。


「普通、上級ダンジョンは『国家認定探索者』と呼ばれる最高位の探索者が、ダンジョンの入り口に空気の壁を作るの。その探索者か、同程度の力を持つ探索者でないと入れないように。このダンジョンにもその処理は施されてたわ。普通の高校生じゃ中に入れるはずがない……あなた、一体何者なの?」

「何者もなにも……一般人だよ」

「さっきも言ったけど、一般人が空気の壁を破れるはずない。それに、私の聖剣も折られちゃったし。免許を持ってないだけで、あなたにはすさまじい力があるはずよ」


 そうは言われても実感が湧かない。零斗の記憶を思い返しても、普通に学生生活を送ってきただけであり、そのすさまじい力とやらを体感するような経験はしたことがなかったからだ。


「壊れたっつっても、剣だって消耗品だし、壊れかけだった可能性はないのか? それに、そもそも聖剣ってのも信用できねえし」

「私、一応人類最強の探索者って言われてるんだけど。人類最強を倒せるあなたがただの高校生なんて言われたら最強の名が廃るわ」

「……今、なんて?」


 (こいつ、今とんでもないこと言い出さなかったか?)

 「人類最強」……この言葉が、零斗の脳に反芻する。零斗が時間をかけてかみ砕き、ようやくその意味を理解できた頃、少女が口を開いた。


「私の名前はサナエ。テレビで聞いたり見たりしたことない?」

「テレビ見ないから分からねえけど……学校の授業で名前は聞いたことある」

「今は授業でダンジョンのこと習うんだっけ? 学校なんてほとんど行ってないから曖昧だけど」


 ダンジョンのことを聞いたら必ず話題に登場する名前――サナエ。これまで世界中を巡り、数々のダンジョンを踏破してきた、最強の探索者。

 その素顔を見た者はおらず、名前だけが広まっていた。

 噂では巨漢の大男だとか、架空の存在だとか……挙げ句の果てには神の遣いなんて呼ばれかたもしていて。零斗も誇張された噂だとばかり思っていたが、まさかこんなに幼いとは。


「あなた、名前は?」

「俺は、月島零斗だ」

「月島君ね、覚えたわ。月島君はどこの学校に所属してるの?」

「所属って、なんか言い方がかっこいいな」

「茶化さないで。これは大切なことなの」


 サナエの真剣な眼差しが突き刺さる。茶化すつもりはなかったけど、確かにそうとられても仕方ない言い方だった。

 零斗は素直に自分の通っている学校の名前を上げると、サナエが


「ふうん、なるほどね。後で調べとく。それじゃあ私は帰ろうかな……って言いたいところだけど、月島君手伝ってくれない? ここに来るまでに結構消耗しちゃって……」

「確かにボロボロだもんな。でも、ダンジョンの道中にいる魔物そんな強いやついなかっただろ。俺もちょくちょく来てるけど、大体一撃で倒してきてるし。 サナエがそんな苦労するとは思えないんだけど」

「……なんかもう、いっそツッコミ待ちなのかと疑うわ。でも、純粋な感想なんでしょうね。天然って怖いわね」


 零斗はサナエを連れてダンジョンを上へ上へ上っていく。

 ダンジョンは外から見たら洞穴のような見た目で、そこから地下に続いている。

 階層が多いダンジョンは上層・中層・下層に分かれており、その中にも上層一階・上層二階のように細かく分かれている。だが、初級のダンジョンは一階か二階くらいしかないので何層という表記はされない。


