愛しの王子様を救いに、姫将軍出撃!

uribou

第1話

「王太子アーロン殿下が捕らえられたそうだ」

「ええっ?」


 父であるフィルナード辺境伯コンラッドから伝えられた情報に驚きました。

 アーロン殿下は『王家の良心』と呼ばれるほど優れた方であり、民衆の希望なのに。

 殿下が学院に通われていた時には、私も密かにお慕いしていたのです。


 王都の混乱のため学院が閉鎖されて早数ヶ月。

 一時的な措置かと思われていましたが、どうやら王都騎士団では一揆勢を鎮圧することができないようです。 


「アーロン殿下は反乱軍に捕まったのですか?」

「いや、陛下が地下牢に放り込んだようだな。王太子の身分を剥奪の上ってことだからよ」

「……意外ではないところが却ってビックリです」

「ハハッ、大方殿下の小うるさい諫言を、不敬罪だか反逆罪だかに問おうってんだろ。殿下もムダなことはやめてこっちへ逃げてくりゃよかったのにな」

「本当にそうですね」


 国が乱れるのもいくつかのパターンがあります。

 我がゼラシア王国の場合は、ある意味典型的なパターンだと思います。

 王家の奢侈が財政を圧迫、増税による民の怨嗟の集中、そして飢饉です。

 一揆が頻発し、どうやらまだ諸侯が王家に反旗を翻したという報こそないものの、時間の問題だと思われます。

 

「……末期ですね」

「とっくの昔にな」


 しかし最後まで国に殉じようという、アーロン殿下の心意気は嫌いではないです。

 何とかお助けしたいのですが……。


「ダイアナよ、お前はどうしたい?」

「アーロン殿下と結婚したいです」

「おおう、そう来たか」

「……お父様、我が領の備蓄食料はいかほどありますか?」


 不作になれば王家への不満が爆発して一揆が起きることはわかりきっていました。

 一揆が起きれば民の不満を吸収して膨れ上がり、王都を襲う反乱軍になるだろうことも。

 だからフィルナード辺境伯家では数年前から穀物を備蓄させていたのです。

 キャスティングボートを握り得るのは食料ですから。


「作戦行動可能なのは半年だな。しかし半年フルに使っちゃ戦後に餓死者が出るぞ」

「了解です」

「おい、打って出る気か? 俺は行けねえぞ?」


 もちろん国が乱れている時にお父様が動いてしまっては、隣国ネミサレンの思う壺です。

 お父様はネミサレンを押さえるために、主だった兵を動かせません。

 出撃可能なのは私直属の軽騎兵五〇騎のみ。


「どうするつもりだ? 時間とともに備蓄も食い潰しちまうぞ?」

「お父様、お手紙を書いていただけますか?」

「どこへだ?」

「王家直轄領諸郡にです」


 お父様、その顔は獰猛ですよ?


「よし、書いてやろう。お前のやりたいことはわかった。好きなようにやってみろ」

「ありがとうございます」


 アーロン殿下、私がお助けに上がります!


          ◇


 ――――――――――王家直轄領モルーゼ太守シリル・ベイカー視点。


 『辺境の虎』コンラッド・フィルナード辺境伯から手紙が届いた。

 王都に攻め上る、邪魔をするなら踏み潰すという、愕然とする内容だ。

 まさかコンラッド殿が動くとは思わなかった。

 隣国ネミサレンを牽制するために動けないはず……ネミサレンと手を組んだのだろうか?


 一郡を預かる太守に過ぎない私にどうせよと言うのか。

 ああ、辺境伯とは縁戚関係だからとモルーゼの太守に任じられたが、精強な辺境伯軍に敵うわけがないではないか。


「ダイアナ・フィルナード様がおいでになりました」

「通せ」


 にこやかに『姫将軍』の異名を取るダイアナが現れた。


「お久しぶりです、シリル伯父様」

「ああ、美しくなったね」

「嫌ですわ」


 花も恥じらうとはこのことだ。

 ダイアナはコンラッド殿に嫁いだ妹の子。

 お世辞抜きで美しく育ったと思う。


「コンラッド殿から邪魔するな踏み潰すぞ、という手紙が届いて困惑しているのだ」

「あらまあ」

「コンラッド殿の真意が聞きたい」


 脅しではあるのだろうが、王都に攻め上るというのは本気なのか?

