アイリーンは見た
私はアイリーン。
アンゴア連合国のアンゴン地方アンゴンの街を拠点にする、冒険者パーティー「春の風」に所属するCランク冒険者。
私達「春の風」はBランク冒険者のセイランがリーダーの女性だけのパーティーだけど、アンゴンの街では上位の実力者集団だと自他共に認めている。
Bランク冒険者のセイランは、虎の獣人族、見上げるような大きな身体に山のような筋肉を持ち、それに見合った高い身体能力と俊敏性まで持っている。厳しいけどそれ以上に優しく頼りになるパーティーのリーダー。
Cランク冒険者のリジーは、エルフ族、背は私より低いが女性から見てもとても魅力的な綺麗な女の子。性格も穏やかでパーティーのお母さんみたいな存在。魔術でパーティーの支援を主にこなす頼れるメンバー。
Dランク冒険者のエナは、私と同じ人族、一番年齢も低く身長も低いが才能の塊のような可愛い少女。ソロで活動していた彼女が行き詰まっていたところをセイランが勧誘してきた。今はいろいろと試行錯誤中みたい。
指名で調査依頼を受けた私たち「春の風」は、四人全員でアンゴンの街から南東にある町タイゴンへと来ている。
タイゴンの冒険者ギルドは何度も訪れているので迷うことなく受付で話を聞くと、最近タイゴンから南の森の外周にゴブリンや大型のウルフがよく出没するとのことだ。
ゴブリンや大型のウルフの討伐だけであれば、もっと下位ランクの冒険者の稼ぎになるため、Cランク以上に依頼は出ない。
ギルドとしても冒険者としても、このレベルの魔物なら稼ぎのためにもっと出てきてもらいたいくらいらしい。
でも、もしゴブリンやウルフが森の奥から逃げてきたのなら原因を探るのが今回の調査依頼。
強力な魔物が流れてきた可能性もあるため、いざとなれば逃走か討伐を選べるBランク冒険者セイランが率いる「春の風」に指名で依頼を出したと。
今日はここを拠点とするDランク冒険者が日帰りの簡易調査依頼を受けて出ているらしい。
今から行ってもすぐに日が落ちるので、ギルドの情報を加味して計画を詰め、明日から私達「春の風」は調査を開始する。
翌日。
早朝、ギルドで簡易調査の結果を聞こうとしたが、依頼を受けた冒険者がまだ戻っていなかったので捜索も請け負う。
調査は初日は様子見で一泊程度を予定するけど、状況によっては最大五日まで延長、原因が解れば予定を前倒しで戻ってくること、七日経って戻らなかったら異常事態があると判断してほしいと調査予定を伝えギルドを出発する。
今日からしばらく携帯食料生活かぁ。狩りでいい獲物がいたらいいな。
確かに外周にはゴブリンやウルフなど、弱い魔物を高頻度で見かける。倒しても調査には関係ないし体力を消耗するから極力戦闘は避ける。
森の中へ進むとゴブリンもウルフも他の魔物も、ほとんどいない。微かに魔物が嫌がる香木の焼けた香りがするから、そのせいだろうか。でもこんなに広範囲に香るなんて、どれだけ大量に焚いたの?
これが原因かな? あとは香木が燃えている場所を探してギルドに報告したら依頼は完了かな。調査は意外と早く終わるかもね。なんて四人で話していると
「……ぁぁぁぁぁぁぁ……」
遠くから聞こえる叫び声?メンバーのリジーは、悲しい叫び声のようだと言っている。
昨日戻らなかった冒険者が魔物に襲われているかもしれないが、全員で行くのは全滅のリスクがあるため先行して私が確認し仲間に合図を出すことになった。
三人は少しだけ距離を開けて追従する。
「あああああああああああああああ!!!!」
声のする場所に警戒しながら近付き、とんでもないものを見た。
私が見た中では最大サイズのシールドボア、牙は巨大なつるはしのようなものが大小四本生え、額のシールドも見たことがないくらい大きい。
シールドボアは強力な魔物ではない、あのサイズだと危険だろうけど通常のシールドボアはウルフに襲われるくらいには御しやすい魔物。正面以外は全部弱点のような魔物だ。でも正面だけは絶対に立ったらダメ、正面だけは。
正面に集中した牙と盾、前方に存在の全てを詰め込んだシールドボアの突進は自身の倍近い大きさの魔物すらぶっ飛ばす。
ぶっ飛ばすんだけどなぁ。
目を見開きシールドボアを睨み付け、涙を流しながら悲痛な絶叫を上げる年上の男性。リーダーのセイランと同じくらいの二十代後半かな。髭が雑に生えてる。
