43話

 ぶつかり合う爪と剣が火花を散らした刹那。


 殺しきれない反動に身をよじらせつつも、レイチェルは水平に構えながら距離を詰めた。



「まだよ!」



 剣を突き出された剣は、コボルトキングの胴体を浅く切り裂く。


 そのままコボルトキングの背後へと回ると、レイチェルは剣を構えなおして向き合った。



「……一旦、受け持つわ」



「グルゥァァ!」 


 

 流れ出る血に気が付いたコボルトキングは、怒り狂いながらレイチェルを睨みつける。


 警戒し合う2人を尻目に、ジェイクはぽたぽたと汗の垂れる髪をかき上げた。


 

「ハァハァ……くそっ」



「ジェイク君、一度下がって!」



 即座にコボルトキングへ顔を向けるジェイクに、ニアは必死で指示を飛ばす。


 慌てて駆け寄ったニアがジェイクの傷を癒す中、コボルトキングは涎に塗れた牙を露にして、レイチェルへと襲い掛かった。



「ガウゥゥゥ!」


 

「くっ!――氷晶蔽壁!」



 ガチガチと牙を鳴らすコボルトキングの追撃は、レイチェルの前に現れた巨大な結晶によって速度を落とす。


 すると次の瞬間、結晶を砕いたコボルトキングの前で、すっかり回復した様子のジェイクがしゃがみ込んだ。


 

「さっさと、倒れろ!」



「グルゥゥ……!」 



 飛び上がるようにジェイクが下から顔を殴りつけると、コボルトキングは頭を揺らしながら、たたらを踏む。


 隙を逃すことなく間合いを詰めたレイチェルは、傷ついていたコボルトキングの腹部へ再び剣を突き刺した。


 

「これでもくらいなさい。――氷華凍結!」



 術式の完成と同時、刺さったままの剣は、傷口からコボルトキングの胴体へ結晶を広げていく。


 レイチェルがすぐさま剣を引き抜くと、コボルトキングは体内へも広がる凍結に地面へ手をついた。


 

「グルルァアア……!」 


 

「しぶとい奴め!」



 四つん這いになりながらも2人へと腕を伸ばすコボルトキングに、ジェイクは舌打ち交じりに後ろへ飛びのく。


 しかし、その場で剣を振り上げたレイチェルは、カッと目を見開きながら、声を張り上げた。



「私は、絶対に、負けない!」


 

「グルァ……」


 

 コボルトキングの首目がけて振り下ろされた剣は、僅かな抵抗と共に頭と胴体を切り離す。


 頭部が地面へと落ちると、コボルトキングは胴体諸共、崩れ落ちるように光へと変わっていった。



「……やった、やったぞー!」



「すごいよ!レイチェル様!」



「え、ええ……」



 小躍りをしながら喜ぶ2人に気圧されつつも、レイチェルはごろりと転がったコボルトキングの魔石に目が留まる。


 ややあって、持っていた剣を仕舞うと、階層主を倒した実感に口元を歪めた。



(……ちょっとずつだけど、強くなってる)



「はい、これ!」



 握りしめた拳を見つめるレイチェルに、ニアは満面の笑みで拾い上げた魔石を差し出す。


 魔石を受け取ったレイチェルは、遠慮がちにニアとジェイクの表情を見比べた。



「え、でも……」



「倒したのは、レイチェル様だから」



「いいんじゃないか?その代わり、次の止めは俺が貰うぜ!」


 

 ニアが笑顔のまま頷くと、ジェイクもまた、ニカリと白い歯を見せる。


 快い2人の返事に、レイチェルは手に持っていた魔石を胸に抱き寄せた。



「ありがとう!2人とも!」



「へへ、気にすんなよ」



「うん、気にしないで」


 

 レイチェルの笑顔を見た2人は、照れくさそうに頬を赤らめる。


 3人が揃って笑い合うと、レイチェルは弾むような口調で口を開いた。



「じゃあ、私はアルギス様を探して報告に行ってくるわね」 



「おう。……俺達は少し休んでるわ」



「申し訳ないけど、お願いします……」



 キョロキョロと辺りを見回すレイチェルをよそに、ジェイクとニアは糸が切れたようにへたり込む。


 2人の姿にクスリと笑みを零したレイチェルは、重たい体を引きずりながら、アルギスの下へと向かっていった。



(……一体、どういう神経をしてるのかしら)


 