 本気ならば王の直臣として、敵わぬまでも抵抗せねばならぬ。


「王太子アーロン殿下をお救いに上がるのです」

「ああ、アーロン殿下が陛下の不興を買って捕らえられたとは聞いている」

「私、アーロン殿下をお慕い申し上げているのです」

「は?」


 一瞬思考が停止する。

 冗談ではあるまい?

 いや、これは辺境伯の私利私欲ではなく、アーロン殿下とダイアナの婚姻によって王権を維持しようとするメッセージか。

 ふむ? 一考の余地がある。


「シリル伯父様は現在のゼラシウス王家をどう思います? お給料の義理があるのでハッキリ言えないと思いますけど」

「困ったものだと思っているよ。給料の義理があるからハッキリ言えないが」


 アハハと笑い合う。

 ……正直今の王家は持つはずがない。

 人心を失って王都は散発的に一揆軍に攻められているらしい。

 諸侯は自領を守って様子見、王家を助けようなんて貴族や自治領はごく少数と見た。

 何故なら私のような王家直轄地の太守でさえ守るので手一杯で、援軍など出せないのだから。


 王都は消費都市だ。

 囲まれてしまえば兵糧など尽きる。

 陥落すれば略奪で罪もない王都民が大勢犠牲になる。

 それを見逃すのが臣たる道か?


「……ダイアナが狙っているのは何だ?」

「王都の無血開城とアーロン殿下への譲位です」

「淀みない答えだな」

「と、アーロン殿下との結婚を」

「……本気なんだね?」

「本気です」


 うむ、気に入った。

 辺境伯の後ろ盾を得たダイアナが、アーロン殿下の救出を旗印に諸勢力を糾合していく方が、少なくとも一揆軍よりは軍の規律を維持できる。


「ダイアナ」

「何でしょうか?」

「一つ約束してくれ。なるべく犠牲を出さぬと」

「もちろんですとも」

「よし、モルーゼは協力しよう。何をすればいい?」


 ニコリと笑顔を見せるダイアナ。


「棍を持たせた壮丁三〇〇をお貸しくださいませ」

「壮丁三〇〇? 兵でなくていいのか?」

「戦う気はありませんから」


 数を集めて脅す気らしい。

 脅すというのは言い方が悪いか。

 数こそが民の支持だ。


「兵は伯父様にこそ必要でしょう?」


 苦笑いだ。

 その通り、近隣も治安が悪くなっているからな。


「王に必要なのは臣民の支持です。数さえあれば無血で王都は落とせます」


 どうだろう?

 前半は正しいが、後半は難しいぞ?

 もう一度問うておく。


「……兵でなくていいのか?」

「教育しながら進みますから、大丈夫ですよ」

「ふむ?」


 兵として鍛えるということか?

 ダイアナの自信の意図がよくわからない。


「お父様が各郡太守にお手紙を送っているのですよ」

「そうだろうな」

「どうせシリル伯父様が読んだものと似たような、強圧的な文面だと思います」


 再び苦笑い。

 各郡太守もいつ辺境伯に攻められるかと戦々恐々としているだろう。

 自分が同じ立場だったから、手に取るようにわかる。


「伯父様の方からも各郡太守にお手紙を出していただけませんか? お父様の説明は絶対に足りていませんので」

「なるほど」


 要するに抵抗せずに降れということだ。

 いや、降れというのは正確ではないな。

 アーロン殿下を王としてゼラシアを再興するのだ。


「もちろん太守の皆さんはそのまま太守で構いませんので」


 少々の人員と兵糧の供出で太守の地位を守れる。

 アーロン殿下を救い出すという大義名分もある。

 ダイアナを謀にかけたらどうなるか?

 精強な辺境伯軍の的になるだけのことだ。

 どこの援軍も期待できないのに、そんなバカなことをするものか。


「一つ聞きたい」

「何でしょう?」

「ダイアナはアーロン殿下と交流があったのかい?」


 うおお、美しい笑顔だな。


「王都の学院で。学年が三つ違いなのですけれども、生徒会で御一緒させていただいたのです」

「アーロン殿下には婚約者がいたはずだろう?」

「詳しい情報は入ってきませんが、アーロン殿下の王太子の身分剥奪及び入獄の時点で、婚約は破棄されているのではないでしょうか? それでも殿下を支えようとする方でしたら私も諦めがつきます」


