第102話護衛


  私の記憶違いでなければ水の竜の処に行く為には魔法陣を使うという話だったはずだ。

部屋には見渡す限り艶やかな朱色の絨毯がみっしりと敷き詰められていて自分が物理的に浮いているような気すらする。座っている椅子の装飾も水の入ったグラスの置かれた長机もピカピカに磨かれているし、テーブルクロスや窓に掛けられたカーテンまでもが美麗な、どう見ても客間としか思えない部屋に通されているのだから、ここで待って居る私のところにやって来るのは領主家のお二人と呼ばれていた人達だろう。長机の向かいには既に二脚の肘掛け椅子が用意されている。

不思議な事に誰も何も教えてはくれない。食後の片付けに来たメイドさんは、同じ服装に黒のズボンを足した格好で現れた男性メイド?を一人、ドアの外まで連れてきて私に紹介すると、今後の案内をしてくれると説明してくれた。男性は色黒の精悍な顔つきで、伸びた黒髪をオールバックにして一つに束ねていた。背が高く幅も適度に広く腰の後ろの辺りには焦げ茶色が挿し色に入った長くて黒い尻尾が見えている。多分犬の尻尾じゃないかと思う。そういえば女性メイドさんには見られなかったから、あの人はヒト族なのかな。メイドさんは隠す方が衛生的にいいと思う。

 メイドじゃないのか……まさか執事!?

 あの、マニアも多い職業の方??


「ファルー家の警備隊を代表して、

 雷光の大魔女様にご挨拶申し上げます。

 トオノ=アザムスタと申します。

 私は犬のガーディードですので、

 護衛が主な任務となります。」


というわけで、護衛の方だった。見た目は厳ついのに想像よりカッコいい二枚目声で驚いた。そして声量がデカい。腹から出ている声が敬礼のような重みと勢いに圧されて聞く者の脳髄にまでビリビリと響くようだった。なんでメイドみたいな格好をしているのかは解らない。もしかしてこの服装はそもそもメイド服ではないっていうオチ?

護衛のトオノさん…トオノ隊員は、しっかりとした深い礼で挨拶をすると、そのまま廊下で黙って立ち尽くしていた。メイドさんに後について行くように言われたので、部屋に置いたボストンバッグ(雷の竜入り)だけを持って、言われるままについて来たのだった。

 …犬のガーディードには護衛が適任てこと?

警備隊にも魔法使いはいるはずだ。しかし全般に魔法は即時の応対が難しい。才能も必要になる上に難度が高いのだ。護衛に必要な瞬発力ではガーディードの方が有用という考え方だろうか。犬は嗅覚が凄いと聞くから、そういう特徴が活かされるなら心強い。

 …汗とか口臭にまで鋭かったらどうしよう…。

トオノ隊員は護衛という役割の為か私の背後に黙ってジッと立ったままだ。別にそんな近くでなくても座っててくれても竜がいればある程度は大丈夫な気もするが、仕事なのだろうから仕方がない。

 ガーディードは呪いの影響を受けやすい、らしい。(そう思うと呪いやまじないは人類の為に恩恵を与えるものでしかないとも考えられる。)だが魔法に対しては、魔獣は天然の防衛機能が期待出来る。リズムを狂わせると崩れるが、面と向かってぶつかってくるものには抵抗力がある可能性が高い。それこそ免疫機能みたいなものだ。勿論、種によるからわからないが…。

弱ければ敏感だろうから訓練すれば察知も出来るだろうし、強ければ本人が魔力の塊だから余程頑張らないと鈍いだろう。理屈だけで考えると、半端なものなら効かないことも有り得る。

 ん??善良な魔法も効かないかもしれないぞ?

 いや、逆かな?効きすぎる?…う〜ん。

 生体の機能としての魔力は判断が難しいな…。

 個体差もあるからわかんないもんな。

 …多分ガーディードに効きすぎるは無い。

 平然と転移してたし、気付きもしないし。

 …結局種族の性質次第ってことだよなぁ…。

吸血族と違って種の本能だから抗いにくい、というかその発想も要らないし、似てるのに真逆だ。

 不自然にコントロールを強いれば、

 精神的苦痛も大きいのかもしれない…。

 人格を持つって、そういうことだしなぁ〜。

ユイマは専門外だから魔獣にも呪いにも基礎知識しか持たない。それでも同じくらいの齢の子とは思えない程に博識だから十分に勉強家なのだろうけれど。

 そういえばファルー家には警備や防衛策が全く見当たらなくて心配だったけれど、わからないようにやっている可能性もある。領主家の兵士も火事になるまで存在に気付かなかった事を思い出した。考えてみれば目で見て解ってしまう罠には対策されるのが当たり前だ。魔法の存在する世界では、見えないように気づかれないように何重にも張り巡らせるのが常識的なやり方になる。

 ライトニングさんには多分関係ないけどね…。

精霊布のような生きた魔力にはバレると言っていたが、それはつまり魔力感知の出来る人にはバレるということだ。人類社会の中では滅多に会う才能では無いけれど…。


「????……??????」


両開きの扉の向こうから、何語かは解らないが聞き覚えのある声がする。幼い女の子の様なこの声は、まず間違いなくルビさんのものだ。

 !あ、しまった!

 まだ言語をユイマに合わせてくれてるんだ!

多分なにか、失礼します、みたいなことを言ったんだろう。…なんか申し訳ない。

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