 一転して呆れ顔を浮かべたレイチェルの目線の先では、西洋鎧に囲まれたアルギスが、部屋の隅でうつらうつらと船を漕いでいる。


 レイチェルが頬を膨らませながら近づいていくと、アルギスはパチリと目を開けて顔を上げた。



「……ん?終わったか」



「ごきげんよう、アルギス様」



 ニコリと微笑みながらも、レイチェルは咎めるような目でアルギスを見下ろす。


 しかし、レイチェルの視線を受け流したアルギスは、あくびをかみ殺しながら立ち上がった。



「やっとか、まったく」



「……なら助けに来てくれても良かったんじゃなくて?」


 

 悪びれもせず鼻を鳴らすアルギスに、レイチェルは眉を顰めながら声のトーンを落とす。


 未だ眠たそうに目頭を押さえていたアルギスは、レイチェルの問いかけに、キョトンとした顔で肩を竦めた。



「初めて前に出たがったからな。何か戦いたい理由でもあるのかと思ったが……違ったか?」



「っ!」



 思いがけず核心をつかれたレイチェルは、息を呑んで黙り込む。


 動揺するレイチェルをよそに、アルギスは死霊を消滅させ、ジェイクとニアの下へ歩き出した。


 

「おい、行くぞ」 



「……ええ」



 表情を強張らせつつも、レイチェルはアルギスの後を追って2人の下へ戻っていく。


 やがて、アルギスとレイチェルが地面に腰を下ろすと、ジェイクは得意げに胸を張った。


 

「どうだ!俺たちの実力を思い知ったか!」



「……声の大きさだけは、一人前だな」



「あははは……」



 こめかみを押さえるアルギスに、ニアは乾いた笑いを零す。


 4人を穏やかな雰囲気が包む中、レイチェルは手に持っていた魔石をアルギスの前に差し出した。



「そういえば、これはどうするの?」



「一度討伐の証明として学院に提出する、いずれ返却されるだろうがな。……欲しい奴はいるか?」 



 レイチェルから魔石を受け取ったアルギスは、顔を上げて3人をぐるりと見回す。


 ジェイクとニアが口を閉ざす横で、レイチェルは意を決したように手を挙げた。



「……私が貰ってもいいかしら?」



「ん?レイチェルが欲しいのか?ジェイクとニアは……問題なさそうだな」



 アルギスが目線をレイチェルから奥へ移すと、側で頷くジェイクとニアの姿が目に入る。


 2人の了承を確認したアルギスは、ソワソワと体を揺らすレイチェルへ魔石を突き返した。



「では、学院への報告もお前がしろ。私は早く帰って寝たい」



「もう、勝手ね。いいわ、報告しておいてあげる」



 ひと際大きな欠伸を噛み殺すアルギスに、レイチェルは曖昧な笑みを浮かべながら、首を縦に振る。


 目尻の涙を拭ったアルギスは、含みのあるレイチェルの口ぶりに眉を顰めた。



「妙に引っかかる言い方だが……まあいい、さっさと帰るぞ」



「ええ、そうね」



「う、うん」 



 アルギスが地面から腰を上げると、レイチェルとニアもまた、疲れ切った体に活を入れて立ち上がる。


 しかし、3人の側にしゃがみ込んだままのジェイクは、だらりと足を伸ばしながら、アルギスの顔を見上げた。


 

「もう行くのか?少し休もうぜ?」



「休憩は十分だ。さっさと立て」



「……今から降りるのかぁ」 


 

 ジェイクがフラフラと立ち上がると、4人は重たい足取りで扉へと向かっていく。

 


 やがて、扉の前までやってきた4人が足を止めた時。


 ゆっくりと開き始めた扉は、隙間から眩しい光を溢れさせる。


 しばらくして扉が開ききると、奥には奇妙な雰囲気を放つ、半径20メートル程はあろう円形の空間が広がっていた。


 

(……ここは一体?)



 アルギスに続いて足を踏み入れたレイチェルは、真剣な表情で、空間を囲む継ぎ目のない壁に触れる。


 一方、ポカンとした表情を浮かべたジェイクとニアは、遥か高い天井を見上げ、言葉を失った。



「なんだ、ここ……?」



「ダンジョン……だよね?」



「ちょ、ちょっと、ここはなんなの?」



 辺りを見回す2人を尻目に、レイチェルは石造りの扉に向かうアルギスへ駆け寄る。


 レイチェルの声に足を止めたアルギスは、後ろを振り返って顎をしゃくり上げた。

 


「……ここは”前域”というらしい。後ろを見てみろ」



「後ろって……」


 

 簡潔すぎる説明に眉を顰めつつも、レイチェルは押し切られるように後ろを振り返る。


 訝し気なレイチェルの目線の先には、奇妙な彫刻の彫られた扉と石造りの扉が鎮座していた。


 

