第20話聖殿
ミズアドラス領主の屋敷は、広大な湖の畔に建つ。大魔女の聖殿から左右に長々と続く渡り殿の先に、礼拝所と対称の位置にあり、一見すると城塞のようである。白い城壁は決して高いものではないが、所々に塔が建ち、居城を囲む様はこの地にも戦乱のあった古い時代を感じさせる。
緑に囲まれて静かに横たわる湖には、辺りの山々からの清流と湧き水が注ぎ、豊かな清水が湛えられていた。
聖殿を守る聖職者の長の一族は、ノエリナビエの信頼厚く、共に冥闇から来る魔物達と戦ったと伝えられる魔法弓兵と、賢き竜の眷属達に認められて、その役目を任されたという。人々からは聖殿長と呼ばれた。
水の竜は神聖かつ不可侵の領域を持つとされている。ミズァドラ湖周辺の結界の事である。勤勉で信心深いジャシルシャルーンは、竜を信仰の対象として永きにわたり守って来た。水鏡は竜にあやかる縁起の良いものと考えられ、鏡は人が使う道具の中でも神聖視されている。
湖に住むとされる水の竜は、人に姿を現すことは稀であり、礼拝のみが信心と尊敬を表す方法と信じられている。ただ黙して頭を垂れ、目を閉じて両手で水を掬う仕草をする、というのがその作法である。
今、聖殿には大魔女はいない。
清流の大魔女の魔石を失い、その系譜が潰えてから既に聖職者の長は二度代わっている。
聖地に伏せられていた真相は、領主家が密かに収めて聖職者の権限をも裏から握る事となった。
魔石の行方に見当はついている。
水の竜の力を借りて張り巡らせされたミズァドラ湖周辺の強力な結界を破る力を持つのは、同じく魔石を持つ大魔女と、その友人である竜しか考えられない。竜属でも格の違う彼等でも無い限りそれは不可能なのだ。
火の竜と炎嵐の大魔女ネルロヴィオラは、遠く北の大国ミロスのマフー大砂漠に住むという。
世界が未だ沈黙を守る意味を、雷光の大魔女はまだ知らない。
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