61話

 王都の貴族街に惨劇の火種が広がり始めた頃。


 アルギスの右腕に集まった大量の霧は、十二対の骨が前腕を挟むように装備された手甲剣へと姿を変えていた。



(この剣は……)


 

 腕に絡みつくような異形の剣を見たアルギスは、おぼろげになっていた記憶が不意に甦る。


 というのも、アルギスの右腕に装備されていたのは、生まれ変わる直前、プレイしていたシナリオの最後で”アルギス”の使用していた剣だったのだ。



「……奴も、あのダンジョンに行っていたのかもな」



「ブツブツ言ってんじゃねーぞ!」



 どこか遠い目をするアルギスに、シェリーは怒りを吐き出すように吠えながら斬りかかる。


 迫りくるシェリーの腕を、アルギスは事も無さげに受け止め、薙ぎ払うように胸元を切り裂いた。



「まったく、品のない」



「……お前、何もんだ?」



 胸元の傷が修復する中、シェリーは後ろに飛びのいて、警戒するようにアルギスを睨む。


 一方、軽く肩を竦めたアルギスは、不敵な笑みを浮かべながら、シェリーへ剣を差し向けた。



「私の名はアルギス・エンドワース。短い時間になるだろうが、是非覚えていてくれ」



「っ!てめーがエンドワース家かァ”ア”!」



 アルギスが名乗ると同時に、シェリーは声にならない叫びを上げて、剣となった腕を突き立てる。


 しかし、アルギスの心臓部へと吸い込まれた剣先は、周囲に揺らめく魔力を貫くことなく、半ばで動きを止めた。



「ククク。――軍勢作成」



 アルギスが嘲笑交じりに呪文を唱えると、未だ立ち昇り続けていた柱から戦場へ、一気に霧が広がっていく。


 直後、浮き上がるように魔物へ斬りかかる黒い甲冑の死霊――亡霊勇士が、地面から姿を現したのだ。


 全ての魔物と相対する亡霊勇士に、シェリーは思わず顔を上げて辺りを見回した。



「なにっ!?」 



「随分と余裕だな?」 



 消える程の速度で飛び掛かったアルギスは、躊躇うことなくシェリーの胴体へ手甲剣を突き刺す。


 そして、くるりと刃の向きを変えられた手甲剣は、シェリーの体を、そのまま頭まで一直線に引き裂いた。



「っくそ!……ぎぃ!」


 

「振り出しに戻ったが……どうするよ?虫ケラ」



 体の修復を始めようとするシェリーに、アルギスは首を斬り飛ばして、落ちた頭へ更に追い打ちをかける。


 しかし、遅れて体を倒したシェリーは、首から流れ出た血で、細切れにされた頭をウネウネと1つに集め始めた。



「な、め、やがっでぇ”」



「……ほう。そこからでも復活するのか」



 集まった口だけで声を上げるシェリーに眉を顰めつつも、アルギスは構えすらとらず、姿をじっと見据える。


 アルギスの見下ろす先では、今も散り散りになった肉片が血となって、胴体へ吸い込まれていた。


 

(こいつは一体なんなんだ?《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ)



――――――



【名前】

シェリー

【種族】

 誅族

【職業】

ウォーリア

【年齢】

 ――

【状態異常】

・同一化

【スキル】

・流血

・修復 

・肉体制御 

・血液簒奪

・剣術 

・飛行 

・血液貸与

・指揮

【属性】

 ――

【魔術】

 ――

【称号】

・恥辱ノ足



――――――


(……また、妙なのが出てきたな) 


 表示されたステータスに、アルギスはげんなりとした表情で肩を落とす。

 

 それからしばらくの間、アルギスが茫然とステータスを眺めていた時。


 跳ねるように起き上がったシェリーの腕から、突如無数の棘が飛び出した。


 

「クソがァ!」



 棘がアルギスの体の手前で止まると、シェリーはすぐさま腕を剣に戻して襲い掛かる。


 一直線に顔へ迫る剣先に、アルギスは眉一つ動かさず、首を斬り裂いた。


 

「はぁ……」 



「効くかよ!」



 瞬く間に傷を修復したシェリーは、続け様に貫手を繰り出す。


 しかし、互いに決定打の無い2人の打ち合いは、周囲の魔物がいなくなるまで続いていった。



(……体の様子がおかしいな。常に力が減り続けている)

 


 激しい剣閃の応酬の最中、アルギスは速度や膂力が低下していることに気が付く。


 すぐさま後ろへ飛びのいて距離を取ると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを見せるシェリーと睨み合った。



