第13話 王族
サナーが何かに気づいて、サッと俺の背後へと駆け寄り
すばやく元村長から抜き身のブロンズソードを取り上げた。
「おい……ナランを殺そうとしてたよな?」
「私が村長です」
元村長はいつもの顔でいつものセリフを吐く。
また胸ぐらを掴もうとしたサナーを手で制して
「なあ、元村長、確かに俺がお前の屋敷をスライムに喰わせたけど
先に俺とサナーを生贄にしようとしたのはお前だからな?」
真面目な顔で諭すと、元村長はシュンッとしてその場に座り込み
「……私が……村長です……」
哀しそうに俯いた。
「……」
そうか、村長が俺の命を狙ってくる可能性を忘れていた。
確かにライトスライムたちを連れて行ってるし
俺がけしかけたのは丸わかりだよな。
ローウェルとも元々知り合いらしいし
そっちからけしかけられている可能性もある。
サナーは元村長の横に腕を組み胡坐をかいて座り込んで
「ここに居れば、監視しつつ、街を見物できる。
ナラン、安心しろ」
「悪いけど頼む」
ローウェルは堪えきれなかったのかいきなり爆笑しだして
「お、お前ら、やっぱおもしれええわ!!」
寸分の狂いもなく馬たちを御しながら、しばらく笑い続けた。
そうこうしているうちに、州立大学が見えてきた。
低い壁に囲まれた数百メートルの長さの三階建ての巨大な校舎が
なんと広大な敷地内に三棟もある。
それとは別で、小さな研究所のような屋敷も
庭園の中にいくつも散在しているのが見える。
「すげー……街の中にある小さな町みたいだな……」
サナーが元村長から没収した鞘に入ったブロンズソードの先を
ポンポンと左手に当てながら言うとローウェルが
「たしか、今は長期休みの最中で学生は居ないはずだな。
よし、敷地内にそのまま入っていくか」
「そうしよー!ほら、元村長もやって!」
立ち上がって右手を振り上げたサナーに促された元村長は渋々
「私が村長ですー!」
と似たようにいつものセリフを吐きながら右腕を振り上げた。
「よしよし、えらいぞ元村長。先輩の私が褒めてつかわすぞ」
サナーからハンチング帽の上を撫でられて、元村長は微妙な顔をする。
その気持ちは俺にはよくわかる。
大学内敷地内の広大な庭園の手前で荷馬車は止まった。
すぐに庭園の中から
グルグル眼鏡をかけた頭頂部が禿げて光っている痩せた
白衣の研究者が走ってきて
「おおおお……ローウェルさん、あんた、なんてすばらしいものをっ」
裏返った甲高い声を出しながら
滑車に大人しく乗っているライトスライムリーダーと子供たちの
周囲をグルグル回って、観察し始める。
ローウェルが彼の代わりに俺たちに
「今回の依頼者ヘグムマレー教授だ。スライム学の権威だな。
常々、良いスライムが手に入ったら連れてきてくれと言われていた」
顔が上気しているヘグムマレーは荷馬車に飛び乗ってきて
「で、どなたが伝書鳩が伝えてきたライトスライムテーマーなのかね!?」
ローウェルが黙って俺を指さすと
「お、おおお……若いのに、素晴らしいことじゃっ」
「いや、それほどでも……まだ自然転職して二日目ですし……」
ヘグムマレーは眼鏡の下の両目と口を大きく開けて驚いてから
「あ、あんた天才じゃよ!経験の浅いものに
こんな高レベルスライムが大人しく従うなんてありえん!
手紙によると、家屋を喰わせたと聞いておるのだが……」
「あの、スライムから直接訊いてもらえます?筆談できますよ?」
「な、ななななななななんとっ、人語まで解すのか!?
ローウェルさん!これは世紀の大発見じゃあああああああ!!」
教授は興奮しすぎたのか、飛び上がって鼻血を噴出して
そのまま芝生へと落ちていった。
俺たちが飛び降りる前に、ローウェルが風のような速さで抱き上げて
すばやく体の数か所を叩くと
「はっ……すまない……発奮しすぎたわ!」
ヘグムマレーは鼻血を拭ってスッと立ち上がり
ライトスライムリーダーに駆け寄ると、バッと両腕を広げ
「へーい!!麗しのライトスライムリーダーさんとその子たちよ!!
