第2話 独りぼっちの少女1

「な、なんだよお前……」


 バトル開始から一瞬だった。

エル・オーウェルはキシの動きを全く捉える事ができず、吹き飛ばされてしまった。


「これで、みんな納得してくれますよね?」


「「「「「――――」」」」」


 キシは周囲の人たちにもそう言ったが、周りは何が起こったのか、まだ理解しきっていない様子。

エル・オーウェルがボロボロになっている姿を、ただ呆然と見ている。

キシのことなど恐ろしくて見ることすら出来なかった。


「じゃあ、俺はクエストの依頼見てくるので」


 キシは呆然と自分のことを見てくるエル・オーウェルにそれだけを伝え、クエストのビラが貼られた掲示板の方へと向かっていった。

周囲の冒険者たちはまだその場から動かなかった。

エル・オーウェルとキシのバトルを見て、誰もが恐怖におびえていた。


「あ、あいつは何者なんだ?」


「あのエル・オーウェルでさえ、手出しできなかったぞ…」


 我に返った人がだんだんと増え始め、そんな言葉がどよめく中、キシは簡単な討伐クエストの紙を持っていき、さきほどの受付嬢のもとへ行った。


「これでお願いします」


「え……? あ、はい……」


 あの高ランク冒険者、エル・オーウェルと戦ったところを見ていたため、受付嬢も完全に固まってしまった。

青ざめた顔でキシを見つめたまま固まっている受付嬢に、キシは受付嬢の顔の前で手を振る。


「あの……大丈夫ですか?」


「へ? あ、はい! 大丈、夫です……」


「すみません。エルさんって言う人が本気でやってもいいって言われたもんでつい……。あ、でも建物に傷はつけてないので大丈夫ですよ!」


「は、はあ……」


 キシの笑顔が恐ろしく見えた。

だいぶ耐えてはいるものの、それでも少しだけ体を震わせながら手続きを済ませる。


「では、行ってらっしゃいませ。終わったらここで報告お願いします」


「分かりました! では行ってきます!」


 キシは受付所を後にし、ギルドの外へ出ていった。

まだギルド内はどよめきが起こっている。

受付嬢は胸に手を添え、大きく一回だけ深呼吸をしながらなんとか心を落ち着かせていた。


「あの人の頭と瞳の色、そしてあの頭から出ていたものは、まさか……!」











◇◇◇











「さて、雑魚モンスターでも狩りますか。」


 キシは平原に来ていた。

この場所がキシが初めての依頼をこなす場所で、クエストの依頼でゴブリン20体を討伐することだ。

本当なら魔法で一掃するのが一般的だが……キシは魔力がほとんどないので、剣を使ってゴブリンを退治する。


「親には恨みしかないけど、学んだ剣術はなんだかんだ役に立つんだよな。腹が立つ」


 そんな愚痴を言いながらゴブリンの群れを見つけては討伐していく。

今回はかなり大きな群れだったため、20体討伐はあっという間に終わった。


「さて、素材を取ってギルドへ帰るか」


 ゴブリンの素材は長い耳。

それを取って、キシはギルドへ向かった。


「――――ここの草原、なかなか良い場所だな」


 キシは草原の周りの景色を見ながらそう言った。

どこか落ち着いた雰囲気があって風が心地良い感じがした。










◇◇◇










 ギルドに着くと、キシを見かけた人はみんな目をそらす。

キシはそんな事も気にせずに受付カウンターに向かった。


「クエスト終わったので報告しに来ました」


「あ、早いですね! お疲れ様でしたキシさん。素材は持って来てますか?」


「もちろん! これです」


「では今から確認しますね」


 キシは受付嬢にゴブリンの素材である耳を渡す。

受付嬢はゴブリンの耳を丁寧に数え始めた。


「――――19、20。はい、確かにゴブリン20体討伐を確認できたので、報酬として3000ディルハムを受け取りください」


 そう言って受付嬢はキシに3000ディルハムを渡した。

キシはそれを受け取り、受付所を後にしようとした時だった。


「あのキシさん! 1つご質問いいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「先ほどのエルさんとのバトル、わたしも拝見していました! あの力はなんですか?」


「あれは……まあ、自分の固有スキルみたいなものです」


 この世界には人それぞれ固有スキルを持っている。

属性は一緒でも詠唱が違ったり、そもそも性質が違うことも少なくない。

そして固有スキルは両親から引き継がれたものがほとんどを占めている。

そのため、固有スキルと言ってもこの世界の住民は納得してくれる。


「なるほど……あなたのような固有スキルがあれば、もっとランクの高い依頼でも良いのではないかと思いまして」


「それは……実はあの力はあまり使いたくないんです」


「えっ、どうしてですか?」

 

「あまり長時間使うと反動が凄いんですよ。酷い時は一日中ベットに寝込んだまんまになる時もあるので……」


「なるほど、そうでしたか……。失礼いたしました」


「いえいえ、あれはみんなに理解されづらいのでそう思われるのも仕方ないです。では、また明日来ますね」


「はい、またいらしてくださいね!」











◇◇◇











 1週間後……キシはゴブリン討伐をしていたあの草原を訪れていた。

この平原を見て居心地の良い場所と思い、それからは必ずここに来るようにしている。


「この何もない感じがすごく落ち着くんだよな。何も考えずに適当にここをぶらつくのが良いな」


 しばらく歩いていると、小さな池を見つけた。

周りには低木が池を囲むように生えている。

人工的に植えられたような感じだった。


「こんなところに池があったのか。今まで気づかなかったな―――ん?」


 すると、池のほとりに1人で座っている人を見つけた。

キシは池を覗いて見る体で、こっそりとその人に近づいてみることに。

近づくにつれて、その人の姿が鮮明に見えてきた。

そこには、この世界では珍しい紫髪の12〜13歳くらいの女の子が座っていた。


(なんでこんなところに女の子が? てか、俺のやっていること完全にストーカーじゃん……。今頃気づく俺もどうかと思うけど)


 しかし、キシは彼女の姿を見ると、ある記憶が蘇る。

前世の記憶、転生したあとの親の記憶――――あのつらい日々が。

彼女の姿を見ると、どうしてもあの頃の自分の姿と同じように見えてしまうのだった。

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