 アーロン殿下を救い出すというのは本気らしいな。

 面白い。


「わかった。各郡太守には姫将軍ダイアナに協力するよう、私見を交えて通知しておく」

「ありがとうございます」

「ダイアナの恋が実るといいな」

「はい!」


          ◇


 ――――――――――辺境伯コンラッド・フィルナード視点。


 ダイアナのやつ、急がず焦らず進軍してやがる。

 兵糧に懸念があるのに、それを微塵も感じさせやしねえ。

 恐れ入った落ち着きぶりだ。

 大したもんだぜ。


 各地の領兵や一揆軍、義勇軍を取り込んで既に一万近くの軍勢になっているという。

 姫将軍の配下になれば食えると認知されてきたんだろうな。

 ここからは雪だるま式に軍は膨らむ。

 王都に到着する頃には数万の軍勢になっているはずだ。


 しかしどうせダイアナはこのままゆっくり進軍を続けるんだろうぜ。

 正義の軍勢だ、略奪は厳禁だと唱えながらな。

 そしてジワジワと押し寄せるプレッシャーに王都は耐え切れまい。

 ダイアナの到着前に王都は自壊するんじゃねえか?


 問題は二つ。

 王太子アーロン殿下の生死と、ダイアナに付き従ったものへの恩賞だ。

 ダイアナが到着するまで殿下の命があるかは、正直運だ。

 ダイアナが殿下を救出すると公言している以上、交渉の手札である殿下の命は保全されると思いたいが、王都が混乱してるとどうなるかわからねえ。


 ダイアナが頑張ってるんだ。

 殿下と結婚させてやりたいがなあ。


 あとは助勢してくれた諸勢力への恩賞か。

 王家の財産を没収するだけじゃ足りねえな。

 日和見決め込んでる領主貴族どもを脅して、金と食料を出させるか。

 新王朝樹立に功のなかったお前らがそのまま貴族でいられると思うなよ、ってな。

 慌てて機嫌取りに来るだろ。


 あと一ヶ月で決着は付く。

 どうなることやら。


          ◇


「王都から降伏の使者です!」

「姫様、ついにやりましたな!」


 数万に膨れ上がった我が軍の将達が沸き立ちます。

 勝利は確定です。

 しかし……。


「使者は誰ですか?」

「レスター近衛兵長です」


 ああ、近衛兵長が自ら来るならやはり……。


「お会いします」


 レスター近衛兵長は神妙な面持ちでした。


「レスター様、お久しぶりです」

「これはダイアナ嬢。いや、嬢というのは却って失礼ですかな?」

「うふふ、構いませんよ。私は戦いに来たわけではありませんので」


 そうです、私は戦いを終息させるために来たのです。


「近衛兵長のレスター様が自らおいでになるとはやはり……」

「うむ、申し訳ないが陛下と妃殿下が毒杯をあおるのは阻止できませなんだ」

「なかなか犠牲なしとはいかないものですね」


 本当に阻止できなかったのか、それとも毒を飲ませたのかはわからないです。

 でもどの道陛下の責任を問わないわけにはいかなかったでしょう。

 アーロン殿下への譲位だけで国民を納得させることはできないに違いありません。

 そうだ、アーロン殿下は?


「アーロン殿下は御無事でございます」

「ああ、よかった!」

「少々衰弱しておられますが、数日後にはお会いになれると思いますぞ」


 アーロン殿下については安心ですね。


「刑死された方とかはおられないですか? その辺の情報が全く入ってこなくて」


 アーロン殿下が捕らえられたくらいです。

 陛下に意見して煙たがられた文官武官も多いに違いありません。

 そうした者こそが今後の王国の復興に必要なのですけれども。

 レスター様の顔が曇ります。


「刑死した者はおりませんが、自死あるいは獄死した者が多ございます」

「ああ!」


 何ということ!

 人材ほど貴重なものはありませんのに。


「文官は野に下った者が多いです。アーロン殿下の名のもとに召し出せばあるいは」

「私に従ってくれた諸将がおります。目端の利く者もおりますので、希望するなら登用したいですね」


 人材不足は仕方ないです。

 ゼラシア王国が立ち直れるかを問われているのですから。

 潰れる国に誰が出仕したいと思うでしょうか?