「――ダンジョンの入り口と、階層主の扉……?」



 見覚えのある2枚の扉に、レイチェルは口から小さな呟きが零れる。


 耳聡くレイチェルの呟きに気が付いたアルギスは、ニヤリと口角を上げながら、言葉を続けた。


 

「正確には、1階層に入る扉と11階層以降に続く扉だ。次回から、ここを通ってダンジョンに入る」



「なんでお前そんなに詳しいんだ?そんなの、聞いたことないはずだぞ」



 補足の説明をするアルギスに、ジェイクはしかめっ面で詰め寄る。


 しかし、辺りを一瞥したアルギスは、気にした様子もなく肩を竦めた。



「この塔には、個人的に興味があってな。色々と調べていたついでで知ったんだ」



「やっぱそうか。最初の講義で聞きそびれたかと思ったぜ」 



 アルギスの返事を聞いたジェイクは、ホッと息をついて肩の力を抜く。


 安堵の表情を見せるジェイクをよそに、アルギスは不快げに顔を歪めながら口を開いた。

 


「”1年生の演習には3階層から7階層程度が適正”などというふざけた理由のせいで、説明はされていないからな」


 

「……今、サラっとすごい大事なこと言わなかったか?」



「……うん、8階層から人が減ったの、気のせいじゃなかったんだね」


 

 アルギスが吐き捨てた言葉に、ジェイクとニアは顔を寄せ合いながら、ひそひそと声をひそめる。


 2人の目線を無視して前を向き直ると、アルギスはうんざりした表情で足早に扉へ歩き出した。



「とりあえず出るぞ。いつまでもここにいると、時間感覚が狂いそうだ」 



「ええ」



「う、うん」


 

「あ、待てよ」


 

 アルギスに声を掛けられた3人は、三々五々に後を追いかけていく。


 やがて、4人が背後にある物と同様の巨大な扉を押し開けると、眩い太陽の光が目に入った。



(お昼だったのね……。中にいると、本当に時間が分からないわ)



 扉をくぐったレイチェルは、既に頂点へ近づいた太陽に目を細める。


 そして、影のすっかり短くなった校舎を見据えると、くるりと後ろを振り返った。



「皆、先に寮へ戻っていいわよ。報告は私がしておくから」



「ほんとか!?」



「え、でも……」


 

 目を輝かせるジェイクに対し、ニアは申し訳なさなそうに眉尻を下げる。


 対照的な2人の態度に、レイチェルは笑みを零しながら首を横に振った。


 

「いいのよ、ニア。今回は私が報告したいの」



「ありがとう、レイチェル様……」



「ありがとな!」 



 レイチェルへ頭を下げた2人は、疲労を滲ませながら、揃って寮へと戻っていく。


 2人が遠ざかる横で1人残るアルギスに、レイチェルは不思議そうな顔で首を傾げた。

 


「貴方は戻らないの?」 


 

「……報告すべき内容について、伝え忘れていた。上位種を含む、群れの出現についても――」



 目を瞬かせるレイチェルに、アルギスは疲れたように首を回しながら、報告する内容を説明し始める。


 説明に耳を傾ける最中、レイチェルは時折欠伸をかみ殺すアルギスに我知らず口角を上げた。


 

(ふふ、意外と可愛いところもあるのね) 



「報告すべき内容は、以上だ。……私はこれで失礼する」



 ややあって、説明を終えたアルギスは、そそくさと寮へ足を向ける。


 眠たそうな様子を隠さないアルギスの背中に、レイチェルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。



「ええ、ゆっくり休んでね。……お寝坊さん」



「ふむ」


 

 レイチェルのからかうような呟きに、アルギスは足を止めて後ろを振り返る。


 予想外の行動に目を丸くしつつも、レイチェルは努めて穏やかな微笑みを見せた。



「あら?まだ何か言い忘れかしら?」



「……寝坊をしたのは、お前の方だぞ」


 

 レイチェルの顔をじっと見つめたアルギスは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。


 不意なアルギスの意趣返しに、レイチェルは忙しなく目線を彷徨わせながら、顔を赤くし始めた。


 

「え?……なっ!?」



「では、失礼」



 狼狽えるレイチェルに溜飲を下げると、アルギスは爽やかな笑顔で寮へと歩き出す。 


 アルギスが去り、レイチェルが1人残った天鎖の塔の前には、冷たい風が吹き抜けていった。


 

「もう!絶対にいつかやり返してみせるんだから!」 



 しばらくの間、遠ざかっていくアルギスの姿を茫然と眺めていたレイチェルは、悔し気に腕を振り回す。 


 しかし、手に持っていた魔石を思い出すと、未だ顔に熱を感じながらも、急いでエミリアの下へ報告に向かうのだった。

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