私は世界一のスライム研究者だ!私と交流しよう!」
黙って眺めていると、ウネウネと触手がライトスライムリーダーの身体が伸びて
俺に向かい「ちょっとこっちこい」と言った感じで手招きしてくる。
まあ、奇人すぎるよな……と思いながら近寄ると、すぐに地面に
「この人間は正気なのか?」
と人間の文字が書かれて、それを見たヘグムマレーがまた鼻血を噴出させ
「すっ、すごい!!確かに文字を解している……なんて高等知能を持った個体だ!」
そしてすぐにニヤニヤして駆け寄ってきたローウェルから
ハンカチを二枚それぞれの鼻に突っ込まれて止血された。
俺は少し考えてから、ローウェルに
「もういいから早く今回の依頼内容を教えてくれ……」
ローウェルが頷いて
「ああ、依頼者のヘグムマレー教授がスライムに好かれる方法を探すことだな。
お前らへの報酬七百万イェン、ランクB+クラスの依頼だ」
サナーがいきなり色めきだって、元村長の腕を引っ張り駆け寄ってきて
「なっ、七百万!?な、中抜きされたあとでその額!?」
「ああ、三割の三百万は会社が抜いてそれだ」
つまり元々は一千万イェンの報酬だったようだ。
「そ、それは絶対に成功させたいな!ナラン!」
サナーは右手でバシバシと俺の背中を叩いてくる。
しかし……そんな簡単そうな依頼内容で、そんな高難易度になるってことは……。
ヘグムマレーが白衣のすそで血しぶきのついた眼鏡を拭きながら
「……そうなのだ。私は世界一スライムを愛していて
世界一スライムを研究している世界一のスライム大家なのだが
世界一スライムから嫌われている男なのじゃ……」
俺とサナーとついでに元村長と、心なしかスライムリーダーまでもが
「うわ……絶対めんどくせぇぞ、こいつ」という顔をした。
正直、黙ってリブラー使ってさっさと解決して帰りたいが
一応、このめんどくさそうな奇人の話も聞いておくことにする。
ヘグムマレーはわざわざ庭園入り口までテーブルとティーセットを運んできて
というか、俺とサナーとローウェルに運ばせてきて
さらにライトスライムたちが好きそうな大き目の角材をまた俺たちに
勝手に大学の家屋建築現場から持ってこさせた。
涼しい顔をしているのはローウェルだけで、俺とサナーと元村長は汗だくだ。
ヘグムマレーが抱えてきた水入れから、詠唱もせず次々に氷のブロックを創り出して
暑さ覚ましに、ほてった俺たちの周囲に並べていくのをボーっと見ていると
「元々、私は、アイスウィザードでな。レベルも77くらいある」
その言葉に驚いて背筋が伸びた俺とサナーは、一気に姿勢を正して座り直し
一斉にこの奇人学者の方を向いた。
ヘグムマレーは自嘲するような笑みを浮かべ
「自慢するようで悪いんじゃが、名家の生まれで知能にも才能にも恵まれた私はな。
三十くらいにはこの世に飽いておったのじゃ」
サナーが少し不機嫌になって
「で、でも!!それくらい人生楽勝だったら私だったらもっと楽しむけど!」
そう身を乗り出して尋ねると、ティーカップに人数分のお茶を淹れながら
ヘグムマレーは深く頷き
「そう、それに気づいた私は、好きでたまらない
スライムの研究者として再出発することにした。だが……」
ヘグムマレーは俯いて黙ってしまい、俺たちにティーカップをそれぞれ渡してくる。
黙って角材に座っていたローウェルが
「三十二の時には、世界初のロックスライムの研究論文で学会に確固たる地位築き
四十前にはこの大学の一代前の学長になっちゃったんだよな?
要するに、運が良すぎるんだ、しかもこの爺さんは
どこかの誰かと違って、どこまでも有能で善良だ」
チラッと元村長の方を見る。元村長は疲れているのかいつのまにか寝ていた。
ヘグムマレーは観念するかのように
「そうなのだ。私は"幸運"のスキルを生まれた時から持ち
さらに"天啓"の加護スキルまで組み合わさっておる……しかし……」
ローウェルが煙草に火を点けながら
「いつも本当に、やりたいことじゃなくて用意された幸運なんだよ。
なので本当に好きなスライムからは疎まれるわけだ」
サナーが顔をしかめて、俺の方を見て
「……もう帰らねぇ?いいでしょ、こんな人の願いなんか叶えなくても……」
ローウェルがプカーッと煙を吐きながら
「幸運で有能な者の孤独っていうのもあるんだよ。
それに、ここで恩を売っとけば、お前らにも
四回目の依頼にして、早くも上級国民との絆ができるわけだ」
サナーはいぶかし気な眼つきで
「えー……この変な人は、今は、学長でもないんでしょー?」
そう言ってからお茶を飲んだ。ヘグムマレーはどこか恥ずかしそうに
「わしの本名はヘグムマレー・ウィズじゃよ。血筋的には一代前の国王の弟じゃな」
サナーがヘグムマレーの方へとお茶を噴き出す前に
俺が全力で間に入って、全てのお茶を受け止めた。
そして、爆笑するローウェルを横目に
サナーに全力で頭を下げさせて、自分も深く頭を下げる。
ま、まさか王家の人間とこんなところで会うとは思わなかった。
た、たしかにこの国で、加護スキル最高峰の
幸運と天啓スキルを生まれ持つ血筋なんてウィズ王家くらいしか思いつかない。
なんで俺は気づかなかったんだ……ローウェルの意地の悪さを甘く見ていた。
サナーはグググッと頭を上げると
「じいさん!!私は一度王族たちに言ってやりたかったんだ!
なんでこの国には奴隷なんているんだ!!おかしいで……むぐぐぐ」
俺は必死にサナーの口をふさいで、その場に土下座させる。
ヘグムマレーは困った顔で
「……すまんとしか言いようがない。
社会システムというものは経済と生活に密接に関係しておるものじゃ。
我が国は結局、安価な労働力である奴隷を使ってどうにか経済を回しておる。
しかし、世界の国には、平等を達成してるところもあるので
そう言われてみると、王家も含めた指導者層の努力不足かもしれん」
俺は頭を下げたまま冷や汗しか出ない。
これ、不敬罪で打ち首とかあるんじゃないか?
ローウェルがいつもの爆笑をし始めて
「この人の話聞いてなかったのか?王家から飛び出して
一介の研究者してる変わり者だぞ?
そんな恐縮しなくていいんだよ。それより依頼受けて恩を売っとけ」
俺はそろそろリブラーを使ってさっさと解決して逃げたくなってきた。
チラッと見ると、ライトスライムたちは角材を食べ始めたようだ。
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