「奸臣寵臣どもを捕えてありますが?」

「厳正な裁判を要求します」


 許されざる者を逃してはいけないのは当然ですが、好悪の感情や偏見に流されて、本来罰せられるべきでない者が処されてもいけない。

 真の奸臣ならともかく、寵臣程度がそう重い刑罰に該当するとも思えないのです。

 度の過ぎた贅沢を誘発したり、陛下を唆して剛直の臣に不利益を被らせたりしたなら厳罰ですけれども。


「ところでアーロン殿下をダイアナ嬢は?」

「はい、私をお嫁にもらって欲しいのです」

「ハハッ、可愛らしいですな」


 殿下はあの奢り高ぶった王家の一員と思えない、素敵な方ですから。

 やはり殿下の婚約は解消されているとのこと。

 よかった!


「大実力者である辺境伯コンラッド殿の娘で、かつ王都の解放者であるダイアナ嬢ですからな。誰も反対しませんよ」

「嬉しいです!」

「さあ、王都に入城しましょうか……あ?」


 従士の肩を借りて、王都からヨロヨロとおいでになるのは?


「アーロン殿下!」

「やあ、ダイアナ嬢。こんなみっともない姿を晒してすまない」


 何がみっともないものですか。

 アーロン殿下なりに戦った結果ではございませんか。


「何も持たない僕だが、ダイアナ嬢には礼を言わせてもらう。民に被害が拡大しなかったのは、ダイアナ嬢とフィルナード辺境伯家のおかげだ」

「過分なお言葉、恐れ入ります」

「僕はゼラシウス王家の直系として責任を取らねばならない」

「では私をお嫁にもらってください」

「は?」


 アーロン殿下はゼラシア内乱の責により、罰を受けるためにその身を差し出したのですね。

 何と高潔なことでしょう。


「アーロン殿下個人の罪ではありませんよ」

「しかし僕は陛下を止められなかったんだ。……忸怩たる思いがある」

「ではその思いを、これからの治世にぶつけてくださいませ。不肖、私がお手伝いいたします」

「ダイアナ嬢、よいのか?」

「もちろんでございますとも!」

「では、僕と婚約してくれるか?」

「はい!」


 ああ、アーロン殿下の眉が開かれました。

 私だって嬉しいです!


「失礼いたします」

「あ?」


 アーロン殿下を横抱きにします。

 所謂お姫様抱っこというものですね。

 恥ずかしがったって遅いですよ。

 だってアーロン殿下はもう、私のものですから。


 近衛兵長のレスター様が、王都守備兵と私の率いてきた軍に向かって大声で呼びかけます。


「アーロン殿下とダイアナ嬢による新しい国が今始まるのだ! 賛成する者は応ぜよ!」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」


          ◇


 ゼラシア王国の復興は困難を極めるかと思われた。

 が、幸運がゼラシアに味方した。


 内乱につけ込んで火事場泥棒のように利を得ようと攻め入った隣国ネミサレンを、辺境伯コンラッドが巧みな用兵で打ち破ったのだ。

 大量の輜重を鹵獲、また総司令官であった王太子をはじめ数人の将を捕虜にしたことから、莫大な賠償金を得た。

 コンラッドの勇名とともに、ゼラシアの国威は大いに上がった。


 辺境伯軍の勝利を祝い、姫将軍ダイアナが王都から帰還した。


「お父様、大勝利おめでとうございます。そしてありがとうございました。愛国心が芽生えたのか、在野の名士が仕官してくれるようになったのです」

「ハハッ、お前が兵を置いてったからだぜ。領兵が少ねえと噂流したら、すぐバカが引っかかって攻めてきやがった」

「まあ!」


 お父様はギャンブルみたいなことをしていたのですね。

 普通はそこ、虚勢を張って攻めさせないようにするところでしょうに。

 危ないことをしてるんですから。


「結婚式くらい派手にやればいいじゃねえか。せっかくネミサレンが金を寄付してくれたんだからよ」

「いえ、やはり質実剛健で」


 贅沢で潰れた国です。

 違いをアピールしなくてはなりませんから。

 質素で財政的に強い国造りを。

 派手な結婚式などお呼びでないのです。


「アーロン殿下は、うちの婿になるのか?」

「もう今は陛下ですよ……婿ですか。そういう言い方もできますね」


 アーロン様は既に戴冠式は行わないまま即位したのですが、ゼラシウスの姓を捨てる予定だそうです。

 私との結婚を機にフィルナードを名乗るそうで。

 つまりアーロン様はゼラシウス朝最後の王であり、フィルナード朝最初の王ということになります。

 新しい国にするという、お覚悟が見えますね。

 