一般でも使われている作業着に似た、でもデザインの違う見慣れない紺色の上下を着込み、黒い短髪に茶色い目は絶望? 諦め? とても悲しそうだった。近くに倒れている冒険者の仲間だろうか。
その彼があろうことかシールドボアの正面で両手で凶悪な牙をガッチリと掴み、地面を抉りながらも対抗していた。
木漏れ日を浴び、自身の何倍も大きなシールドボアを叫び正面からねじ伏せんとする彼の姿が、綺麗だと場違いな感想を持ってしまった。
とんでもない光景に一瞬呆然やら感嘆やらとしてしまったが、このままではまずいと判断。加勢を決定。
剣と槍を抜いて加速、狙うは彼が押さえ付けて下がっている首、地面を蹴り跳躍、木を蹴ってさらに跳躍、直上の一番太い枝を蹴ってシールドボアの首めがけて突貫、剣と槍を深く突き刺し捻る。
シールドボアが暴れようとするが、こちらを認識した彼が牙を掴んだまま抑え込む。
とんでもない身体能力だ。
「あなたすごいわね! シールドボアと真っ向勝負なんて!! 高ランクの冒険者なの!?」
シールドボアが動かなくなったことを確認してから飛び降り、先程の彼とシールドボアの正面対決があまりにも衝撃だったため興奮がおさまらず、そのままのテンションで称賛や労いを込めて言葉を浴びせながら肩や背中をバシバシ叩く。
身長は私より高いけど痩せすぎじゃない? と不思議に思う。
彼は呆然とこちらを見たかと思うと、急にオロオロしだし茶色い瞳をさ迷わせる。
馴れ馴れしすぎただろうか? でも、あの光景を見て興奮するな、と言うのが無理な話だ。
それとも、倒れた彼の仲間の冒険者が心配なのだろうか。
「ーーーーーーーーーー。ーーーーーーーーー。ーーーーーーーー」
なんて?
彼が話す言葉が全く理解できなくて、今度はこっちがオロオロしてしまう。違う言語が存在するらしいとは噂で聞いたことがあったが、初めての経験に軽く慌ててしまうと彼から私を笑っている雰囲気を感じる。
慌てている私に落ち着くような仕草をした彼は、倒れている冒険者とシールドボアを手で示す。
武器回収しなくちゃと思い、彼に「そうね」と頷いてから自分の剣と槍を引き抜き、刺さっていた剣も回収して降りる。
彼に剣を渡そうとするのだが、受け取らない。
彼は身振りで倒れている冒険者の物だと言っているようなのだが、倒れている冒険者は明らかに亡くなっているし、彼は腕力はあっても丸腰だから今だけでもあなたが持たないと!
納得したのか剣を受け取るが、持ち方は素人丸出しの危なっかしい持ち方だし、剣を珍しいものでも見るかのように恐る恐る眺めている。
座り込む彼を気にしながら亡くなっている冒険者を確認しつつ、このとんでもない彼のことを考える。
彼はたぶん「稀人」じゃないかな?
似てはいるが、見慣れないデザインの作業服?
知らない言語。
顔もよく見れば人族のようだけどなんとなく雰囲気が違う。
剣だってありふれたものなのに、珍しいものでも見るように眺めている。
あんな力があるのに、戦闘に関わる者の雰囲気を全く感じない。
「稀人」は私達とは違う世界から突然来訪すると聞いている。「稀人」は数十年から百年くらいの頻度で来訪している。
私達とは違う言葉を話し、服装も似ているようで違うものを着込み、こちらの常識に疎い。
魔力が使えなかったり非力ではあるが、こちらにはない技術や知識を持っていると聞いたこともある。非力?
でも、特別優れた技術でもなかったから、文化的な面の優れた非力な種族と私達は認識している。
こちらの言葉を理解するようになると、理由はわからないがこことは違う場所から迷い混んだと言う。他にも眉唾な噂もあるが、概ね悪い噂はない。
彼も「稀人」なんじゃないかとは思うが私一人で考えてもわからないし、「春の風」のみんなも呼ばないと。
彼に他の仲間を呼んでいいか身振りで確認して、笛を吹く。
安全を確認したこと、集まっても大丈夫なこと、相談有り、を笛で連絡して彼の近くに向かい、疲れているだろう彼を労うように肩を叩くと彼が泣き出した。
慌てる私。それを見て泣いているのに私を笑っている雰囲気を出す彼。
こうして私はゴンゾウと出会ったのだ。
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