「人族如きが、いつまで持つかな!?」



「……心配しなくても、もう終わる」



 アルギスが呟いた瞬間、これまで周囲を揺らめいていた黒い霧は、一部が質量を持ったように沈み出す。


 たちまち霧が足元を隠すと、アルギスは額に汗を浮かべながら、神妙な口調で口を開いた。



「――闇より出でし力、苦渇の術を此の身に宿し、我が敵の身を滅ぼしたまえ。枯死呪縛」



「でめぇ!なじをじやがっだ……」



 沈み込んだ霧が地面へ染み込むと同時に、シェリーの体は形を保てなくなったように波打ち始める。


 一方、自らの両手をじっと見つめていたアルギスは、ややあって、信じられないものを見る目でシェリーを見下ろした



「今ならば、禁術の行使すら容易か……わざわざ私が詠唱までした”枯渇の禁呪”だ。存分に味わえ」



「ごはァ!あ”あ”あ”ぁ”ア”ァ”ァ”!」



 既に胴体の中心が萎みつつも、シェリーはのたうち回りながら、膨大な量の血を吐き出す。


 たちまち何もななかった地面の上には、じわじわと血だまりが広がっていった。


 

(……ここまでの効果は、予想外だな)



 血を吐き続けながら藻掻くシェリーの姿を、アルギスは確かめるような目つきで眺める。


 やがて、全身が萎みきると、シェリーの体は、足元から灰のように崩れ落ちていった。


 

「――送還。……ん?」



 屍剣:僭軀と砕顎を霧へ戻したアルギスは、人型に積もった灰の中に、キラリと光るものを見つける。


 アルギスがしゃがみ込んでみると、光っていたのは、時折灰黒く明滅する正十二面体の結晶だった。



「なんだ、これは?……ぐっ!」



 気になって結晶を拾い上げた途端、アルギスの頭にズキリとした痛みが走る。


 しかし、すぐに何事もなかったかのように痛みが引くと、アルギスは結晶をポケットに仕舞いながら立ち上がった。


 

「……まあ、いい。魔物も全て消えようだな」



「だぁ!間に合わなかった!」

 


 誰にともなく呟いたアルギスの下へ、必死の形相をしたブラッドが、炎を纏いながら飛び降りてくる。


 熱気を振りまきながら辺りを見回すブラッドに、アルギスは疲労を滲ませながら声を掛けた。



「……何をしに来た」



「大物がいたんだろ?やっぱり、こっちに来るべきだったな」



 しょんぼりと眉を下げたブラッドは、気分に釣られるように、燃え盛っていた炎を消す。


 遠くで勝鬨を上げる冒険者を見据えると、アルギスは怪訝な表情でブラッドへ目線を戻した。



「そもそも、お前の配置は側面だろう。こんなところで何をしている」


 

「ああ?これでもそれなりに動いてたんだぜ?」



 顔を顰めるアルギスに、ブラッドもまた、下がっていた目じりを吊り上げる。


 自慢げに胸を張るブラッドによれば、”赤い目の魔物”を探している内に、方々の騎士を助けて回っていたというのだ。


 

(……本当にコートを渡しておいて良かった)



「”倒れない”魔物ってのを探してたのに、どいつもこいつも一瞬で炭になるしよ」

 


 冷や汗を掻いて黙り込むアルギスに対し、ブラッドは肩を落としながら愚痴を零す。


 不満げな様子を見せるブラッドに呆れつつも、アルギスは歓喜の声が上がる戦場を見渡した。


 

「なるほどな。……見ての通り、魔物は消え去った。とっととギルドに報告してこい」 


 

「おう!」



 パッと表情を明るくしたブラッドは、アルギスに背を向けて、冒険者たちの下へ駆け出していく。


 一方、アルギスは1人、健闘をたたえ合う騎士たちの間を抜けて、戦場から離れた木の陰へと向かっていった。



(……ステータス)



――――――――



【名前】

アルギス・エンドワース

【種族】

 人族

【職業】

ネクロマンサー

【年齢】

 13歳

【状態異常】

 ――

【スキル】

・傲慢の大罪 Lv.3

・血統魔導書

・第六感

・剣術

・思考加速

・詠唱省略

・料理 

【属性】

 闇

【魔術】

・使役系統 

・強化系統

・妨害系統

・補助系統 

【称号】

・――

 


―――――――― 



(……やはり、傲慢の大罪か)



 アルギスがステータスを表示すると、予想通りと言うべきか【大罪スキル】のレベルは、Lv.3に上がっている。


 大きなため息をついたアルギスは、躊躇いがちにスキル欄の傲慢の大罪へ手を触れた。

 


――――――――



傲慢の大罪:不遜な感情に比例し、力を増す大罪スキル。スキル自体が持つレベルの上昇に伴い複数の能力が解放される。


Lv.1《傲慢の瞳》:詳細な鑑定ができる。また魔力を消費することで偽装や隠蔽を無効化できる。


Lv.2《傲慢の加護》:呪いや洗脳を含む状態異常を無効化し、常時体力と魔力を回復する。


Lv.3《傲慢の威光》:敵のステータスの30%を自身に加算する。


Lv.4《傲慢の王笏》:???