「気にしてなかったけど、そういやボスエリアまでの道が長くなってる気がする」

「それはそうよ。だって、上級に認定される数日前からダンジョンの深さが二階から二十階くらいに増えてるんですもの。むしろ今まで気づかなかったのが異常よ」

「ダンジョン自体に興味はないからな。それに、道中はどんな台詞を言うか考えてるから、道の長さを意識してないし」

「それにしても階層の数とかで分かると思うんだけど……」


 ダンジョンは規模が大きくなればなるほど下へ層が増えていく。そう考えると、確かに気づかないのはおかしいかもしれない。


「階層が増えてるなんてことなかったけどな。そこまで露骨に変化してたら流石の俺でも気づくはずなんだけど……」

「……なるほど。おおよそ分かったわ」


 零斗の話を聞いて、サナエが呆れたように呟く。


「月島くん、ダンジョンボスを倒したらダンジョンがどうなるか、知ってる?」

「急にどうしたんだ?」

「いいから答えて」

「……知らない」


 零斗にダンジョンの知識なんてそれほどない。だからボスを倒した後のダンジョンがどうなるかなんて知るわけが――


「――いや、分かるかも。ボスを倒してもダンジョンは消えないんだ。だって、ここが消えてないんだから」


 零斗がダンジョンボスを討伐したことでこのダンジョンにボスはいなくなった。けれど、今もダンジョンは存続している。つまり、ボスの消滅とダンジョンは関係ない。……と、考えたのだが。


「ブー。全く違うわ」

「違うの!?」

「こんな基礎も知らないなんて学校の授業ってそんなことも教えないの……」


(俺が不真面目すぎて全然授業の話聞いてないだけです……)

 なんて、本当のことを言う訳にもいかず、とりあえず被害者面して泣くフリでもしておく。


「ボスがいなくなったダンジョンは消滅するの。ダンジョンを維持するための魔力供給が途絶えるから」

「え、でも俺、ここのボスは倒したぞ?」

「いいえ、ボスは残ってるわ。――あなたよ、月島くん。このダンジョン、月島君の魔力を吸収してここまで大きくなったの」

「どういうことだ?」

「ダンジョンは最下層にいるボスから魔力を受ければ受けるほど巨大化し、発生する魔物も強力になる。……月島君がボスを倒し、ボスエリアに居座ったことで、本来の魔力供給ができなくなったダンジョンは、次の吸収先として月島君を選んだ」

「えっ、じゃあそれって――」

「そうよ。月島君、君は正真正銘、世界最悪のダンジョンのラスボスになってしまったのよ」


 ただの冗談のつもりだった。ただの遊びでしかなかった。それなのに、零斗が本物のボスになってしまったなんて言われても実感が湧かない。脳内でサナエの言葉が反芻する。


「俺がこのダンジョンの……最後のボス」

「そうとしか考えられないわ。だったら、月島君が簡単に最下層まで行けるのも説明が付く。ダンジョンが月島くんを案内してるのよ。だって、最下層でボスが魔力を供給してくれないとダンジョンは形を維持できない。だからラスボスが手っ取り早く最下層に着けるように、階層を減らしてくれてる。そして、月島君がボスエリアに到達したところで、ダンジョンが元の姿に戻る。からくりとしてはこんなところじゃないかしら」


 零斗はダンジョンの階層が増えているのに気づかなかったのではなく、「気づけなかった」。だって、零斗の前では初級ダンジョンだった頃となにも変わらないのだから。


「最下層で魔力を供給……ってことは、俺が最下層までこなければこのダンジョンって自然と消滅するんじゃないか?」

「でも、月島君はずっとここにいるわけじゃないんでしょ? 最下層から離れてもダンジョンが消えてないってことは月島君がここに来なくなっても消えないのかもしれないわね。――月島君が死なない限り」

「マジかよ……」

「全部私の仮説だから本当のところは分からないわ。とにかく、月島君がイレギュラーであることは間違いないでしょうけど」


 正直理解が追い付いてない。急に零斗がラスボスだとか、上級に変わってるだとか、そんなこと言われたって現実味が無さすぎた。


「……でも、そもそもラスボスを倒してダンジョンのボスに成り代わったなんて話は聞いたことない……そんなことあり得るのかしら。いや、もしかして――」

「なんだ?」


 サナエがこちらの顔を覗き込んでくる。女の子との接点があまりなかったせいで顔を近づけられると緊張する。恥ずかしさと嬉しさと驚きで心臓の鼓動がうるさくなった。


「もしかしたら、月島君にはそういう異能――『スキル』があるのかも」


 スキルというのは聞いたことがある。この世界に生まれた瞬間から人間に付与される才能。持っている人間は限られていて、世界中探してもそう多くはいない。ダンジョンが出現したのと同時期にスキルを使える人間が発生したという説があるが、具体的な原理は不明である。


