平凡なおじさん
私は山田権蔵三十八才のおじさんだ。おっさんではないおじさんだ。
自分で言うのもあれだが私は平凡だ、なんなら自己評価は凡愚よりの平凡だと思ってさえいる。争いごとは好まないし面倒なことも好まない。
特別優秀でもなければ、出世や勝ち組と呼ばれる人生の成功者を目指す野心があるわけでもない。
人生で己の限界に挑戦するほどの情熱を持ったことはなく、時間や財産を大きく使用するほどに打ち込める趣味などを持ったこともない。もちろん記録に残る、何かしらの賞や好成績を取ったこともない。
なにかを開発発展させるような独創性や創造力も乏しく、面倒なので集団をまとめあげるリーダーシップは取ったことがほとんどない。
酒は嗜む程度、毎日の晩酌はしない。タバコは幾度か吸ったことはあるが、合わずに続くことはなかった。
食の好みも好き嫌いはないが、遠出したり行列に並んでまで食べようとは思わない。一週間毎日3食同じメニューでも、特に苦痛には感じないくらいには食にも興味が薄い。旨い食事はたまに食べられればいい程度。
元々交遊関係も地元の狭い範囲のものであり、田舎である地元を離れていった友人達とは徐々に疎遠になってしまった。
無遠慮な人からは飲み会の席で「生きてて楽しいか」と聞かれたこともある。
それでも裕福ではなかったが暖かな家庭に生まれ育ち、自分なりに幸福も感じる人生を歩んで来たとは思っている。
ちょっと心配になるくらい善人な両親、二才上の頼りになる兄、十才離れた妹、既に他界したがこれまた善人な祖父母と穏やかに平凡に生きてきた。
一昨年妹が結婚したときには父と兄と私で号泣してしまい、母と妹に泣きながら笑われたものだ。
大きな成功もなかったが同じく人生を変えるほどの失敗や転落もなかった。
人生に悔いはないかと聞かれたら、
「細かな後悔はあるっちゃあるけど、特別大きな後悔はないな」
と、答える程度には今までの歩みに細かな後悔はあるが、これからもこのまま生きていくのだろうと思っている。
ただ父と母よ「焦って結婚はしなくていいが結婚はいいもんだぞ? ん?」と穏やかな圧力をかけてくるのをやめてくれないだろうか。
兄がちょっとした成功を納め、三世代住宅を建てて両親を呼んでの同居が始まるので、一度家族で集まり懐かしい話などをしたからか自然とこれまでの人生を振り返っていたようだ。
先日新入社員がインフルエンザにかかってしまい急遽早番での出勤だ。今年の冬も冷えるし雪も去年より多いような気がする。
新入社員の彼は疲れて体力も落ちて、さらに新卒で初めての冬などが重なったところにインフルエンザもらっちゃったのかな。
早朝のまだ暗い時間帯の通勤路を、購入して八年の愛車を走らせ会社に向かう。
新入社員の彼はとても真面目なのだが抱え込む癖がある、部署の皆もしょうがないことだとインフルエンザなんて君の責任ではないのだと言っているのだが、口さがない者の一言を気に病んでいるようだ。
インフルエンザのときくらい大手を振って休めばいいのに、私ならこれでもかとインフルエンザアピールをしてついでに有給消化でさらに休みの延長を打診するのだが、もう五年はインフルエンザにかかっていない。
お昼にでも気にするなとせっかく大手を振って休めるのだから、なんなら君の有給でさらに休みを増やせるように上司に直談判しようか? とメールでも送ろうか。
いや若者はこういったものも、休日の業務連絡としてとらえ気を悪くするだろうか。SNSで炎上しちゃうのだろうか。
それにしても、出勤時間の急な変更が身体に負担がかかる感じがするけど年齢かなぁ。
とりとめのないことを考えていると、カーラジオからとてもきれいな歌声が流れてくる。
私が学生の頃にヒットした曲のカバーのようだ。懐かしくなり歌声に併せて鼻歌を歌う。おじさんとデュエットですまんな。
うろ覚えで歌詞が出てこないので、メロディだけ鼻歌で拾っていく。
唐突に強烈な黄金の光に包まれる。
そして車がなにかに激突して、エアバッグが作動した。
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