――――――――

 

(”敵”の判定が自動とはな……最大数を表記しない辺りが、このスキルらしい)



 4年ぶりに見た傲慢の大罪の詳細に、アルギスの表情には、納得と困惑がない交ぜになる。


 というのも、《傲慢の威光》は戦場にいた魔物の軍勢全てを”敵”と判定していたのだ。


 すぐに力に振り回されるような感覚を思い出すと、アルギスはピクリと眉を上げて、舌打ちを零した。


 

(……俺も戻るとするか) 



 しばらくして、ステータスを消したアルギスが戦場へ目を向けると、既に騎士の姿はなく、冒険者たちが魔物の死体を処理している。


 

 やや遅れつつもアルギスが木陰を立ち去ろうとした時。


 風切り音と共に飛来した銀色の槍が、アルギスのもたれ掛かっていた木を砕くように貫いた。


 

「っ!来い、僭軀!」



 僭軀を装備し直したアルギスは、咄嗟に槍の飛んできた方向へ、弾かれたように顔を向ける。


 アルギスのを睨みつける先では、毛皮のマントを羽織る褐色の大男が、ニコニコと笑いながら手を振っていた。


 

「見てたぜ、坊主。やるなぁ……一応、助けてやろうと思ってこっちに来たんだが、余計なお世話だったか」

 


「何者だ?」


 

 肩で風を切りながら近づいてくる男に、アルギスは目を細めながら、僭軀を向ける。


 すると、男は両手をヒラヒラと上げながら、アルギスへと足を進めた。



「なーに、ただの通りすがりさ。……ただ、ちっとばかし、坊主の持ってるもんが欲しくてな」



「何のことだか知らんが、素直に頷く気にはなれんな」



 首を横に振ったアルギスは、先程同様、暗黒色の霧を纏いながら、男と向かい合う。


 アルギスが無言で僭軀を構えると、男は未だ木の幹に突き刺さっていた銀色の槍を、突如手元に出現させた。


 

「ああ、そう言うだろうと思ったよ」



(はぁ……魔物の軍勢も既にいないが、どうするか……) 



 淡々と槍を構える男に、アルギスは内心でグルグルと頭を悩ませる。


 しばしの沈黙の後、閑散とした戦場の端では、2人が火花を散らしてぶつかり合うのだった。


 



 魔物の軍勢が討伐され、戦勝の報せが届いた王都に、久々の日が差し込む中。


 静まり返った貴族街の通りでは、僅かな護衛を連れたハートレス家の馬車が屋敷へと向かっていた。



「レイチェル、貴女はまだ王宮に残っても良かったのよ……?」



「いいえ、いいのよ、お母様。私も帰りたかったの……王宮は、あまり居心地がよろしくないから」



 眉尻を下げて顔を覗き込むメアリーに、レイチェルは苦笑いを見せながら言葉を返す。


 レイチェルの返事に一瞬目を丸くすると、メアリーもまた、すぐに苦笑いを浮かべた。



「そう、かもしれないわね……」



(でも、良かったわ。お父様もご無事だというし、アルギス様は……きっと元気ね) 



 王宮へ届けられた報告を思い出したレイチェルの頬は、我知らず嬉し気に緩む。


 しかし、ゆっくりと石畳を進んでいた馬車は、突如通りの半ば程でピタリと動きを止めた。



「――ぐあ」



(……なに?)



