第11話 記憶喪失の少女

 「記憶が、ない?」


 レイは黙ったまま首を縦に振った。

彼女の表情はまたあの時のように暗い。


「わたしはレイって名前だけど、それだけしか覚えてなくて……。だからレイっていう名前も本当かどうか分からないし、わたしが何歳なのかも分からない……」


「そう、か……」


 キシは手を顎に当てる。

この問題を解決したくても、レイの記憶が無いのなら解決は非常に困難になる。

しかし、何とかしてあげたかった。

キシは顎に手を置き、しばらく考えた。


「――――レイはさ、自分の記憶を取り戻したいって一回でも思ったことある?」


「取り戻したいよ。でも――――」


「でも?」


「取り戻したくても過去を知るのが怖い自分もいて、今は怖いっていう方が勝ってる……」


「そうか……」


 再び視線を下に向け、声が震わせながら自分の気持ちを伝えるレイ。

前髪で目が見えなくなるほど俯いてしまっていることから、過去を知るのは怖がっていることは本当のようだ。

 過去を知ることは楽しかった思い出もあれば、逆に自分が知りたくなかった事実を知ることになる。

知りたくなかった過去を知った瞬間得られるもの、それは『自分の存在を自ら壊してしまう可能性がある』ということだ。


「――――」


 それは、レイも分かっていた。

自分の過去は知りたくても、知りたくない事実を知ってしまったら……と考えただけで、勝手に自分の体全体が震えてしまうほど怖くなっていく。


「――――焦る必要は無いと思う」


 キシの言葉にレイはゆっくりと顔を上げる。


「まだ覚悟ができていない時に過去を知るのは良くないっていうのは俺でも分かる。だから、レイは過去を知る覚悟が出来たら俺に言って欲しい。俺も付き合ってあげるからさ。1人でやるよりは誰かがそばに居た方が良いだろ?」


 そう言うとキシはレイの頭に手をのせ、優しく撫でてあげた。

その瞬間、レイの目から一筋の涙が流れた。

何故かは分からない。

無意識に、突然流れてきたのだ。

これは悲しいとか、そういうネガティブな涙ではなかった。


「キシ……ありがとう。まだわたしは過去を知るのが怖い。だから、時間がかかるかもしれないけど、過去を知る覚悟が出来たら絶対言うから」


 1人よりは誰かが居たほうが良い、まさにキシの言う通りだった。

レイは安堵の微笑みを見せた。

そして、キシの胸にトンっと頭を当て、そっと彼に身を預けた。

そんな姿を見て、キシはしばらくの間彼女の頭を撫でてあげた。

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