「学院も再開されるらしいな」

「ええ。最終学年は丸々一年お休みになってしまいました」

「ダイアナは留年か? 中退か?」

「いえ、混乱時の身の処し方も勉強の内ということで単位は認められ、卒業させてくれるらしいんですよ」


 学生の将来に関わることとはいえ、学院も律儀なことですね。

 王都自体が混乱の坩堝にあったのに。


「卒業したら結婚か」

「御令嬢方は一般にそういう方が多いですね」

「ダイアナもか。寂しくなるなあ」

「……お父様も王都に来ます?」

「いや、俺は辺境が性に合ってるわ」


 そうかもしれません。

 隣国ネミサレンに睨みを利かせる立場でもありますしね。

 お父様は私の従兄弟の中から養子を迎え、次期辺境伯として鍛えると思います。

 

「ダイアナは殿下のことが好きなんだろ?」

「殿下ではなくて陛下ですってば。アーロン様のことは大好きです」

「どこが?」

「……お父様に似てるところでしょうかね。贅沢三昧の王族の中では異端というか。素朴で芯が強くて」

「そうか」


 お父様何だか嬉しそうですね。

 アーロン様は王都育ちですから、お父様のようにワイルドではないですよ?

 生徒会の運営を見ていても、調整型で他人の意見をよく聞く方でした。


「アーロン殿下は……陛下は、王都育ちじゃねえんだ」

「えっ? そうなのですか?」

「ああ。当時の正妃殿下は産後の肥立ちが悪くて、しばらく実家ガーシュウィン侯爵領に帰っていたんだな。正妃殿下の希望で、八歳の洗礼式までその実家ガーシュウィン侯爵領で育てられたという話だ。正妃殿下は息子の洗礼式までは何とか生きていた」


 知りませんでした。

 それでアーロン様は王家の他の方々と雰囲気が違ったんですね。


「今から考えりゃ亡き正妃殿下も、王家は子を育てる環境にねえと感じてたんだろ。それで洗礼式ギリギリまで厳しく教育したんだろうぜ」


 洗礼式の年齢八歳なんてまだ子供。

 八歳までの教育で、その後流されずに身を律するというのは大変なことです。

 やはりアーロン様は非凡な方と思わざるを得ません。


「正妃様の去った王宮は箍が外れてメチャクチャに、ということですか」

「まあな。もっとも体を悪くした正妃殿下が王都に残ったって、何もできなかったろうけどよ」

「何故お父様はアーロン様の生い立ちに詳しいのですか?」


 王族や貴族のお披露目は洗礼式以後に行われます。

 洗礼式前のことなんか、ほとんど気にされないことなのですが。

 

「そりゃお前、娘の夫候補は調べるだろ、普通」


 お父様が照れたように仰います。

 何が娘の夫候補ですか。

 アーロン様には婚約者がいらっしゃったではないですか。

 お父様もアーロン様に興味があって、王家を立て直せるかもしれないと認めていらしたのですね。


「で、アーロン陛下からだ。プレゼントを寄越してきたぜ」

「えっ?」

「宝物だそうだ」


 そういうのはなしにしましょうと言っていたのに。


「開けてみろ」


 と言っても、お父様だって中は検めているのでしょう?

 何でしょう?


「これは……髪飾り?」

「正妃殿下の使っていたものだそうだ」


 亡き正妃様の使っていらした、決して華美ではない髪飾り。

 確かにアーロン様にとっては宝物でしょう。

 私に善き妃であって欲しいという思いが伝わってきます。


「これだけ贈って来やがったんだ」

「アーロン様らしいです」

「期待されてるな」

「もちろんですとも」


 王家のものは全て接収して、褒美として配るか財源に繰り入れるかしたはずです。

 正妃様のものは本当にこれしか残っていないのでしょう。

 胸が熱くなります。

 パチリと髪に留めてみました。


「似合いますか」

「ああ」

「では、私は王都に発ちます」


 結婚後は国の立て直しに全力です。

 もう二度と私は辺境の地を踏むことはないでしょう。

 何でもないようにお父様が言います。


「俺もこっちが落ち着いたら王都に孫の顔でも見に行くかな」

「孫の顔って」

「しっかり作っておけよ」


 もう、お父様のバカっ!

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