 微かに聞こえた悲鳴のような声に、レイチェルは落ち着きをなくして、窓の外へ目を向ける。


 すると直後、勢いよく開いた馬車の扉から、騎士が青くなった顔を覗き込ませた。

 


「奥様、お嬢様!お逃げください!」 


 

「な、なにが起きたのかしら……?」



 慌てた様子の騎士に、メアリーは不安げな顔で首を傾げる。


 素早く背後を確認した騎士は、メアリーとレイチェルを守るように、馬車の扉を押さえた。


 

「現在、貴族街に紛れ込んだと思われる魔物と交戦中です!我らが道を開きますので、早く!」



「っ!お母様は先に逃げて!」


 

 窓の外で血を流して倒れる騎士の姿に、レイチェルは騎士の脇の下をくぐって、馬車の外へ飛び出す。


 そして、そのままドロドロとしたゼリー状の血液に包まれる魔物の下へと駆け出した。

 


(……ごめんなさい。お母様) 



 背後から聞こえるメアリーの叫び声に、レイチェルの表情はぐしゃぐしゃに歪む。


 しかし、今にも騎士を殺さんとしている魔物の姿を見ると、レイチェルはキッと目を鋭くして、手のひらに氷柱を作り出した。



「こっちを、見なさい!」



「ア”ァ”ァ”……?」 



 頭に氷柱の刺さった魔物は、首を傾げながら、レイチェルへ顔を向ける。


 頭部を貫かれてなお動き続ける魔物に、レイチェルは眉を顰めながら口元を押さえた。


 

(なんなの?こいつ……?) 



 レイチェルが見ている間にも、魔物の頭からは、氷柱がずり落ちるように後ろへ落下する。


 右目をくり抜かれたにもかかわらず、魔物は身を低くして、地面を震わせるような大声を上げた。

 


「ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”!」



「っ!いいわ!」



 体を引きずるように魔物が動き出すと、レイチェルは逃げるように、くるりと身を翻す。


 そして、辺りを一瞥すると、警備の騎士すら巡回していない貴族街を駆け出した。

 


(……私だって、やり遂げてみせる!) 

 


 魔物に追われながらも、レイチェルの目には、覚悟の光が宿る。


 一層速度を上げたレイチェルは、息を切らしながら、ひたすらに王宮から離れていった。



 それから走ること十分余り。


 貴族街の端までやってくると、苦々しい表情で呪文を唱えながら後ろを振り返った。


 

「――冷徹なる氷よ、凍てつく結界を以て、悠久の秩序と為す。凍華氷獄!」



「ア”ア”ア”……」



 術式の完成と同時に、魔物は棘のある格子状の氷に拘束される。


 やがて、囲いこむように格子が狭まっていくと、魔物はギチギチと音を立てて動きを止めた。



「よし!」



「……ァ”ァア”ア”!」


 

 レイチェルの喜びも束の間、魔物は力任せに格子を突破しようと体を押し付ける。


 そして、無理矢理格子の外へ突き出した腕は、ザクザクと裂けた傍から修復し始めたのだ。



「ど、どうして……!?」



「ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”!」



 外へ出た腕で氷の格子を破壊した魔物は、すぐさまレイチェルへと襲い掛かる。


 目前に迫った魔物の姿に、レイチェルは茫然と立ち尽くした。



「ぁ……」



「――なんかさみーし。マジふざっけんなよ」



 レイチェルの背後から現れた女は、片手で魔物の顔を掴んで動きを止める。


 そのまま女が押しのけるように腕を突き出すと、魔物は一度ビクリと体を揺らして、地面に倒れ伏した。



(え……誰?)



 一瞬で魔物を討伐する褐色の女に、レイチェルは目を見開いて固まる。


 一方、既に灰となった魔物を足で掻き分けた女は、小さな結晶を摘まみ上げて、残りの灰を蹴飛ばした。



「しかも”指”?話になんないわ、これ」


 

(今、何をしたの……?)



 未だ茫然としつつも、レイチェルは苛立たし気に頭を掻きむしる女をじっと見つめる。


 程なく、がっくりと肩を落とすと、女はレイチェルをチラリとも見ずに歩き出した。


 

「二度と来ない、マジで」



「あの……」



 そそくさと立ち去ろうとする女に、レイチェルは慌てて声を掛ける。


 そして、汚れたドレスの土を払うと、ニコリと笑いながら優雅な淑女の礼を取った。


 

「ありがとうございますわ。なんとお礼を申し上げたら良いか」


 

「……アタシ、アンタみたいなお高くとまった女、一番嫌いだから」


 

 しかし、レイチェルの姿を見た女は、舌打ちと共に前を向き直る。


 にべもない女の返事に、レイチェルの表情は、再びピシリと固まった。

 


「え……」

 


「アンタが勝手に助かっただけっしょ?じゃ」



 不快げに鼻を鳴らすと、女は手を振って商業区の方角へ歩き出す。


 程なく、点のように小さくなった女の姿は、どこへともなく消えていった。


 

「……いけない。戻らなくちゃ」


 

 しばらくして、ハッと我に返ったレイチェルは、キョロキョロと辺りを見回す。


 すぐに王宮の位置を確かめると、馬車の停まった通りへと急ぐのだった。

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