「攻略したダンジョンの支配権を奪えるスキル――『迷宮統治(ラビリンス・アドミニストレーション)とでも言うべきかしら」

「長えよ」


 しかも痛い。こんな意味不明な名付け方、中二病患者でもやらないだろ。


「なんでよ! かっこいいじゃない! ……全く、ネーミングセンスないわね」

「サナエに言われたくなかった……」


 サナエにネーミングセンスがないと言われるとかなりショックだ。ラビュリンスなんとかという固有名詞を人前で言いたくないのは一般的な感覚だと思うのだが……


「じゃあ『ダンジョン統治』とでも……いえ、これはありきたりね……」

「もうなんでも良いよ。ていうか、そもそも名前とかどうでも良い。ひとまず俺にはダンジョンの権限を奪える力があるのは間違いないよな」

「……そうだと思うわ。他のダンジョンでも試してみないと断言はできないけど」


 まだ納得いってなさそうなサナエだったが、零斗の言葉を肯定してくれる。


「一旦帰りましょうか。私は私で情報を整理したいし。本当なら月島君のことを報告しなきゃなんだけど……まあ良いでしょう」

「報告? なんのことだ?」

「なんでもないわ。気にしないで」


 言うや否やサナエは零斗に背を向けると出口に向かって歩いていく。


「あっ、待ってくれ!」

「どうしたの?」

「俺がこのダンジョンを支配してるって話が本当なら、ちょっと気になることがあってさ。もしかしたら――」



 零斗とサナエがボスエリアから出て五分後。ダンジョンの外まで着いていた。


「月島君の言ってたこと、本当だった……」

「俺も信じられねえよ。まさか本当に――『魔物が消える』なんて」


 帰る前に気になったこと……それは、零斗の意思でダンジョンに住み着く魔物を消せるのではないかということだ。

 零斗がダンジョンの構造を変えているのなら、ダンジョンに紐付く魔物にも干渉できるはず。そう思って魔物がいなくなるよう念じたら、帰り道で全く魔物と遭遇しなくなった。


「すごい……この力さえあれば、きっと……」

「サナエ?」

「月島君、私と一緒に探索者にならない?」

「な、なんでだよ」

「月島君が攻略したダンジョンは月島君の思いのままに変えられる。さっき魔物が消えたみたいに。だったら、月島君が全てのダンジョンを攻略すれば、もう二度とダンジョンによる被害者は出てこない。私はこの世界からダンジョンによる被害者をなくしたい。そのために、全てのダンジョンを攻略したいの」


 サナエは真剣な眼差しをまっすぐに向け、両手で零斗の手を握る。


「お願い、月島くん。あなたの力が借りたいの」


 完全に意表をつかれた零斗は、心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。これまで異性との接触がほとんどなくて耐性がついておらず、頭の中が真っ白になる。

 冷静になろうと脳内で素数を数えてなんとか正気を保つと、零斗はサナエの手を離す。


「で、でも、ダンジョンって危険だろ? 俺一人でやらせるのかよ」

「月島君は私ですら到底太刀打ちできない力を持ってる。なら、攻略できないダンジョンなんてないわ。それに、私と一緒にって言ったでしょ。もちろん私もダンジョン攻略に付き合うわ」


 正直に言おう、面倒くさい。零斗はダンジョン攻略が好きなわけでもなければ、正義のヒーローにも興味はない。ダンジョンを利用して気に入らないやつをビビらせたかった。動機はそれだけだ。だから、こんな面倒くさい依頼なんて断固拒否して――


「ねえ、お願い」

「……分かったよ。やればいいんだろ」


 可愛い女の子の上目遣いには勝てなかったよ。面倒くさいとかその辺りの感情を全て振り切って零斗の口は肯定の意を示した。


「やった、ありがとね、月島君。これからよろしく」


 サナエが右手を差し出す。これに応じれば、零斗も探索者の仲間入りだ。それを分かっていながら、零斗はサナエの手を握る。

 零斗にとってはデメリットしかない行為だというのに――握った手は、温かかった。

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ラスボスごっこ!~「フリ」だったはずなのにダンジョンを支配するスキルで本物のラスボスへと至る~ やのもと しん @yanomoto

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